閑話 二人の精霊使い
まだワンリが幼女バージョンの頃の話です。
セシルとアリサの二人の一日の仕事は、神社の掃除から始まる。
掃除から始まるというか、ほとんどが掃除だけで終わってしまう。
二人が受け持っている神社は、考助が百合之神社と名付けた神社だけではなくなっていた。
今では、別の階層(第四十八層)にある神社も管理を任されている。
そちらの神社は、小さな建物だったので、一人で掃除をしても一日あれば何とかなる大きさでだった。
三日に一度だけ掃除をするようにしているために、二人だけでもその二つの神社の掃除をこなせている状況である。
そんなわけで、最初のうちはその二つの神社の掃除だけで精いっぱいといった毎日を過ごしていた。
しかし、人間は慣れる生き物だ。
ルーチンワークの様にこなして行けば、徐々に時間の余裕も出て来ていた。
そんなある日の事。
「セシルー。アリサー。遊びに行ってくるー」
いつものようにワンリが、そう言ったあと神社を飛び出して行った。
「気を付けなさいよー」
これまたいつものようにアリサが返事を返した。
神殿の周囲に張っている結界を出れば、そこはモンスターがいつ出てきてもおかしくない場所だ。
本来であれば、ワンリのような小さな子供が、そのような場所に行くのは止めるのだが、ワンリが普通の子供ではないことは、既に知っていた。
そのためいつも注意だけして、送り出しているのだ。
そんないつもの光景の後に、その日は珍しいことが起こった。
塔の管理者のメンバーの一人であるコレットが、百合之神社を訪ねてきた。
コレットが来ること自体は、さほど珍しいことではない。
だが、それはほとんどが、考助が伴って来る場合であり、今回の様に一人で来ることは滅多にない。
コレットの訪問に最初に気付いたセシルが、対応することになった。
「これは、コレット様、いかがいたしました?」
様呼ばわりされたコレットは、若干顔をしかめた。
セシルもアリサもそんな呼び方はしなくていいと、考助も含めて言っているのだが、頑として譲らない。
それを知っているコレットも、今更訂正しようとは思わない。とはいえ、慣れない呼び方に、表情が変わってしまうのは、ある意味でコレットらしいところなのかもしれない。
「いや、ちょっとね。・・・ユリ様と話がしたくて来たのよ」
「ユリ様と・・・ですか?」
ユリと言うのは、百合之神社に宿る妖精であることは既に聞いているセシルである。対面も済ませていた。
だが、コレットが何の用で会いに来たのかは、思い当たることが無かったのだ。
「百合は、地脈の力を使う妖精だからね。少しでも話を聞ければと思って来たのよ」
「そういう事でしたか」
コレットの来訪の意味が分かったセシルは、すぐにユリがいるであろう場所へと案内した。
とはいってもユリは、そもそもこの神社に宿っている妖精だ。
神社内に限って言えば、どこにでも出現するのである。
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コレットとユリの会話は、実りあるものになったようだった。
セシルやアリサには、話の内容はほとんど意味が分からなかったのだが、二人の楽しそうな表情を見ればそのくらいのことは分かる。
そんな二人の様子を見ていたセシルを見て、不意にコレットが、
「そう言えば・・・アリサもここに連れてきてくれる?」
「はい? ・・・わ、わかりました?」
突然の要望に、首を傾げつつもセシルは、アリサを呼びに行った。
その日どの場所を掃除するかは決めてあるので、大体どこにいるかは想像することが出来るのだ。
予想した通りの部屋で掃除していたアリサを捕まえて、セシルはすぐに二人がいる部屋へと戻って行った。
「アリサを連れてきました」
「ああ、ごめんなさい。ありがとう」
コレットはそう言った後、二人の顔を交互に眺め始めた。
そんなコレットの様子に、セシルとアリサは内心で首を傾げることしかできない。
ひとしきり二人を見ていたコレットは、二人に向かってこんなことを聞いてきた。
「二人とも、精霊術使えたりする?」
唐突なその言葉に、セシルもアリサもそろって首を振った。
「「そんなわけありません!!」」
見事に、返事がハモった。
「そうなの? ・・・うーん」
コレットはそう言って、再び二人を見た後首を傾げている。
そんなコレットの態度を見て、セシルとアリサはびくびくしていた。
この時の二人の心境は、自分たちが知らないうちに、何かをやらかしてしまったのかと思っていたのだ。
そんな二人の為だろうか、出現したままだったユリが、助け舟を出してきた。
「コレット様、この二人が何かをしましたか? 二人ともよくやっていると思うのですが・・・」
ユリにそう言われて、ようやくコレットは二人が勘違いしている事に気付いた。
「ああ、いや。そうじゃないわよ。何か失敗したとかじゃないから、安心していいわ」
コレットのその言葉に、ようやく二人は安堵のため息を吐いた。
「では、何かありましたか?」
「何かというか・・・ユリ様も気づきませんか? ・・・それともさっきまでの話で、私が過敏になっているだけなのかな?」
コレットにそう言われたユリは、改めて二人に注目をした。
コレットの言葉には、主語が含まれていなかったのだが、ユリにもコレットが何を言いたいのか、すぐに気付いた。
そして、同時に驚きの表情になった。
「あらあら・・・これは、また・・・」
「あ、ユリ様も気づいたということは、やっぱり私の勘違いではないのね?」
「そうですね。初めて会った時には無かったから、ここにいる間に身についたのでしょうね」
二人を置き去りにして会話をするコレットとユリに、アリサが疑問を口にした。
「あ、あの。何の話でしょうか?」
アリサの言葉に、コレットとユリの二人は、一瞬顔を見合わせて頷いた。
「あのね・・・。二人ともなんだけれど、精霊が扱えるようになっているわ」
「「・・・・・・え!?」」
「精霊使いとしての素質が身についているのよ」
「「・・・ええーーーー!?」」
コレットからの唐突な申告に、セシルとアリサの二人は大声を上げることしかできなかった。
目の前にいたコレットが、思わず両手で耳をふさいだほどである。
「・・・・・・そこまで驚くこと?」
「・・・精霊使い・・・私が・・・」
「・・・う、嘘でしょ?」
二人の驚きように、コレットが首を傾げたが、二人とも聞いちゃいなかった。
二人そろって大声を上げた後は、呆然とした表情になっている。
「おおーーーい。二人とも、そろそろ帰ってきなさーい」
コレットはそう言って、二人の目の前で、パンと手を合わせた。
その音に、二人はやっと正気に戻ってきた。
「あ、あの、済みません。いきなりの事だったので・・・」
「まさか、そんなことが、自分に起こるなんて・・・」
二人とも驚きすぎるほど驚いているが、勿論これには理由がある。
二人は奴隷であるが、魔法やそれと同等に扱われている精霊術が扱える才能があれば、そもそも塔で雇われることは無かっただろう。
そういった才能が無いと判断されたからこそ、技能職扱いではない普通の扱いで売りに出されていたのである。
と言うわけで、二人ともそろって魔法的な才能は無いと思っていたのである。
それがいきなり精霊を扱えるようになっていると言われて、驚かないはずがないのである。
クラウンに雇われた時には、クラウンカードを作ってスキルレベルのチェックをしていた二人だったが、最初に作って以降はカードの更新をしていなかった。
そのため二人は、精霊術を扱えるようになっていることに気付くことが無かったのだ。
そう言われたコレットが、一旦管理層に戻って、すぐに考助を連れて来ることになるのだが、それを知った二人がさらに慌てることになるのは、こと後すぐのことであった。
この話で第8章は終わりです。
明日からは第9章が始まります。
2014/5/17 誤字訂正




