(9)浮遊島の限界
新拠点の屋敷に戻ったコレットから話を聞いたフローリアは、納得の表情で頷いていた。
「なるほどな。コウスケの神域に、既存の女神たちの力が合わさっていれば、そうなるのも当然か」
新拠点の周辺は、世界中を見ても稀にみるほどに、神の力が集まっている場所になっている。
それを考えれば、世界樹のように精霊が集まっていることもさほど不思議ではないと言えるかもしれない。
勿論、こんなことをエルフが聞けば、発狂――までは行かないまでも、卒倒しそうになるほどの戯言といわれそうなのだが。
コレットがそうならないで済んでいるのは、考助と女神たちの実情をある程度知っているので、そんなこともあるかという考えで済んでいるのだ。
すぐ傍に、四種の妖精を当たり前に連れている誰かさんがいるために、いつの間にか慣れていたともいえるのだが。
慣れというのは、誰にでも等しく降りかかる(?)ものなのだ。
何やら諦観した表情になっているコレットに、すぐ傍にいたシルヴィアがなんとも言えない表情でその肩を叩いていた。
「・・・・・・シルヴィア」
コレットは、具体的には何も言わずに、ただ名前を呼んだだけだったが、シルヴィアは小さくコクリと頷いた。
「・・・・・・なんだろう。なにか、そこはかとなく馬鹿にされた気がする」
コレットとシルヴィアのやりとりを見ていた考助が、頬を引き攣らせながら両者を見た。
そして、今度はその考助の肩をフローリアが叩いた。
「別に馬鹿にはしていないだろう。単に、諦めているだけで」
それのどこに違いがあるのかといいたかった考助だったが、賢明にもそれは口にしなかった。
ここでむやみに反論(?)しても、返り討ちに遭うことが目に見えているためだ。
そんな考助を見て、フローリアも敢えて別の話題に変えた。
「それはともかく、ひとつ聞きたいことがあったのだが、いいか?」
「なに?」
「いや、天翼族の浮遊島は、この辺りを通れるのかどうか、前から気になっていたのだがな。どうなんだ?」
浮遊島はその名の通り空を飛んでいる。
新拠点周辺は、モンスターが近寄れないことは知っているが、それ以外の物が近付いて来ればどうなるかは今のところ詳細はわかっていない。
そのため、空を飛んでいる浮遊島の場合はどうなるのか、フローリアはちょっとしたときに気になっていたのだ。
フローリアの疑問に、考助は少しだけ首を傾げてから答えた。
「さすがに聞いてみないと分からないかな。多分、近寄れないんだとおもうけれどね。・・・・・・聞いてみる?」
考助は、浮遊島との直接のやり取りができるルートを持っている。
話をしようと思えばいつでもできるのだ。
「いや、ただの興味本位だからなにが何でもということではないのだがな」
「それはまあ、そうだろうね。というか、僕自身も知りたいし、ちょっと聞いてくるよ」
結局、自分自身の知りたいという欲求が勝ったので、考助は天翼族に連絡を取ってみることにした。
幸いにして、今の世界では、天翼族と直接つながるルートは垂涎の的になるので、塔の管理層に置きっぱなしにはしていない。
といっても、さすがにリビングに置きっぱなしにしているわけでもないので、考助は新拠点の自室へと向かった。
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「――というわけで、その辺どうなのか、教えてほしいんだけれど」
いきなり考助にそう言われたエイルは、少しだけ戸惑ったような顔になった。
ちなみに、天翼族と行っている通信は、映像付きの(無駄に)高度な技術を使っている。
魔力(聖力)が豊富にある天翼族が相手だからこそ維持ができる魔道具なのだ。
「主様。申し訳ありませんが、その拠点がどこにあるのか分からないと、答えようがないのですが・・・・・・」
そのごく当然の答えに、考助は「あ」という顔になった。
天翼族が浮遊島に移り住んで以来、彼らは世界中を移動して各地の調査を行っていた。
その主な内容は、世界のどこに行けるのかどうか、ということだった。
というのも、浮遊島で行ける場所には限りがあるということが、大陸上空を移動する際にわかったのである。
浮遊島が行けない場所で、一番分かり易いところが、各地の塔周辺なのはアースガルドならではといったところだろう。
具体的には、塔周辺の数キロから十キロ近くにまで近寄ると、その部分は避けて円を描くように通るのだ。
さらに、浮遊島が通れない場所は、塔周辺以外にもいくつかある。
その多くが、歴史的に有名な宗教施設がある場所なので、浮遊島を作る段階で女神たちがそういう仕掛けを施したのだと思われる。
そう考えれば新拠点周辺も避けて通るように思えるのだが、実際には確認してみないと分からないのである。
エイルの言葉を聞いた考助は、どうするべきかを悩んだ。
天翼族、特に相手がエイルとなれば、新拠点の場所を教えても構わないと思うのだが、余計な情報は与えない方がいいかもしれない。
ただ、考助がそう考えたのは、一瞬のことだった。
天翼族が新拠点の位置を知ったところでなにかをするとは思えないし、限りなく外部との接触を断っている天翼族から位置が漏れるとは思えない。
なによりも、エイルが考助を裏切るとはとても思えなかった。
そう考えた考助は、その場にはエイル以外がいないことを確認したうえで、新拠点の場所を教えた。
すると、エイルからはすぐに答えが返ってきた。
「あの辺りですか。確か、一月ほど前に通ったはずですが、少々お待ちください」
エイルはそう答えると、その場を少しだけ離れてごそごそとしだした。
いま考助と話をしている魔道具もそうだが、エイルがいるこの部屋は、天翼族にとって重要な物を置いている部屋になる。
浮遊島が通れない場所というのは、アースガルドにとっても重要な場所であることが多いので、天翼族にとってもマル秘の情報扱いになっているのだ。
そのため、それらの情報が載った地図は、考助の通信具と同じように厳重に管理されているのである。
セントラル大陸の地図を引っ張り出してきたエイルは、考助から言われた場所を確認して何度か頷いていた。
「やはりそうですね。いま言われた場所は、この島では通れないようです」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
エイルの答えは、考助の想像通りのものだった。
拠点自体が女神たちの力で創られている以上、そうなるのは当然である。
頷きながら答えた考助は、エイルが何か言いたげな表情になっていることに気が付いた。
「うん? どうかした?」
「いえ、あの・・・・・・もしよろしければ、我々がその辺りを警戒しましょうか?」
そう申し出て来たエイルに、考助は首を左右に振った。
「いや。その必要はないよ。例え歩いてこの辺りに近付いてきても、普通の方法では入れないはずだからね」
きちんと確認したわけではないが、浮遊島が入れなくなっている以上は、その辺のことも抜かりなく行っているはずだ。
この世界に、女神の力に対抗できる存在がいるとは思えない。
考助の言葉に、エイルはそれ以上なにも言わずに引き下がった。
エイルは新拠点が女神たちの作った場所だとは知らないが、そもそも浮遊島が近づけない時点で、普通の場所ではないことはわかる。
それ以上の申し出は、ただの押し付けになると判断したのだ。
エイルとしては、もう少し役に立ちたいと考えているのだが、考助の性格上、これ以上言ってもただの押し付けにしかならないと理解しているのである。
久しぶりの浮遊島(というかエイル)の登場でした。
浮遊島にも行ける範囲と行けない範囲があります。
意外(?)なところだと、古龍(竜)が住処にしているごく限られた場所も、その力で通れなくなっていたりします。
それにしても、考助は今まで一度も野生の(?)竜とは会っていませんが、会うことはあるのでしょうか?w




