(9)珍しい夜
「・・・・・・あれ? フローリア、今から舞でもするの?」
考助は夕食を終えてしばらく時間が経ってから、フローリアが劔を持って練習場へと向かうのを見て、首を傾げながらそう聞いた。
フローリアがこんな時間に舞をするのは珍しいのだ。
その考助の疑問に、フローリアは頷いた。
「うむ。軽く汗を流そうと思ってな。・・・・・・最近、管理層に籠ってばかりで、まともに動いてなかったというのもある」
出会ったときからまったく変わってない素晴らしいプロポーションを持っているフローリアを見て、考助はもう一度首を傾げた。
「そんなに気にするほどのことでもないと思うけれど? まあ、運動したいというのなら止めないけれど。というか、是非見せてもらいたいな」
最近は、フローリアの舞を目にする機会も多いが、いつ見ても素晴らしいことには間違いない。
「それは構わないが・・・・・・音が無いからさほど見栄えが良いわけではないぞ?」
「いいのいいの」
たとえ音が無くてもフローリアの舞から受ける印象が素晴らしいことを知っている考助は、軽く手を左右に振った。
ここで珍しく、コウヒが一歩前に出てきて、こう主張した。
「それでしたら私が音をつけましょうか?」
コウヒの初めての申し出に、考助よりもフローリアが驚いた顔になった。
驚きすぎて固まっているフローリアに代わって、考助が目をパチクリとさせながら聞いた。
「珍しいね、どうしたの?」
「いえ、大したことではありません。いまはミツキもいるので、私が手を離れても大丈夫ですから」
「ああ、なるほどね」
今は、夕食の片づけも終わって、ちょうどコウヒとミツキが揃っていた。
今晩はたまたま管理層にいるのが、この場にいる四人だけなので、コウヒが考助の傍から離れたとしても大した問題にはならない。
それよりは、フローリアのために音を奏でて点数を稼いだ方がいいと判断したのだ。
といっても、考助の中でコウヒとミツキの点数付けをしているわけではないのだが。
納得する考助の傍で、フローリアが若干焦ったような顔になった。
「ということはなにか? コウヒが音をつけてくれると?」
「ええ。そうなりますね」
初めてのことに焦るフローリアに対して、コウヒはなんということもないという感じで頷く。
やる気になっているコウヒの顔を見たフローリアは、もう逃れられないと理解した。
「・・・・・・まあ、せっかくだから楽しもうか」
「ええ」
フローリアのセリフに、コウヒがにこりと微笑んで頷いた。
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楽器の準備をするというコウヒといったん分かれて、考助はとある物を手に練習場へと入った。
「それはなんだ、コウスケ?」
フローリアは、考助の手の中にあるものを見て思わずジト目を向けた。
「いや~。せっかく良いものが見られそうだから、酒の肴にでもしようかと」
考助の手に握られているのは、お酒とコップだったのだ。
しっかり二人分用意されているということは、ミツキが付き合うということだ。
「ハア、まったく・・・・・・。まあ、別にいいのだがな」
そもそも舞は、酒の席で踊られることが多い。
勿論、真面目に舞だけを見られる場合もあるのだが、基本的には宴などの席で披露される。
フローリアはそうした席で舞ったことはないが、そういうものだという認識があるので、酒を飲んだ考助の前で舞を披露することに抵抗はない。
敢えて言えば、呆れているだけである。
準備が整ったコウヒも来て、いよいよフローリアの舞が始まる。
ちなみにコウヒは、考助とミツキが酒を用意していることには何の反応も示さなかった。
考助が食堂に向かったところを見ていたので、ある程度の予想をしていたのだ。
そんなこんなでコウヒの伴奏でフローリアの舞が始まったのだが、きっちりとした流れの踊りが披露されたわけではない。
そもそものフローリアの目的は、舞の練習であって、舞を披露することではないからだ。
とはいえ、それだけでは寂しいのと、せっかく見学者がいるということで、フローリア自身から最後にきちんとした舞を披露すると宣言していた。
考助としてはそれでも十分だったので、了承したうえでこの場にいるのである。
フローリアの舞の練習風景を肴に、まったりとした時が過ぎていった。
コウヒが楽器を使って弾いている音も、曲というよりは、舞のための一定のリズムを刻むようなものだ。
ただし、開始からずっと音を鳴らし続けている体力は流石というべきだろう。
「・・・・・・うーん。まあ、コウヒはさすがというべきか、当然だとして、フローリアもなかなかの体力だよね」
練習を開始してからかなりの時間が過ぎている。
その間、舞ったり止まったりの繰り返しで、考助からすればほとんど動きっぱなしといっていい状態だ。
それにもかかわらず、フローリアもほとんど息を乱していない。
考助の言葉に、同じようにフローリアを見続けていたミツキが答えて来た。
「フローリアだってこれまでの間、なにもしてこなかったわけじゃないからね」
「それはそうだ」
最初に子供を産んだのと、ラゼクアマミヤの女王として活動してきた期間があって、フローリアはほとんど自分の時間が取れていなかった。
だが、トワに王位を譲ってからは、自由な時間が増えて色々なことに手を出し始めていた。
舞を舞うようになったのは考助の言葉がきっかけだったりするが、劔という神具を手に入れたことと、分野は違うがミクという音の天才が現れたことにより、より一層舞に力を入れるようになっていた。
それ以外にも、剣にも手を出していて、体力をつけることに余念が無かったりする。
それに加えて、フローリア自身はまだ気づいていないが、考助や他の女神と身近に接することにより、神族になりかかってきている。
これはフローリアだけではなく、他のメンバーも同じである。
そうした下地があるからこそ、人間離れした体力がついてきているのである。
そんなことにも気付かずに、フローリアは舞の練習を続けて、最後に考助の希望通り舞を披露した。
それを見終えた考助とミツキは、惜しみない拍手を送った。
「いやいや、さすがだね。相変わらず見事だったよ。いや、前以上に、かな?」
「そこは首を傾げたら駄目でしょう? きちんとよくなっていたわよ」
微妙な言い方をした考助をにらみつつ、ミツキが手放しにフローリアを褒めた。
もっとも言われた本人は、考助のことをよく知っているので、それだけでも十分に嬉しそうだったが。
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そんなこんなで、フローリアの舞の見学会は終わりになり、今度は場所を変えて飲み会へと趣向が変わった。
ただし、場所は普通のテーブルとかではなく、なぜかお風呂場でということになった。
これは考助が言い出したことではなく、せっかく舞で汗を流したのだから、風呂に入りながら飲みたいとフローリアが言い出したのだ。
考助としても否やはなく、管理層にも人が少なく余計なことを言ってくる者がいないので、そのまま風呂場の湯船が宴会場になったのだ。
とはいえ、さすがに場所が場所だけに飲みすぎては危ないことになるので、前もって用意したお酒は少なめである。
こうして、四人しかいないという近年では珍しい少人数での管理層の夜は、更けていくのであった。
な、なぜ最後に風呂に入ることになったし。Σ(゜Д゜)
予定では単に食堂で晩酌するだけのはずだったのですが・・・・・・。
ま、まあ、たまにはいいでしょう。
・・・・・・いい、ですよね?




