(8)掃除の動機
くつろぎスペースで、とある物を見ていたフローリアがぽつりとこぼした。
「なあ、コウスケ」
「んー・・・・・・?」
ソファで寝そべっていた考助は、フローリアの問いかけに、気だるげに応じる。
実際、半分意識を失っているような状態なのだ。
「スーラのあれは、いつまであのままにしておくのだ?」
「んー・・・・・・。 邪魔?」
もし、スーラが少しでも声を出すことができれば、このタイミングで「えっ!?」と驚きの声を上げていただろう。
だが、残念ながら声は出せないので、代わりにフヨフヨ浮いている雲(別名:スーラ専用浮遊機)の上で、驚きを示していた。
・・・・・・といっても、これまた残念ながら僅かに体を膨らませるくらいで、話をしている考助とフローリアは、まったく気付いていなかった。
フローリアとしても別に、邪魔だからどかしてほしいと思って言ったわけではない。
単に、まったりとした雰囲気になっていたところで、ちょうど視界に入ったので話題に出しただけだ。
「いや。そういうわけではないのだがな」
「スーラが完全に気に入っちゃっているみたいだからね。飽きない限りは取り上げるつもりはないよ。今のところは」
「・・・・・・そうか」
だからこそ、考助の返答にも特に反発することなく、納得したように頷いた。
だがここで、いたずら心を出した考助が、どことなく安心したような雰囲気を出しているスーラにちらりと視線を向けて続けた。
「でも最近、部屋の掃除とかもしてくれなくなっているからなあ」
「そうだな」
「あれを取り上げたらきちんと前のように、掃除もしてくれるようになるかな?」
わざとらしい考助の提案に、フローリアも何気なく乗っかってきた。
考助とフローリアは、この時点で完全にお互いに悪のりしている。
「どうだろうな。拗ねてしまって、かえってなにもしなくなるのではないか?」
「あー、それはあるか。・・・・・・んー」
ソファに寝そべったままの考助は、そこでわざと悩ましい声を上げた。
勿論、本気で悩んでいるわけではない。
その考助とフローリアのお遊びを本気にしているのか、スーラは完全にふたりのほうに注目している。
その姿は、まるでこの先の自分の命運がかかっているかのような感じを受ける。
実際には、人のように表情があるわけではないのに、なんとも不思議な感じである。
先ほどの考助と同じように、雲の上でプルプルとし出したスーラを見たフローリアは、
「だからといって、いまのままだと邪魔でしかないぞ?」
「そうなんだよねえ」
完全に悪のりしているフローリアに、考助も合わせるように頷く。
「・・・・・・いっそのこと、スライム島に返してしまおうか?」
「あれ(雲)はどうするんだ?」
「それは勿論、持って行かないよ」
「ああ、やはりそうなるか」
スライム島は完全にスライムだけの島になるように目指しているので、極力人工物は持ちこまないにしている。
そう考えれば、例え考助が作った物でも原則として島には持ち込まないというのが、考助が作った規則なのだ。
見る物が見れば、すぐに演技だと気付く考助とフローリアの会話だが、残念ながらスーラには通じていなかった。
プルプルと震えていたスーラは、やがて焦りを示すように、いろいろな色に変化しだした。
そして、ひょいと雲から飛び降りると、ミツキが部屋に入ってきた隙を見て、ピュイと駆けるようにいなくなってしまった。
普段のもそもそとした動きからは信じられないほどの速さである。
それを見ていた考助とフローリアは、クスクスと笑い出した。
そして、その光景を確認したミツキは、考助の護衛として傍にいたコウヒに、問いかけた。
「またスーラに何かやらかしたの?」
「ええ。そうです。といっても、今回ばかりはスーラの自業自得でもありますが」
「なるほどね。まあ、それなら放っておいても大丈夫ね」
「はい」
スーラにとってはいいことなのか悪いことなのか、幸いにしてふたりの会話は、考助とフローリアには届かなかった。
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「あら、スーラ? どうしたのですか?」
管理層の廊下を駆けているスーラに、くつろぎスペース行こうとしていたシルヴィアが話しかけた。
だがその当人は、それどころではないという感じで、管理層の端っこへ向かって移動した。
自分の言葉に反応しなかったスーラを見て、シルヴィアは少しだけ首を傾げたが、よくあることなのでそのままくつろぎスペースへと向かった。
そこで楽しそうにしている考助とフローリアから事情を聞くことになるのだが、それはスーラにとっては別の話だ。
シルヴィアに声を掛けられたことにすら気付かなかったスーラは、自身の名誉(?)を回復するために、管理層の隅から隅まで「掃除」を行う気でいた。
ここで本気にならなければ、自分の大切な居場所が取られてしまうと本気で考えているのだ。
スーラにとって管理層は、それこそ一部の例外(※この場合は考助の神域など)を除いて、隅から隅まで知り尽くしている場所だ。
塵ひとつ見逃さないように、気合を入れて掃除をし始めた。
もっとも、いまの管理層はメイドゴーレムが清掃を行っているので、スーラがわざわざ働かなくても埃が溜まっているということはほとんどない。
ただし、やはり棚などの大物が置いている場所の裏などは、いちいち移動させて清掃することが少ないので、そうした場所がスーラの出番となる。
スーラもそのことはよくわかっているので、持てる能力を総動員して、徹底的に「自分の担当部分」の清掃を行っていった。
もし、ここで同類が見ていたとすれば、その姿は鬼気迫るものに見えただろう。
だが、残念ながらいまのスーラがいる場所は、普通では見えない棚の裏なので、その必死な姿が誰かに目撃されることはなかった。
どちらにせよ、考助もフローリアもスーラの必死な姿が無かったとしても、管理層から追い出すつもりなどないのだが、そんなことはスーラはまったく気付いていなかった。
最初のうちは追い出されないように必死に掃除をしていたスーラだったが、そのうちに最初の動機など忘れて掃除に熱中するようになっていた。
これが良くも悪くもスーラの性格である。
一度始めてしまえば、自分が気のすむまで熱中するので、考助の声が聞こえるまで物陰に入り込んで掃除をすることなどはいつものことだ。
そもそもスーラが雲に夢中になっているのも、そうしたひとつのことに固執する性格のためである。
ひとつの部屋に入っては、物陰の掃除を満足するまで行い、また別の部屋に入って掃除を続ける。
それを繰り返して、管理層の半分ほど終わったところで、考助の呼び声が聞こえて来た。
「スーラ、そろそろご飯食べるよ!」
いかに熱中していても、考助の声を聞き逃すことはない。
いまいる部屋の掃除が中途半端なのが名残惜しいが、ご飯を逃すわけにはいかない。
掃除を始めたときと同じように、スーラは考助が待つ(はずの)食堂へとピュイと駆けて行った。
スーラが食堂に着くころには、考助たちは食事を始めていた。
自分のために用意された食事に手を付け始めたスーラは、このときすでに、考助とフローリアから言われたことなど忘れて、いつものように満足気に食事を終えた。
なんだかんだ言われながらも、これがスーラのいつもの姿なのであった。
最初は考助とフローリアのまったりとした一幕を書こうとしたのですが、なぜかスーラが出張ってきました。
・・・・・・スーラのことを鳥頭と思った人には、スーラのプニプニ攻撃が繰り出されます。




