(2)サキュバスの里で実験
「ほわ~。なんですか、これは」
「おいしい~」
気が抜けたように言ったピーチに続いて、ミクが満面の笑みを浮かべた。
彼女たちの手には、新拠点で作られた芋のふかし芋が握られている。
先ほど収穫したものを、ミツキが調理してくれたので、それを考助が配り歩いているのである。
一言だけ言葉を発したミクは、そのあとは一心不乱にふかし芋を頬張っている。
「ミク、あまり食べたら晩御飯が食べれなくなりますよ~」
ピーチは、そう言いながら、めっとばかりに、次のを取ろうとしたミクの手を取ってそれを止めた。
そしてミクは、ピーチの顔を見て、プッと頬を膨らませた。
「・・・・・・おいしいのにー」
「ハハハ。ミクが気に入ったんだったらまた作ってあげるから、今はもうやめておこうか」
考助がそう言うと、隣に立っていたミツキに視線を向けた。
その意味を正確に理解したミツキは、ふかし芋が乗っている皿ごとテーブルの上から下げた。
未練がましく皿の動きを見ていたミクの頭を考助が撫でた。
それでもぷっくりと頬を膨らませたままのミクだったが、次のミツキの言葉で一気に機嫌を直した。
「そうねえ。だったら、今日の晩御飯はミクの好きなものを作りましょうか」
「ほんと!? 絶対だよ!」
現金な態度を見せたミクに、考助とピーチは視線を合わせながらお互いに苦笑した。
ミツキの料理がおいしいのは、ミクもとっくに理解しているので、それで好物が食べられるとなると、一気にそちらに気持ちが傾いたようだった。
ミツキの手を引っ張って、あれやこれやを食べたいと主張しだしたミクを横目に見ながら、考助とピーチはお互いに小さく笑った。
そして、その笑いを収めたピーチが、真顔になって考助を見た。
「それにしても、スライムの力は凄そうですね~。ほかで試してみるつもりはないのですか?」
「ほかで? うーん。どうだろう? そもそも眷属を外に出すつもりはなかったからねえ」
つい先日、レンカに狼を渡したのは、例外中の例外だった。
あれは、眷属をレンカに渡しても無碍な扱いはしないだろうという考えがあったからだ。
しかも、渡しているのは狼なので、反撃を喰らうことを考えれば、無茶な扱いもしないだろう。
勿論、それ以外にもいろいろな条件が揃っていたからこそ、レンカに眷属を渡したのだ。
それを考えれば、不用意に眷属を外に出すつもりは、考助にはない。
ピーチもそのことは分かっているので、小さく頷いた。
「それはわかっています。ですが、私たちの里で検証するのはどうでしょうか~?」
「あ、そうか。それがあったか」
サキュバスの里であれば、スライムが考助の眷属であり、しかも神獣であることを伝えれば、それこそ大事に扱うだろう。
問題があるとすれば、野生のスライムとの区別がつかないということだが、それも含めていろいろと実験して行けば、面白い結果が出るかもしれない。
考助は、ピーチの言葉を腕を組んで真剣に考え始めた。
「スライムに対する扱いは問題ない。野生種との区別は、道具を使えば見分けることができる。後の問題は・・・・・・」
「いきなり人手を減らして、いざというときに人数分の食料を作れなくなることもあるでしょうが、それはお金で解決できますしね~」
基本的にサキュバスの里では、お金を使うことがない。
サキュバスが報酬として通貨を得ているのは、どちらかといえば諜報活動を行う際の活動費としての側面が強いのだ。
考助の配下になってからは、外敵の心配もなくなっているうえに、安定的に生活必需品も手に入っているので、予想外の大きい出費というのはほとんどないのだ。
そのお陰で、サキュバス全体の資金としては、かなりの量が溜まっていたりするので、しばらくの間、里全体の食料を支えることも十分に可能なのである。
今であれば外にも余裕があって、スライムの実験をするのに丁度いいタイミングだと話すピーチに、考助は納得の表情になっていた。
「そうか。それだったら十分やってみる価値はあるね」
考助も自分の手から離れたスライムが、どの程度の働きをするのか、調べてみたいという気持ちはある。
下手に外に出せば大騒ぎになることは分かっていたので、最初から考えていなかった。
だが、それをサキュバスがやってくれるというのであれば、考助の知的好奇心(?)も満たしてくれることになる。
サキュバスから情報が洩れる心配は、考助はまったく持っていない。
考えれば考えるほど、良い条件が揃っているのだ。
考助の気持ちがやってみる方向に傾いていることを察して、ピーチが期待するような視線を向けて来た。
「そうですか~。では、里に話を持って行ってもいいですか?」
「そうだね。とりあえず、話だけはしてみて。まずは小さな畑から実験的にやってみればいいだろうし」
流石に、いまサキュバスの里で作っている畑をすべて実験用に切り替えさせるつもりはない。
別に焦る必要はないので、上手くいけば段階的に増やしていけばいいのである。
ある程度話が固まったところで、考助がふと疑問に思ったことをピーチに聞いた。
「そういえば、随分と積極的な気がするけれど、なにかあった?」
考助は、ピーチにしては珍しく、今回の話を推してくるなと感じていたのだ。
ピーチは、少なくとも考助がやっていること(実験)に関しては、受け身で対応することが多い。
基本的には、考助から頼まれたら受けるという態度を取っているのだ。
それが、今回に関しては、ピーチから申し出ていたので、何か理由があってのことかと考えたのだ。
その考助の問いに、ピーチは小さく首を左右に振った。
「いえ~。大した理由があるわけではありません。ただ、作物の生産の手が減らせれば、ほかに人手を回せるかなと思っただけです」
「あ、そういうこと」
今のサキュバスの里では、諜報員としての現役を退いた者が、各種の生産を担っている。
ただ、それだとどうしても急激な人口増加を支えきれない面も出てくる。
特に、塔に移ってから生活が安定しているため、人口が増えてきている。
今のところは稼いだ外貨で色々と補っているが、出来ることなら里内での自給率も増やしたいところなのだ。
その問題をどうするのかと、以前からいろいろと話し合っていたのだが、そこでちょうどスライムの話が出て来たというわけだ。
サキュバスの里では、昔からいろいろと試行錯誤していたので、ちょうどタイミングがあったというわけではない。
それでも里の運営がおかしくなる前に、こうしてスライムのことが出てきたのは、ピーチにとっても渡りに船だったのである。
ここまで状況が揃っていれば、考助としてもスライムを出すことを渋るつもりはない。
問題があるとすれば、どうすれば上手くスライムを使えるようになるかということだが、それこそ色々と試してみるしかないだろう。
「安定するまでは、細かく報告が必要になるかな? いや、直接行ったほうがいいか」
「それだといつまで経ってもコウスケさんが里から離れられなくなりそうですから、最初の指示だけで十分だと思います~」
新拠点の畑で活躍(?)していたスライムを、そのままサキュバスの里の畑に持っていけば、考助の最初の指示だけで働いてくれるだろうと見込んでの言葉に、考助は首を傾げた。
「本当にそれで大丈夫? そもそも本当にスライムがきちんと働いてくれるかもわからないよ?」
「大丈夫ですよ~。そのための畑を用意しますから」
最初から失敗を見込んでいるので、大問題にはならないと断言するピーチに、考助も頷いた。
こうして、サキュバスの里で、スライム農法がスタートすることになるのであった。
上手くいくかどうかは、今のところまだわかりません。
考助の手を離れたときに、スライムがどの程度働くかはわかっていませんからね。
(ということにしておきます)




