(1)双子の進路
考助とシュレイン、ミツキが過去から帰ってきてから数カ月。
管理層には、コレットがセイヤとシアを連れてきていた。
子供たちふたりにとって、重要なイベントがあったのだ。
それが何かといえば、八歳の誕生日である。
この日は、管理層で身内だけのお祝いをするために、管理層に連れて来たのである。
ミツキが作った料理に歓声を上げる子供たちを余所に、考助がふと疑問の顔になってコレットを見た。
「そういえば、そろそろ学園のことも決めないといけないはずだけれど、どうするのか決めたの?」
聖アマミヤ学園は、入学年齢が十歳になる。
本格的に動き始めるのは九歳になってからでもいいのだが、セイヤとシアの場合は、そろそろ考え始めないと遅くなる。
なにしろ、セイヤとシアはいままでエルフの里を出て活動したのが旅行のときくらいで、同年代の他種族と多く触れあったことはさほど多くないのだ。
いろいろな意味で浮世離れしないように教育をするためには、いまのうちから慣らしておくに越したことはない。
そのため、以前から第五層で暮らさせる案が出ていたのである。
考助の問いかけに、ちらりと子供たちを見たコレットはため息をついた。
「それね。どうにもあの子たちの反応が芳しくなくてね」
「うん? それだったら別に無理はさせなくてもいいんじゃないの?」
子供たちが嫌なら無理に学園に通わせる必要はない。
コレットがなにを懸念しているのかわからずに、考助は首を傾げた。
「そっちよ。どうも、学園には興味があるみたいなのよね」
「あ~、なるほど」
コレットが言いたいことを察した考助は、納得の表情になった。
要は、セイヤとシアは学園には通いたいが、訓練としての第五層の生活には興味を示していないということなのだ。
確かに、ご近所づきあいでの同世代との交流(遊び)を、一から構築するのが面倒だという気持ちはわからなくもない。
どうせ学園に入れば、そうした関係は作り直さなければならないのだから、双子の考えることは的を射ている。
もっとも、ふたりがそこまで深く考えているのかは、母親であるコレットにもわかっていない。
まあ、年齢的にそこまで要求するのが酷ではあるのだが。
そんなわけで、コレットとしても学園入学前に住居を移すかどうかについては、いまだに決めかねているのだ。
「まあ、それだったら無理にいまから移動しないで、ぎりぎりになってから引っ越すのもありかな?」
「そう?」
「うん。なんだかんだいって、学園だって閉鎖的な場所であることは間違いないからね」
なにしろ同世代の子供が一堂に集まって、大人たちの干渉が限りなく低い状態で学び舎を共にするのだ。
普通の環境からすれば、これ以上特殊な環境はないといっても良いだろう。
それならば、その場所で一から関係を作り直すと考えてもいいのである。
それでもコレットの不安が拭えていないのは、自身の冒険者としての活動期間のことがあるためである。
エルフだというだけで、奇異な視線が向けられることを、身をもって知っているのだ。
「その辺のことはどうなの、トワ?」
時折ミアの話に付き合いながら考助とコレットの話を聞いていたトワは、しばらく考えるような表情になった。
「――――正直に言えば、わからないといったところでしょうか」
「こらこら」
あまりに率直すぎる答えに、思わず考助が突っ込んだ。
それに対してトワは肩を竦めて、
「仕方ありません。なにしろ、純粋な意味でのエルフの入学というのは、これまでも前例がありませんから」
「あれ? そうなの?」
「父上。あまりに身近にいるのでわかっていないのかもしれませんが、エルフの閉鎖性をなめてもらっては困ります」
そのトワの言葉に、考助とコレットは同時に顔を見合わせて苦笑をした。
確かに塔には昔からエルフがいて、滅多に出会える種族ではないという意識はほとんどない。
だが、世間一般的には、やはりエルフは目にするには珍しい種族なのだ。
「うーん。なかなか難しいねえ」
子供であるがゆえに、珍しいということは別の大きな問題を起こす可能性がある。
それは言うまでもなく、いじめの問題だ。
残念ながらどの世界でも、こうした問題は起こりうるのだ。
「そこまで悩まれるのでしたら、いっそのことすべてを公表して入学してはどうですか?」
「うん? どういうこと?」
トワが言ったことがわからずに、考助は首を傾げた。
「簡単なことです。セイヤとシアが父上の実子であることを知らせたうえで入学させるのです」
「え? いや、でもそれは・・・・・・」
無用な軋轢が起こるのではと続けようとした考助だったが、すぐに口を閉ざした。
そもそもふたりが入学する時点で問題が起こるのであれば、最初からおかしな手出しが難しくなるようにことを大きくしてしまえとトワは言っているのだ。
少なくとも現人神の実の子供たちを、爪はじきにするようなことをするような親がいるとは思えない。
むしろ、なにがなんでも交流を持つように言ってくる者がほとんどだろう。
もし、セイヤとシアに対していじめでもしようものなら、鬼の首を取ったようにその子の親たちを責め立てるだろう。
あまりにも親の威光が強すぎて、子供たちのおかしな力関係が働かなくなるのだ。
もっとも、そのおかしな力関係も、往々にして親の関係が影響しているものなのだが。
そこまで考えた考助は、腕を組みながら答えた。
「・・・・・・なるほど。確かにありといえばありだね」
「えっ!? いいの?」
コレットが驚いた表情になったのを見た考助は不思議そうな顔になった。
「いや、全然構わないんだけれど、なにかそこまで驚くようなことでもあった?」
「いや、だって、コウスケってそういうの嫌っていると思っていたから・・・・・・」
コレットの言葉に、考助は納得の顔になった。
確かに、考助はなるべく現人神として世界に直接力が及ぶことを嫌っている。
だが、それとこれとは別の問題なのだ。
「あのね。自分の子供のためなら、それくらいのことは別にどうでもいいんだけれど? それに、トワたちのときとは状況も違っているしね」
百合之神宮の計画が出る前であれば、考助も多少は躊躇ったかもしれないが、いまとなっては自分の名が広まることにはあまり抵抗が無い。
むしろ、それが子供たちのためになるのであれば、いくらでも自分の名を使っても構わないと思える程度には、親バカになっている。
勿論、トワたちのときと親バカの度合いは変わらないのだが、昔といまでは状況が大きく違っているのだ。
「そういうことでしたら、話は早いでしょうね。コウスケ様の実子という立場は、なによりも強力な盾になります」
考助の台詞を聞いたシルヴィアが、聖職者としての立場からそう断言した。
それほどまでに、セントラル大陸での現人神の名前は、大きな影響力を持つようになっているのだ。
「そうね。それじゃあ、最後の手段として、それは取っておきましょう」
コレットは、最後の保険を手に入れたことにより、ここ最近の悩みが薄れて安堵の表情になった。
実際にホッと息を吐いたコレットは、ふとふたりの姿が椅子にないことに気が付いた。
そして、視線の先にセイヤとシアの姿を認めたコレットは、ピシリと表情を変えた。
「こらー! ケーキを触った手でナナを触るんじゃない! ナナが困っているでしょう!!」
母親の雷が落ちたところで、隠れていたずらしていた双子は小さく飛び上がることとなる。
そして、それを見ていた周囲の者たちは、思い思いの笑みを浮かべて親子のやり取りを見守るのであった。
ナナ哀れ。
このあとで、強制シャンプーの刑に処されております。
(ちなみに、ナナはシャンプーは嫌いではありませんw)
セイヤとシアは学園に入学することが決まっています。
本人たちが嫌がれば無理に入れるつもりはないですが、いまのところはそれはないでしょう。
ミクも同じです。下手をすれば、トワたちの時以上に騒がれそうですね。




