(10)茶番という名の劇場
アマミヤの塔の第五層にあるとある建物に、あるあり得ない集団が集まっていた。
ありえないというのは、ある者たちが一か所に集まっていることが、ありえないという意味でだ。
その者たちは、各大陸を代表する国の王や王族であり、この世界の歴史でこれほどまでの重鎮たちが一堂に会することなどなかったのである。
会場に集まっているのは、セントラル大陸からはラゼクアマミヤ王国の国王であるトワを始めとした重鎮、そのほかの大陸からは、それぞれ十の代表国が選出されて国王なり王族が来ていた。
それほどまでの者たちが集まっている理由は、当然というべきか、十日ほど前にこの世界に現れた天翼族に付いての話し合いだった。
しかも、ただ集まって話し合いをするのではなく、天翼族の数人が現れるということで、これほどまでに注目を集めているのだ。
指定された場所がラゼクアマミヤ、しかもアマミヤの塔の中ということで、顔をしかめる者たちもいたが、そこは見ないふりをしている。
彼らがどう騒ごうが、天翼族が指定しているのがその場所なのだから、どうしようもない。
いくら文句を言ったところで、それなら来なければいいと言えばそれまでなのだ。
顔をしかめている者たちもそれがわかっているのか、わざわざ口に出して文句を言う者はいなかった。
これほどの者たちが一堂に会することはなかったので、天翼族が来るまで他の者たちで会話が進んでいた。
中には自分(または王)を待たせるなんてどれだけ無礼なんだと、という文句も時折出ていたが、そうした声は基本的に無視されている。
そもそも普段からそうした手合いを相手にしている者たちばかりなので、スルースキルが高いということだろう。
そんなことをしているうちに、ラゼクアマミヤの関係者が天翼族の来訪を告げた。
「皆さま、お待たせいたしました。いらっしゃいました」
その報告者の言葉に、会場中の視線が集まった。
いよいよ、アースガルドに新しく誕生した天翼族の登場である。
入ってきた天翼族は全部で三人。
そもそも天翼族は新しく移住してきたばかりで忙しく、それ以上の人数は来ても意味がないと判断したのだ。
もっとも三人の中のひとりにエイルがいるので、本来であればそれだけで事足りる。
何故なら、そもそも天翼族は、この場に集まっている者たちの要求に応えるつもりがないためだ。
「――――というわけで、私たちと取引をしたいという者は、個別に島に来てください。いまこの場でなにかを要求されても応えるつもりはありません」
「それでは意味がない!!」
参加者のひとりが絶叫するように言ったが、エイルを始め天翼族の三人は欠片も表情を変えなかった。
「意味というのはどういうことでしょう? 私たちは、あなた方の要求に応える必要性を感じません。そもそも今回のことも、あまりにしつこいあなたたちが、主様にご迷惑をかけたからこそ設けられたのですよ? その自覚はおありでしょうか?」
きっぱりとそう断言したエイルに、会場の反応はバラバラに分かれた。
無礼なことを言うなというものや苦虫を噛み潰したような顔をするもの、楽しそうな顔になるものなど、本当に様々である。
その中でも比較的穏やかに推移を見守っていた者のひとりが、ゆっくりと問いかけた。
「その主様というのは?」
「なにをとぼけたことを仰るのですか。主様が作られた国に圧力をかけておいて、いまさらそんな問いかけをするのですか?」
エイルが言った「主様が作られた国」という表現で、なんのことを言っているのか、会場に集まった者たちはすぐに理解できた。
そもそも天翼族の住む浮遊島は、ラゼクアマミヤ王国があるセントラル大陸の傍に現れたのだ。
さらに、エイルが言う通り、なんとか天翼族と繋ぎを取ろうと、ラゼクアマミヤに圧力をかけていたことも事実だ。
自分の言葉に歯ぎしりをしている者たちの姿が確認できたが、エイルはそれを無視して続けた。
「私たちがこの場に出てきたのは、主様に頼まれたから、その一点だけです。貴方たちと交渉するつもりは欠片もありません」
エイルはそう断言したあとでさらに続けた。
その内容は実に単純なもので、要点をまとめるとふたつになる。
ひとつは、島に来られる場合は個別に対応を行うという事。
もうひとつは、天翼族が取引をしたいときは、勝手に島から降りて個別に取引をするというものだ。
もし差別的な対応をした場合は、それ相応の対処をするという脅しも付いていた。
淡々とした調子で脅しをしてきたエイルに、参加者のひとりが眼光鋭く問いかけて来た。
その体格と視線から、相応の強さがあることはわかる。
「ほう? 其方らは、国を脅すのか?」
もっとも、エイルにはその威圧は、まったく通じなかった。
肩をすくめたエイルは、淡々とした調子で続けた。
「この場合は、脅しにもならないでしょうね。一応この数日でいくつかの代表的な国を調べましたが、そこまでの強者はいないようです。百人単位で私たちの戦士を送り込めば、すぐに首都は落とせるでしょう」
「「「「「なっ!?」」」」」
集まった者たちは声を揃えて驚きを示したが、エイルの表情は変わらなかった。
ただし、勿論エイルの言葉に顔色を変えなかった者もいる。
「ふむ。たった数日の調査で、そこまで断言できるのか」
「はい。なにしろ、この世界の強者と呼ばれる者たちは、低ランクのドラゴンさえ落とすのに苦労するようですからね」
あっさりと告げられたその言葉に、その意味を理解した者たちは息を呑んだ。
逆にいえば、天翼族たちは、低ランクのドラゴンを倒すことができると言っているのだから。
その雰囲気を感じ取ったエイルは、フッと笑みを浮かべてさらに続けた。
「別に実際に試してみてもかまいませんが、そのときは自分のところにまで手が届く覚悟をしてから行ってください。なにしろ、私たちには翼がありますから、いつでも空を飛んで行って対処ができます」
そう言ったエイルは、わざとらしく背にある翼を動かした。
この世界においては、翼は強さの象徴と見られているところもある。
それに加えて、特に威圧するでもなく、普通の調子で語っているエイルの言葉が、事実だということを示していた。
勿論中にははったりだと考える者もいるだろうが、会場に来ている者たちのほとんどは、海千山千の交渉を潜り抜けている者たちだ。
はったりかどうかは、自分で見抜く自信がある者たちばかりだろう。
そんな中で、ひとりの参加者がごく当たり前という感じで、こう発言してきた。
「我々の世界にも空を飛ぶ者には、弓という対処法があるのだがね?」
これは別に強がりというわけではなく、ただの事実だ。
ついでに、こう言ったことで、天翼族がどういう態度を取るのかも確認している。
「ええ。確かにあるようですね。蚊トンボを打ち落とすためにあるのかと思うような武器が」
そして、エイルは挑発するような言葉で、それに答えた。
ここまで来れば、エイルがわざとそういった態度を取っているのだと見抜いている者もいるだろう。
だが、それもまたエイルの計算のうちだった。
実際、天翼族にとっては、彼らがどう思おうがあまり関係ないのである。
先ほど宣言したように、外部との取引が必要だと思えば、自ら出て行けばいいだけである。
島は調査を行っている段階だが、いまのところ不足している品があるという報告は届いていない。
仮にそれがあったとしても、全世界すべての国が天翼族に敵対するとは考えていないのだ。
現に、すでにひとつの国とは、天翼族と敵対しないという了解を得ている。
まさしく、エイルたちにとってこの話し合いは、茶番という名の劇場なのであった。
最初から最後まで茶番でした。
まあ、ひとつの国以外がどう判断するのかは、個々で決めていくことになるでしょう。
この章はあと一話だけ続きます。
もしくは閑話にするかのどちらかです。




