(6)四人目
人を呼び込むための元気な声と、それに引き寄せられるようにして近付いて行く母親たち。
その母親に纏わりつきながら、ちょっかいをかけたりかけられたりして、走り回る子供たち。
里の市では、そんな当たり前のような光景が繰り広げられていた。
そんな景色を見ていたシュレインは、目を細めてから感慨深げに呟いた。
「これが、この里での当たり前の光景ということかの」
「え? はい。そうですね。もっとも、何日かに一度しか開かれないですが」
シュレインの言葉を微妙に違って受け取ったイネスが、市を見回しながらそう答えた。
イネスが単に市が開かれていることを聞いてきたのだと考えて答えたのだが、シュレインはそれ以上のことを考えながら聞いていたのだ。
シュレインの様子からそのことを察していた考助だったが、敢えてそのことは触れずにイネスにさらに質問をした。
「何日かに? 開かれる日が決まっているわけではないんだ」
「あ、いえ。すみません。週に一度は決まって開かれますが、その間にも不定期で開かれるんです」
必ず週に一度開かれる市は、表に向けても公言しているので、流れの商人がやって来ることがある。
だが、それ以外の日は、里の住人たちが話し合いながら売る物を持ち寄って市が開かれるのである。
売る者が集まらなければ開かれないということになる。
売り子と女性のやり取りを見ていたシュレインは、ふとあることに気がついた。
「む? 貨幣は結石を使っているのじゃな?」
「農作物を作っている人は物々交換をしたりもしますが、基本的には、この里ではそうです」
イネスが「この里では」と敢えて付け足したのは、ほかの種族では別の通貨を使っていることを知っているためだ。
そうした通貨は、外からやってきた商人たちからもたらされることになる。
あまり外との交流が多いとは言えない里のため、そうした通貨はあまり出回っていない。
その代わりに、一部のヴァンパイアが作ることができる結石が通貨の代わりとなっているのである。
ちなみに、結石を作ることができる技術は、その家系で相伝されるものであり、普通のヴァンパイアは知ることができなくなっている。
だからこそ、里の中では通貨として利用されているのである。
イネスの答えを聞いたシュレインは、考え込むような顔になった。
「・・・・・・シュレイン?」
その様子に気付いた考助が呼びかけると、シュレインはハッとした顔になった。
「いや、なに。少し気になることがあっただけじゃ。それよりもいまは、市の様子を見ようかの」
首を振りながらそういったシュレインに、考助はそれ以上なにも言わずに頷いた。
考助から見れば、少しだけではなくかなり重要なことを思いついたという顔だったのだが、この場では下手に話せないことだとわかったのである。
気になることはいくつかありつつも、考助たちは市の様子を見続けていた。
イネスが時折めぼしい物を見つけて買い物をしたりしているが、それは最初から了承している。
イネスにとっても数日振りの市なので、この機会を逃せば次はまた数日後ということになるのだ。
不思議なことに、考助とシュレインの姿は人々には見えていないはずなのだが、どういう理屈なのか、ぶつかりそうになったことは一度もない。
まるで、そこに人がいることがわかっているように、避けて通っていくのだ。
避けられている当人たちにもわかっていないのだが、あるいは無意識のうちに避ける結界のようなものがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていた考助だったが、ふと視線を感じて顔を左後方に巡らせた。
そして、自分を見て驚くひとりの女性がいることに気が付いた。
「あれ? もしかして見えているのかな?」
そう言った考助に気付いて、シュレインとイネスが同時に振り向いた。
「ほう? もしやとは思っていたが、本当に見つかるとはの」
「はっきりと見えているみたいですね」
シュレインの言葉に、イネスが頷きつつそう応えた。
シュレインとイネスの言葉を聞きつつ、最初に女性を見つけた考助が話しかけることにした。
「あの、見えていますよね?」
その考助の呼びかけに、女性が躊躇いがちに頷いた。
「は、はい。あ、あの・・・・・・長老から話が来たアムというのは、あなた方のことでしょうか?」
「そういうことですね」
長老はしっかりと仕事を果たしていたようで、女性は考助とシュレインの姿に驚きながらも恐怖といった負の感情は見受けられなかった。
納得の表情で頷く女性に、考助がさらに問いかけた。
「お名前を窺っても?」
「あ、これは失礼しました。私はルーミヤと申します」
「ありがとうございます。僕は考助で、こちらがシュレインです。こっちの子は・・・・・・」
考助が最後にイネスを紹介しようとすると、ルーミヤがそれを遮った。
「さすがにイネスさんのことは存じております。長老の孫娘ですからね。目にする機会も多いですよ」
「へー。そうなんですか」
里でどういったことが行われているのかわからない考助は、感心した表情になった。
その代わりに、イネス当人は、顔を赤くして手を振った。
「あ、あれは、長老が無理やり私を色々なところに出そうとした結果で・・・・・・」
「いいじゃありませんか。里の皆もわかっていますから」
「わかっているってなんですか!?」
思わず悲鳴のような声を出したイネスを見て、シュレインがクツクツと笑い出した。
「まあまあ、そのくらいにしておいた方がいいじゃろうな。それよりも、ルーミヤに聞きたいことがあるのじゃがいいかの?」
「はい? なんでしょう?」
「ああ、それなんじゃが、少しだけ話が長くなりそうでの。いまは買い物を済ませた方がいいのではないかの?」
買い物した荷物をぶら下げているルーミヤに、シュレインが改めてそう提案した。
そして、そのシュレインの提案を受け入れたルーミヤは、後ほど長老の庵に行くということで了承したのである。
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一通り市を見終わった考助たちは、その足で長老の庵へと向かった。
そこでは長老が外出せずにいたので、先ほどのルーミヤとの会話を話しておいた。
事前の了承を取らずに話し合いの場所としていたのだが、長老は嫌な顔をすることなく了承した。
長老にそんな説明をしている間に、買い物の片づけなどをしてからルーミヤが長老の庵を訪ねてきた。
「それで、あの、聞きたいことと言うのはなんでしょう?」
「うむ。先ほど長老にも確認したのじゃが、ルーミヤは長老の血族ではないのじゃな?」
「はい?」
唐突な問いかけに一瞬首を傾げたルーミヤだったが、慌てた様子で手を振った。
「違いますよ! いえ、勿論、同じ一族である以上は血の繋がりはあるでしょうが、さほど近くはないはずです」
「なるほど。やはりそうなるのか」
すでに長老の血族であることは関係が無いと予測していたので、ルーミヤの説明にシュレインは納得して頷いた。
問題なのは、その先のことだ。
いまのところ考助とシュレインが見えているのは、ルーミヤを含めて四人ということになる。
その四人の共通点がわかれば、なにか帰還のためのヒントになる可能性がある。
アムが見えるということは、それだけ重要な意味を示しているというのが、シュレインの考えなのだ。
あとは、その共通点がなにかをしっかりと探っていくために、ルーミヤから心当たりを聞く必要があるのであった。
血のつながりが薄いと言ったルーミヤですが、基本的には里にいるヴァンパイアは何らかの血のつながりがあります。(長老を中心に十親等に収まるくらい?(きちんとは決めていません))
というわけで、次話は共通点が何かを考えることにします。
流石にこれ以上は引っ張りませんw




