(12)予想外の実力
ナナの頭からワンリの頭を撫で始めたレンカを見ていた考助は、まずミツキに話しかけた。
「ミツキ、ちょっと悪いんだけれど、向こうに行ってフローリアを連れてきてくれないかな?」
「考助様?」
いきなりの提案に、ミツキが目を丸くしていた。
よく見れば、ミツキの隣に立っているコウヒも、珍しく感情を表に出して驚いている。
そんなふたりを久しぶりに見た考助は、面白そうに思いながらも続けた。
「ちょっと考えていることがあってね。それから、ナナ!」
考助がそう呼びかけると、ナナはレンカの脇をすり抜けて、さっと考助の傍に寄って来た。
レンカの興味がワンリに移っていたということもあるが、ナナにしてみればレンカの手をすり抜けてくることなど簡単にできることなのだ。
近寄ってきたナナの頭を撫でた考助は、
「悪いけれど、ミツキと一緒に戻って、レンカと相性がよさそうな子たちを選んでおいてくれるかな? 召喚で呼ぶから」
考助がそう言うと、ナナは「ワフ!」と一鳴きしてきた。
ナナには考助が何をたくらんでいるのか、すぐにわかったのだ。
それに、このときにはコウヒとミツキにも考助が何をしようとしているのかがわかっていた。
「本当にいいの?」
そう聞いてきたのはミツキだったが、コウヒも同じ思いだったのだろう。ジッと考助を見ている。
そして、そのふたりに考助ははっきりと頷いた。
「勿論。中々いい感じだと思うんだよね。それに、ちょうどいい機会だし」
考助がもう一度はっきりとそう応じると、ミツキはそれ以上なにも言わずに、ナナを呼んでその場から転移をするのであった。
いきなりミツキがナナを連れて、転移なんていう高度な魔法を使ったことに驚いたのか、レンカを含めた相手側が驚いていた。
「ナナともうひとりはどうしたのじゃ?」
「ちょっと、用事で他に出向いています。一時間もすれば戻って来るので、その間はワンリだけで我慢してください」
考助がそう言うと、レンカに撫でられたままだったワンリが、「キャフ!」と抗議の声を上げた。
自分だけで我慢しろと言われたのが気に食わなかった、というわけではなく、場の空気を和ますためにわざとそうしたのだ。
その目論見は見事に当たって、レンカはすぐに目を細めてワンリに向き直った。
「おお、済まぬな。其方をないがしろにするつもりはないからの」
そう言って再びワンリを撫でることに集中し始めた。
その様子は、とても高ランクのモンスターを相手にしている少女とは思えない。
誰が見ても、ごく普通のペットを愛でている姿にしか見えないだろう。
レンカの追及はそれだけで済んだが、さすがに周囲を守っていた騎士たちは、それだけでは済まなかった。
きちんと見れば、いきなり連れが高度な魔法を使っても平然としている考助たちに対する警戒レベルを上げていることがわかる。
ただ、それに関しては、騎士たちにとっても仕事だとわかっているので、気にしないことにした。
考助がそんな態度なので、コウヒもまったく気にしている様子もなかった。
もっとも、騎士たちが考助に何かをしようとすれば、すぐにワンリは牙をむくことになるだろうが。
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一応レンカの着ている服は、旅仕様らしくさほど華美なものではないのだが、それでも高価だとわかるものを着ている。
それでも、そんなことはまったく気にした様子もなく、レンカは残ったワンリを愛で続けていた。
周囲の騎士や世話役も、レンカのそんな行動を止めることはせず、どちらかといえばかわいい子供を見る感じで見ていた。
そんな彼らの様子を見れば、単に雇い主の子供として見られているのではなく、レンカ自身が愛されているのだということは分かった。
そんなこんなで、ミツキとナナがいなくなってから一時間ほど経って、考助の予想通りミツキがフローリアを連れて戻ってきた。
見慣れない人間の登場に、一瞬騎士たちの警戒が上がったが、ミツキがそばにいることで、それはすぐに解かれた。
ただし、勿論フローリアをきちんと観察することは忘れていない。
そんな彼らの視線を感じつつも、フローリアはまったく気にした様子も見せずに、考助に向かって右手を上げた。
「いきなりのことで驚いたが、なるほど、確かに面白そうなものが見れそうだな」
「そう? それなら来てもらった甲斐があったよ。それで、どう思う?」
いきなり本題に入った考助に、フローリアは肩をすくめた。
「どうもこうもないな。彼ら次第ではないか? こっちは提案だけすればいい」
「ああ、なんだ。それでいいんだ」
フローリアの言葉に、考助は安心した表情を浮かべた。
転移という高度な技術を使ってまで連れて来た人物の登場に、レンカたちは興味津々で考助たちの会話を聞いていた。
この時ばかりは、レンカもワンリを撫でるのを止めている。
そんな彼女たちに、考助がフローリアを紹介した。
それを受けて、代表であるレンカが慌てて立ち上がって、きちんと挨拶を返してきた。
フローリアの見事な挨拶と態度に感じるものがあったのだろう、レンカの挨拶もより高貴な者を相手にするようなものだった。
ただそれは、きちんと計算したうえでのものではなく、思わず出てしまった挨拶だったのだろう。
挨拶を終わった後のレンカの顔が、しまったというものになっていた。
それを見てフローリアは、フフと笑った。
「気にすることはない。旅をしている間の其方は、身分などないのだろう? 作法など知らなくても当然だ」
失敗したからといって、咎めるつもりはないというその言葉に、レンカは明らかにホッとした顔になった。
「それもそうじゃったの。・・・・・・ところで、ナナはどうしたのじゃ?」
これにはさすがのフローリアも、一瞬目を丸くしてから笑った。
レンカが挨拶に失敗したのは、ナナのことに気を取られていたという理由のほうが大きいということに気付いたのだ。
きょろきょろとあたりを見回すレンカに、考助が笑いながら言った。
「レンカ様、いまはこの辺りにナナはいません。ただ、いま直ぐ用意するので、少々お待ちください」
「むっ!? いますぐ用意する? どういうことじゃ?」
そう言いながら首を傾げるレンカに、考助は笑ったまま頷いた。
そして、一同がいる場所から少し離れた場所に移動して、ナナたちを召喚するための呪文を唱え始めた。
考助が魔法を使い始めたとわかったときの騎士たちの動きは、流石に素早かった。
すぐにレンカを守るために動いたのだが、考助の呪文が攻撃のためのものではないとわかってすぐにその警戒を解いていた。
この時ばかりはレンカも、一瞬身を固くしていた。
だが、考助が呪文を唱え終えたあとに出て来た魔法陣を見て、レンカ関係者一同は、目を丸くした。
その魔法陣は、とても普通の魔法使いが使いこなせるようなものではないと、一目で分かるようなものだったのだ。
それが、たったあれだけの呪文だけで現れたことも信じられないし、ついでに唱えた本人である考助が特に疲れた様子も見せていないことに驚いた。
先ほどのミツキの転移魔法といい、自分が声をかけた相手は、どれほどの実力を持っているのだと、改めて思わされることになった。
さらに、それほどまでの魔法陣を使って、考助が何をしたのかと理解した一同は、更に驚くこととなるのである。
三話で終わらそうとしたのですが終わりませんでした。
次が「予想外」シリーズ(?)の終わりになります。
さて、考助は魔法陣を使って、何をしたのか!?
答えは次話で!
・・・・・・あ、わかりますか。そうですか。




