(4)初めての余裕
「――フウ」
クラーラとの通信を終えた考助は、大きくため息をついた。
まずは連絡をと考えての通信だったのだが、予想以上の成果を上げることができた。
クラーラのお陰でいつでも元の時代と通信ができるようになったのは、精神面でずいぶんと余裕ができる。
考助の様子を傍で見ていたシュレインは、その顔を見て思ったよりもいい結果に終わったと察していた。
シュレインには、会話の内容までは聞こえていなかったのだ。
「どうやら、上手いこといったようじゃの」
「ああ、シュレイン。ゴメン。――うん。そうだね。思った以上の成果が得られたよ」
「ほう? それはどういうことじゃ?」
首を傾げるシュレインに、考助は先ほどの会話の内容を話し始めた。
「ふむ。確かにいままでよりはずっといい方に向いているようじゃの」
考助から話を聞いたシュレインは、明るい表情になってそう言った。
「だよね? まあ、完全に戻れることが確定したわけじゃないけれどね」
「いまの段階でそこまで望むのは高望みじゃろうな」
そもそも過去に来ている時点で、あり得ないような状況になっているのだ。
いくら神々といえど、準備もなしに干渉できるとは、考助もシュレインも考えていない。
シュレインの言葉に頷いた考助は、ふとなにかを思いついたような顔になった。
「取りあえず、向こうに帰る方法は連絡を待つとして、これからどうするの?」
「そうじゃの。せっかく余裕ができたのじゃから、里をじっくり見ようかの。あとは、いままで通りこの時代の儀式も調べたいのじゃ。こんな機会はないじゃろうからの」
予想通りのシュレインの答えに、考助は頷きつつ、面白そうな顔になった。
「どうせだったら、市を見たときに気にしていた子供に関しても調べてみたら?」
シュレインがこの里に来てから一番驚いていたのは、子供の数の多さだった。
揃って市を見に行ったときも、シュレインが特に子供に視線を走らせていたことに、考助は気付いていた。
シュレインとしては無意識の行動だったため、そんなところを見られていたのかと内心で驚きつつ、
「むっ!? いや、確かに気にはなるがの。ほかに調べたいことは山ほど・・・・・・」
「ハイハイ。ここには他に誰もいないんだから、照れなくてもいいって。それよりも、これから先のヴァンパイアのためにも必要なんじゃないかな?」
エルフほど極端に出生率が落ちているというわけではないが、考助の知るヴァンパイアも子供の数は少ない。
そんな状況では、どうしたって将来的には種族としての存亡に関わってくるだろう。
出生率が改善している塔のエルフでさえ、はっきり大丈夫といえるような状態にはないのだ。
ヴァンパイアも速めに対応しておくに越したことはないのである。
と、敢えて種族全体の問題にすり替えて言った考助に、シュレインはもっともらしく頷いていた。
「・・・・・・確かにそうかもしれぬの」
「そうだよね?」
前向きになった表情を見せたシュレインに、そんなことを言いながら笑みを見せた。
なんだかんだ言いながら、考助は考助で、シュレインとの子供が欲しいと考えているのであった。
勿論、無理に押し付けるつもりはないのは、当然なのだが。
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クラーラからの通信は、考助でなければ受けることができない。
そのため、シュレインが錫杖を持って外出するときは、考助も一緒に歩き回ることになった。
そもそもシュレインでは、クラーラから通信が来ているのかどうかもわからないのだから、仕方のないことだ。
気持ちに余裕の出たいまとなっては、シュレインと一緒に過去の里を歩き回るのは、一種のデートと言えなくもないので、考助としてもバッチコイ状態である。
もっとも、そんな考助の考えなどあっさりと見抜いていたシュレインだったが、呆れつつも隠せない嬉しそうな笑みがあったことを、珍しく(?)考助は見抜いていたりする。
結局のところ、どっちもどっちと言うべきだろう。
「こうしてみると、普通のヒューマンと変わらないように見えるね」
里のちょっとした広場で元気に走り回っている子供たちを見ながら、考助がそう呟いた。
考助やシュレインからすれば、さほど大きいとは言えない里だが、いま見えているだけでも子供の数は十人以上いる。
塔にあるヴァンパイアの村では、人口の比率からすれば、あり得ない数だった。
「・・・・・・そうじゃの。前に見たときも思ったのじゃが、なにが違うのじゃろうな?」
「さてね。さすがに子供だけ見てもわからないんじゃない?」
考助とシュレインがいまいる場所には、子供たちしかいない。
放置されているといえば言葉が悪いが、大人たちは男も女も関係なく働いているので、ある程度成長した子供には親という監視の目はつかないのである。
ただしそれは、別にこの里だけのことではなく、考助たちがいる時代のどの種族の町や村でも同じことだ。
母親なり父親なりがずっとくっついて子供の様子を見ているなんて余裕は、どこにもないのである。
考助とシュレインはしばらく子供たちの様子を見ていたが、やがて子供の母親らしき人物がやってきた。
そして、その女性が名前を呼ぶと、子供のひとりがそちらに向かって駆けて行った。
一緒に遊んでいた子供のひとりが手を振っていることから、きちんとした(?)母親だということがわかる。
もっとも、こんな小さな里で誘拐もどきの犯行を犯そうとしても、すぐにそれが誰かはわかってしまうので、そんな馬鹿な真似をする者はいないのだが。
母親が子供の手を引いて去っていくのを見ていた考助が、ポツリと呟いた。
「なんというか・・・・・・本当に、ごく普通の風景だよねえ。・・・・・・ん? あれ? ごく普通?」
何気なく言った自分の言葉に、どこか引っ掛かりを覚えた考助が首を傾げた。
「なんじゃ? なにかを見つけたのかの?」
「うーん、いや、なんだろう? なにかおかしなことがあったと・・・・・・ああ、わかった」
目の前の光景とシュレインを見比べていた考助は、なにに違和感を覚えたのかがわかって、大きく頷いた。
考えてみればごく単純なことだったのだ。
「いま目の前の光景が『普通』だとわかっているのに、向こうの里での光景が普通じゃないと思っていなかったのがおかしかったんだと思うよ」
「うん? どういうことじゃ?」
少し聞いただけでは意味がわからなかった考助の言い回しに、シュレインは首を傾げる。
「えーと、どういったもんかな・・・・・・。ヴァンパイアは子供が少ない。これは普通で考えれば異常なはずなのに、それを普通だと受け入れていたほうがおかしいのではないかなと」
それは、考助も目の前の光景が無ければ気付かなかった事実だった。
なにしろ考助は、別の種族がいるという世界にいたわけではないのだ。
だからこそ、考助の頭の中では、ヴァンパイア=子供が少ないという図式が成り立っていた。
だが、目の前の光景を見れば、それが間違いだったということがわかったというわけだ。
だとすれば、考助やシュレインが知る時代のヴァンパイアが、なぜ子供が少ないことをごく普通に受け入れているのかを調べれば、なにかがわかるのではないかと考えたのだ。
考助の話を聞いたシュレインは、考え込むように腕を組んだ。
「要するに、子供が少なくなっていることには、なにか普通ではなくなった理由があるということじゃの」
「まあ、そうなるのかな?」
なんとなく自分が言いたかったことからずれている気もしたが、とりあえず考助は頷くのであった。
何となくタイトル詐欺のような気もしなくもないですが、一応、精神的な余裕ができたということで、このタイトルにしました。
というわけで、できた余裕を使っての里の見学(主に子供を見に)に来たふたりでした。
まあ、この話を持ってきた理由は、なんとなくわかってもらえると思いますw




