(5)主様!
どうしてこうなった、と考助は心の中で呟いてみたが、残念ながら目の前の光景が変わることはなかった。
考助の隣では、ジャルが天翼族から隠れるように忍び笑いをしている。
エリスやスピカは表情が変わっていないように見えるが、長い付き合いでふたりとも目が笑っていることはわかっている。
彼らがそんな状態になっているのは、目の前で行われている天翼族の話し合いのせいだった。
なにしろ、一言目には「コウスケ様が主!」で始まって、それがまるで軍隊の号令のように天翼族全体で合唱されているのだ。
それを見ただけで、考助は天翼族の持つ性質の一端を理解できてしまった。
これでも一応考助は「そういうことはなしで」と代表であるエイルに言ったのだ。
ところが、考助がそう言った瞬間、エイルがものすごく悲しそうな顔になったので、つい「無理に駄目というつもりは・・・・・・」と続けてしまった。
その言葉を聞いたエイルは、すぐさま天翼族全体に「コウスケ様の許可が出ましたよ!」と言い放ち、現在に至っているというわけだ。
もうこうなってしまっては考助には止めることは不可能だ。
諦めた顔になった考助は、エリスを見て言った。
「あれ、止めてもらえない?」
「無理ですね。絶対の主を持って行動するのは、天翼族の性質です。そこを止めてしまえば、もう別の種族ですよ」
エリスの説明に、考助が驚いた表情になり、それを見たジャルが頷きながら続けた。
「そうそう。そうじゃなかったら、強い力を持て余してとんでもないことになるかもしれないしね」
天翼族は、いままでアースガルドに存在している種族と比較しても、群を抜いて強い種族になる。
勿論、個々の力では天翼族に勝てる者もいるだろうが、平均値にした場合は圧倒的に天翼族が上回る。
だからこそ、それぞれを力をまとめるために、絶対の主が必要になるというわけだ。
そうでなければ、それぞれがそれぞれの主張を持ってしまい、一気に同族内での戦いに発展してしまう。
これは別にエリスやジャルの推測ではなく、アスラから与えられた知識の中にある情報なのだ。
なんでも過去には、実際にそうした事例が起こり、それ以来天翼族の中では、主を捨てるのは禁忌に近いこととされているのである。
エリス、スピカ、ジャルから順番に説明をされた考助は、つい大きくため息をつきながらこう呟いてしまった。
「・・・・・・なに、その戦闘種族」
「アハハ。でも、実際そういうところはあるみたいだよね。一応、今回来た人たちは穏健派みたいだけれど」
エイルたちがこの世界に来るきっかけになっている話は、考助もアスラから聞いている。
だからこそ油断していたともいえるのだが、実際のところは甘かったということだ。
「ですが、その分と言っていいかどうかわかりませんが、主とした者の言葉は絶対に違えません。そういう意味では安心では?」
「・・・・・・そう思うんだったら、是非ともエリスに立場を変わってもら「遠慮します」・・・・・・即答っ!?」
珍しく食い気味に答えて来たエリスに、考助は目を剥いた。
考助の反応にクスリと笑ったエリスは、まじめな顔に戻って続けた。
「こんなことを言っていますが、実は、考助様に主役を務めてもらうのには、きちんとした理由もあるのですよ」
「も、ね。一応理由を聞いてもいいのかな?」
半眼になって自分を見てくる考助に、エリスは一度頷いてから続けた。
「簡単なことです。考助様は、気付きにくいのでしょうが・・・・・・。天翼族はこれからアースガルドで生活をしていくことになります。そうなると、直接の指示を出しやすい者が統率したほうがいいのですよ」
「・・・・・・ああ、なるほど。そういうことね」
普段女神たちは、自由にアースガルドに指示を出せる場所にはいない。
それであれば、最初から塔にいる考助が天翼族の主になったほうがいい、という理屈だ。
と、一瞬納得しかけた考助だったが、すぐに別のことに気が付いた。
「いやいや。それだったら加護を与えて交神をしたり、僕が交神具を作って渡したりもできるよね?」
「考助様、お忘れではありませんか? 加護はそもそもそう簡単に与えられるような物ではないのですよ? それに、交神具も加護を与えたものにしか作っていませんよね?」
交神具に関しては、実は作ろうと思えば誰にでも作れるのだが、さすがにそういうわけにもいかないので自重している。
その法則を崩してしまうと、いろいろと問題になりそうだとわかっているためだ。
「・・・・・・その割には、僕の周りには加護持ちが多い気がするけれど?」
「気がする、じゃなくて、多いんだけれどね。それは、どちらかといえば考助の周りだからよね」
考助のはかない反論は、あっさりとジャルにつぶされてしまうのであった。
考助がエリスたちとそんな話をしていると、布教活動(※考助視点)を終えたのか、おずおずという感じでエイルが近寄ってきた。
「主様。これから島内の調査を行おうと思いますが、よろしいでしょうか?」
エイルからそう聞かれた考助は、ちらりとエリスを見た。
これからこの浮遊島をアースガルドに移動させることになっているのだが、時間があるのかを確認したのだ。
幸いにして時間はまだ大丈夫だったらしく、エリスは小さく頷いた。
「大丈夫です」
「――だって。ああ、そうだ。ちょっと待って」
考助は、あることを思い出して、返事を聞いて仲間たちのところに行こうとしたエイルを止めた。
「はい?」
「エイルと、ほかに三名代表者を選んで、この島の一番重要な場所を案内しようと思うのだけれど?」
考助は、折角の機会なので浮遊装置の説明をしようと考えたのだ。
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島にある城の中に入ったエイルは、不思議そうな顔で考助に聞いていた。
「主様。ここに何かがあるのでしょうか?」
「うん。ある意味この島で一番重要な施設、かな?」
微妙に曖昧な言い方をした考助に、エリスが若干あきれた顔になってから説明を加えた。
「考助様、かな、ではなく、間違いなく一番重要な場所であり、施設です」
「そうよね。実際にあれを壊されたら、間違いなくこの島は維持できなくなるし」
ジャルがそう付け加えると、首をかしげていたエイルと他の天翼族三人が顔を青ざめさせた。
一方で、今度は考助が不思議そうな顔になった。
「そこまで言う? この島が空に浮けなくなるだけじゃないの?」
「違いますね。なにしろ、この島の大地は、考助様が創った浮遊装置を中心にして成り立っています。その浮遊装置が壊されれば、当然大地もなくなってしまいますよ。そうなれば、大地に根差している木々や植物も当然無くなります」
「げっ。そうだったんだ!?」
そんなことは初めて聞いた考助が、驚きをあらわにした。
そんな考助を余所に、エリスがまじめな表情でエイルを見た。
「ですから、いまから行く場所は、この島にとっての最重要地点となります」
「畏まりました」
エリスの言葉に、エイルが硬い表情で頷き、それに合わせるように他の三人の天翼族も頷いていた。
実際には、あの部屋を攻撃して破壊することはほぼ不可能に近いのだが、エリスたちが言っていることは間違っていない。
どれだけ厳重に警戒してもしすぎるということはない。
そういう意味では、考助が最初にエイルをこの場所に案内することに決めたのは、英断だったと言っていいのである。
考助の狂信者達が誕生です。
このためにこの章を書き始めたといっても過言ではありません!w
まあ、狂信者というのは多少大げさに書いていますが。
考「多少!?」




