(11)別れ
長老の庵の傍にあるちょっとした広場に、イネスを始めとしたこれまでシュレインたちが関わってきた者たちが集まっていた。
勿論、シュレインが里から去るという話を長老から聞かされて、この場に集まったのだ。
長老を始めとして、アネタやルーミヤと挨拶を交わしたシュレインは、最後にイネスのところに向かった。
「泣く必要はないのじゃぞ、イネス」
イネスはその両目に、思いっきり涙をためていた。
「で、でも・・・・・・」
「もし、吾とそなたの縁が深ければ、いつかまたどこかで会えるやもしれぬ。それまでの辛抱じゃ」
未来には、確実に会うことになっているのだが、シュレインはぬけぬけとそう言い放った。
ここではっきりと、必ず会えると言えないのは非常につらいが、こればかりは致し方のないことだ。
「は、はい・・・・・・!」
シュレインの慰めに、イネスはそう答えてからごしごしと両目を袖で拭ってから笑顔を見せた。
そのイネスの笑顔を見て小さく笑ったシュレインは、懐をごそごそと探ってからイネスに向かって右手を差し出した。
シュレインの行動の意味が分からなかったイネスは、小さく首を傾げた。
「其方にちょっとした贈り物じゃ。手を出すといい」
「えっ!? あ、はい!」
あまりにも唐突なシュレインの言葉に、一瞬驚いたイネスだったが、そう返事をしたあとは素直に両手を水を掬うような形にして差し出した。
それを確認したシュレインは、落とすなよと忠告してから、握っていた自分の右手をイネスの両手のすぐ上で開いた。
シュレインの右手が開くと同時に、イネスは両手の上に何かが乗っかってくる感触を感じた。
そして、シュレインが右手をどかすと、そこにはひとつの透明な水晶のような球体が乗っていた。
「・・・・・・これは?」
「贈り物だと言ったじゃろう? 取っておくとよい。いつかなにかの役に立つ・・・・・・かもしれぬからの」
シュレインはそう答えたあと、イネスには見えていないのを承知の上で思いっきり微笑んだ。
はっきりとは顔が見えていないイネスだが、ちょっとした感情はわかっていると考えての行動だった。
シュレインがいまイネスに渡したのは、以前にシュレイン自身が作った宝玉のひとつだ。
折角だからなにか渡せるような物はないかとシュレインが考助に相談したところ、クラーラ経由でアスラが宝玉ならいいと言ってきたのだ。
はっきりとした理由までは聞いてはいないが、女神が良いのならいいのだろうと納得して、シュレインはイネスに渡す分を用意していたのである。
「ええと? いいのですか?」
自分の手の上と長老たちを順繰りに戸惑ったように見ながら、イネスは最後にシュレインを見てそう聞いてきた。
「うむ。いいのじゃよ。なによりもお主に渡した方がいいだろうと、吾が判断したのじゃ」
実際には未来において、直接会うことになるのだからという理由もあるのだが、勿論そんなことは言えない。
シュレインから直接アイテムをもらったことで、イネスが余計な面倒に巻き込まれることになるかもしれないが、そこは周囲の大人たちに任せることにした。
わざわざ長老たちがいるところで渡すことにしたのは、そういう期待も込めていた。
シュレインが里の面々と別れを済ませている間、考助は帰還に向けての準備を進めていた。
といっても、クラーラとの会話をしていただけである。
実際に動いているのは神域にいるエリスたちで、考助とクラーラがやっているのは、会話をしながら繋がりを保ったままにしておくことである。
もっとも、エリスたちがやっていることも、考助たちが実際に帰還するための作業ではなく、あくまでも補佐だ。
考助たちがいるべき時代に戻る作業(儀式)は、あくまでもシュレインと錫杖が行うのだ。
エリスたちが行っているのは、その儀式の結果が正しい時代に帰ってこれるように調整を行っているのである。
シュレインがイネスに宝玉を渡しているのを確認した考助は、のんびりとクラーラに問いかけた。
「こっちはそろそろよさそうだけれど、そっちの準備はどう?」
『えーと、少し待ってね。・・・・・・うん。大丈夫みたいね。いつでもいいって言っているわよ』
「そう。それはよかった。あとは、シュレイン次第ということかな」
『そうね』
考助の確認に、クラーラも肯定の相槌を打ってきた。
丁度そのとき、シュレインが確認の視線を送ってきたため、考助は小さく頷いて準備はできている旨を合図した。
それを確認したシュレインは、イネスたちから離れて錫杖を構えた。
「では、そろそろ帰還の準備をするかの。皆、巻き込まれたら大変なことになるじゃろから、十分離れているのじゃぞ」
そう言ったシュレインは、目をつぶって錫杖に魔力を通し始めた。
唱えるべき祝詞は、すでに考助から教えてもらっている。
勿論考助は、クラーラ経由でアスラから確認していたのだ。
なぜアスラが祝詞を知っているのかは疑問だったが、それはあとから確認すればいいと考助は考えている。
もっとも、考助もある程度は予想できていたので、アスラが知っていたのも不思議ではないのだが。
祝詞はさほど長いものではない。
錫杖に十分魔力が通ったと判断したシュレインは、視線を考助へと向けた。
「それじゃあ、そろそろだから黙るね」
『わかったわ』
クラーラにそう伝えた考助は、すぐに立ち上がってシュレインの傍に近付いた。
勿論、ミツキは考助の肩に乗っている。
「吾願う。吾のあるべき時へと戻れることを。この時にて吾が望む答えを得た証として感謝をしつつ、吾帰還を希う」
シュレインが最後にそう締めると、持っていた錫杖が光り始めた。
そして、その光が消えたときには、すでにシュレインたちの姿はその場から消えていたのである。
シュレインが消えたのを少しの間見ていた長老は、ひとつだけため息をついてから孫娘のところへと近付いて行った。
「イネス。そろそろ泣き止みなさい。シュレイン殿もいつまでもお前が悲しむことは望んでいないだろう」
「は、はい。・・・・・・でも、やっぱり悲しくて・・・・・・」
そう言いながら、シュレインから受け取った宝玉をぎゅっと握るイネスに、今度はアネタが近寄ってきた。
「とりあえず、明日からは一杯クラーラ神に祈りなさない。そうすれば、もしかしたらクラーラ神がまた会わせてくれるかもしれないわよ?」
「本当に?」
「ええ。なにしろ、シュレインさんは、クラーラ神との縁が深そうでしたからね」
アネタもシュレインと深い交流があったわけではないが、その特異性は十分承知していた。
そもそもクラーラ神を重要な神として位置付けている時点で、少なくともこの時代のヴァンパイアにとってはあり得ないことなのだ。
だからこそ、アネタはイネスにクラーラ神に祈るように進言したのである。
勿論、この時点で、本当にイネスがあとでシュレインと会うことになるなんてことは、かけらも考えていなかった。
それでも、なにかイネスの支えになればいいと思ったのである。
長老とアネタ、ふたりの慰めが効いたのか、涙をぬぐったイネスは、ぐっと顔を上げて短く答えた。
「はい」
これにて里の一部をにぎわせたアムの騒動は完全に終わりとなった。
これ以降、特にプロスト一族では、クラーラ神を中心に信仰を深めていくことになるのだが、それはまた別の話である。
これにて過去の里での活動は終わりになります。
次話で長かったシュレインメイン話も終わり・・・・・・でしょうか。(タブン)
 




