(7)狐と人の関係
百合之神社は、百合之神宮ができるまでは本来狐たちの楽園(?)だった。
なにしろ、限られた人間の出入りしかないし、なによりも事情を知っている者しかいなかったためだ。
ところが、百合之神宮ができて、一般の者たちが出入りするようになってからは、気軽に『狐の姿のまま』神社に来ることは叶わなくなってしまった。
狐の眷属たちの総数でいえば、人型になれる数はごく少数なので、ほとんどの狐たちは来ることができなくなったといえる。
まだまだ人の出入りは、観光地としては少ないとはいえ、以前と比べれば(狐から見れば)不便になるくらいに増えている。
神社の傍で狐たちが休んでいたり、遊んでいたりする姿を見るのが好きだった考助としては、いささか残念な状況になっているといえる。
勿論、いまさら百合之神宮をなくすということを考えているわけではない。
「・・・・・・なんかいい方法ないかなあ」
「ク?」
百合之神社の縁側で、気持ちよさそうに考助に撫でられていた狐の姿のワンリがひょいと頭を持ち上げて、首を傾げた。
これまで黙って考えごとをしていた考助が、いきなり言葉を発したので驚いたのだ。
ちなみに、ワンリくらいのレベルになればいくらでも人の気配を察知することができるので、狐の姿でここまで来ることができる。
もっとも、勾玉のお陰でワンリはいつでも自由に人型になったり狐型になったりできるので、わざわざ狐型で来る必要は無いのだが。
いま、考助に狐の姿で撫でられていたのは、人に見つからないように狐型で日向ぼっこをしていたら、たまたま考助が来たからである。
顔を向けて首を傾げているワンリに、考助は背中を撫でたまま笑みを浮かべた。
「ああ、ごめんごめん。なんでもないよ。ちょっと考えていたことが口に出ただけで」
考助がそういうと、ワンリは納得したのか再び頭を下げて撫でられる体勢に戻った。
ただ、ワンリは元の状態に戻ったが、別の方向から考助について来ていたミツキが口をはさんできた。
「百合之神社・・・・・・というか、狐たちのこと?」
ミツキやコウヒに自分の考えがすっかりお見通しなのはいつものことなので、考助は素直に頷く。
「うん。まあ、そうなんだけれどね」
「神宮の外側に新しい神社でも作ったら?」
そのもっともらしいミツキの提案に、考助は苦笑を返した。
大事なことなので繰り返すが、ミツキやコウヒには考助の考えなどお見通しなのだ。
だから、当然次の考助の言葉もわかっているうえで、そう聞いているのだ。
「確かにそれは、一番やりやすい解決方法なんだけれどね。それだとほとんど意味がないんだよね」
狐が立ち寄る場所を移設するだけで、人前に気軽に狐たちが姿を見せられないことには変わりがない。
考助は、結局のところ、狐と人が、少なくとも神宮内では共存できる環境を作りたいのである。
新しい神社を作って、そこを狐の拠点にするのでは、意味がない。
ミツキは考助の思いがわかったうえで、敢えて厳しい言葉を投げかけた。
「随分と無茶な要求ね? この世界では、狐たちはモンスターなのよ?」
「わかっているさ。でも、やっぱり、かなえたいことってあるよね。それに、いくら僕だって、すべての狐と仲良くできるようにしてほしいなんて考えてないさ」
考助が考えているのは、あくまでも眷属たちが自由に闊歩できる環境だ。
そもそも眷属とそれ以外の狐同士で争うことさえあるのに、全ての狐と仲良くできるなんてことは欠片も考えていない。
ここで、先ほどからの話をしっかり聞いていたのか、ワンリが頭を持ちあげて動かしていない方の考助の手をぺろりと舐めた。
「・・・・・・ああ、いや別にワンリのことだけを考えて悩んでいたわけではないから、謝らなくてもいいよ」
「そうよね。どちらかといえば、考助様自身の欲望だからね」
直球でそう言ってきたミツキに、考助は苦笑を返すことしかできなかった。
まさしく、ミツキが言った通りだからだ。
ミツキの言葉で話が途切れたが、考助はしばらくその場でのんびりしていた。
勿論、話をしていた内容を考えていたこともあるが、そのほかにも単純にゆっくりしたいということもあったためだ。
そうこうしているうちに、ついに考助がぽつりと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・仕方ない。別の人にも相談してみようか」
「あら。やっと決断したのね。それで、誰に?」
さすがに具体的に誰に決めたかまではわからなかったミツキが、興味深そうに考助を見た。
気付けば、ワンリも同じように顔を上げながら考助を見ている。
「特に理由はないんだけれど・・・・・・。やっぱりシルヴィアかな?」
「ああ、なるほど」
ある意味で当然だろうという人選に、ミツキは納得したように頷くのであった。
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「――――話はわかりましたが、私を選んだ理由はなんでしょうか?」
百合之神社で考えていたことをシルヴィアに話した考助は、最初にそう聞かれた。
「いや、別に大した理由じゃないよ。いまのところ神宮に来ているのは神職関係者か、熱心な信者が多いから、なにかの参考になるかと思っただけ」
「そういうことですか」
考助の納得できる理由に、シルヴィアはそう言って頷いた。
そして、シルヴィアは一度悩むような顔になってから、
「一番わかりやすいのは、やはりテイムモンスターのように、どこかに目印をつけることでしょうか」
「あー、やっぱりそうなるか」
考助がナナやワンリを連れて町を歩くときも、首輪のような目印をつけている。
それで、きちんとしつけのされたモンスターだと周囲に認識させているのだ。
それであればモンスターと勘違いされて襲撃されたりすることはない。
ただ、それはやはり考助が考えているイメージとは違っているのだ。
考助の顔を見てそのことに気付いたシルヴィアが、ため息をつきながらさらに話した。
「それが駄目でしたら、地道にやって行くしかないでしょうね」
「・・・・・・というと?」
「はじめはそれぞれの神社の巫女から慣らしていって、あのあたりに出る狐は大丈夫だと思わせるのですよ。結界があってモンスターは入ってこれないですよね?」
確かにシルヴィアのいうとおり、百合之神宮は全体が結界でおおわれており、モンスターがその範囲内に入って来ることはない。
逆説的に、その中にはいることができる狐たちは安全だといえるのだろう。
ただ、シルヴィアも言った通り、このやり方だととても時間がかかるのは目に見えている。
考助も神社で悩んでいたときに、同じようなことを考えていたので、ため息をついた。
「・・・・・・道のりは長いなあ」
「それは仕方ありませんわ。こうしたことは、地道な努力で改善していくしかありません」
人とモンスターとの関係は、相当な年月続いているのだ。
いくらシルヴィアといえども、あっという間に解決できるような妙案など思いつくはずもない。
そもそもシルヴィアがこんなことを考えているのも、考助と眷属の特殊な関係性があるからである。
でなければ、むしろ反対の立場を取っただろう。
狐の眷属たちと人との前途多難な関係改善に、考助は思わず大きなため息をついた。
ただし、このときの考助とシルヴィアはすっかり忘れていたことがひとつあった。
それは、シルヴィアがエリスといつものように交神しているときに言われた「考助様が神託を出せばいいのでは?」というものだった。
シルヴィアもすっかり忘れていた辺り、普段の考助の行動原理というのがわかるというものだが、考助はそのことは気付かなかったふりをして、有り難くエリスの助言を実行することになるのであった。
最後の最後にエリスのナイスプレー(?)でした。
シルヴィアは、いい意味でも悪い意味でも考助の影響を受けているという例ですね。
☆ちょっとした小話。
今話は、危うく数時間かけて書いた本文を全消去してしまったかという事態になりかけました。
まあ、結果は私のただの勘違いだったので、普通に上げられることとなりましたとさ。
ここまで書いていて初めての事態だったので、かなり焦りましたw(というか、血の気が引いていた)




