(2)偶然の一致
長老たちとの話を終えたシュレインたちは、長老の好意で庵をひとつ与えられた。
考助たちが、里で活動するための拠点として使うようにとのことだった。
長老とシュレインの話し合いによって、考助たちは里で自由に動き回ることが許された。
勿論、それにはシュレインから与えられた情報で恩義を感じたということもあるが、それ以外にも一族にとって有効な情報が与えられるかもしれないという思惑もある。
いまのところ長老とイネスにしか見ることができないふたりを、ふたりが里を自由に動き回ることによって、ほかの者が確認できるかもしれないと考えてもいるのだ。
考助とシュレインというアムが存在することは、長老によってすでに里中に知らせてある。
だからこそ、ふたりはこれから自由に里を動き回れるようになったのだ。
長老とイネス以外に見ることができる者が現れるかはわからないが、好きに交流していいという提案は、考助たちにとってもあり難いものであった。
与えられた庵の中に入って腰を落ち着けた考助は、視線をシュレインへと向けた。
「それで? これからどうするつもり?」
「うむ。それなのじゃが、考助には里で情報収集――といっても、まずはイネスと長老以外に吾らを確認できる者を捜してもらってもいいかの?」
「それは構わないけれど、シュレインはどうするの?」
そう言って首を傾げる考助に、シュレインは小さく頷いた。
「吾は、長老と話をして、書籍があればそれを確認したいと思うのじゃが。吾らの時代に伝わっていないものもあるかもしれぬからの」
「ああ、なるほど。そういうことね」
アムという存在については、ヴァンパイアにとっても不明な点が多い。
それは、考助たちが存在した時代でも同じことだった。
であれば、シュレインが知らない知識が、この時代の書物に書かれているかもしれない。
そう考えてのシュレインの言葉に、考助は同意するように頷いた。
考助とシュレインを見ることができる者は、いまのところ長老とイネスしかいない。
もし、それ以外にも見ることができる者がいれば、それは貴重な情報源となりえるか、もしくはなにかの意味がある可能性が大きい。
少なくともゲルタや長老の庵に移動する間で、考助とシュレインを見てくるような者は、ひとりもいなかった。
アムという特殊な存在である以上、単に無視しているだけとは考えづらいため、いたとしても数は少ないというのがシュレインの予想だった。
その数少ない者たちの傾向を分析すれば、なにかの手掛かりのようなものが得られるかもしれないということを期待しているのである。
里の住人たちと話をすることに決まった考助は、腕を組んで首をひねった。
「自分たちが見える人を探すのはいいけれど、もし見つかったとして、なにを聞けばいいの?」
「さすがにそこまでは吾も・・・・・・ああ、いや。名前くらいは聞いておいてほしいがの」
「いや、それはまあ、当然だけれどね」
挨拶をする以上、名前を確認するのは当然の礼儀である。
それ位は考助だってわかっている。
考助が聞きたかったのはそういう基本的なことではない。
「ということは、やっぱり行き当たりばったりということかな」
「そういうことになるかの。コウスケにはなにか思い当たりはないのかの?」
「思い当たりといってもなあ・・・・・・」
シュレインの問いかけに、考助は再び首をひねった。
そもそも、こんな大昔に飛んできたこと自体、考助に取っては想像の外にある出来事だったのだから、そんなものはあるはずもない。
・・・・・・と思っていた考助は、何気なく次の言葉を呟いた。
「こっちに来るときに過去を見ることができる神具と錫杖が反応したんだから、今度は逆の物を見つければいい・・・・・・なんてことはないか」
半分冗談だったその考助の言葉に、シュレインが大きく反応した。
「ほう? なるほどの。そういう考え方もあるかの」
「えっ!? いや、冗談だったんだけれど? そもそも、そんな都合のいい道具なんてあるかな?」
未来を見通すことができる神具など、そうそう転がっているはずもない。
ましてや、この里に存在している確率は、限りなく低い・・・・・・はずなのだ。
「その神具に惹かれて、敢えて錫杖がこの時代、場所を選んだということもあり得るがの」
「ああ~。確かに、そういう考え方もできるか」
いかにもありそうなシュレインの予想に、考助は納得の表情になった。
天井を見ながら少しだけ考えていた考助だったが、やがて首を左右に振った。
「神具だけに固執していると、それ以外を見落とす場合もあるから、可能性のひとつとして覚えておくよ」
「そうじゃの。それがよいじゃろうな」
考助の言葉に、シュレインも頷いた。
正直、未来を見ることができる神具云々は、考助が言った通り、ひとつの可能性でしかない。
それでほかの可能性を見落としてしまえば、元も子もないのだ。
「僕のほうはそれでいいとして、シュレインは手掛かりになりそうなものはあるの?」
「さて、どうじゃろうな。あまり多くの文書を保管しているとも思えぬから、なかなか厳しいかもしれないの」
ため息をつきつつそう答えたシュレインに、考助も長老のいた庵を思い浮かべた。
「ああ、なるほど。それはそうかもね。まあ、手掛かりの欠片でも見つけられたら、ラッキーということか」
「そうじゃの。折角じゃから、失われた儀式のひとつでも見つかればいいのじゃがの」
転んでもただでは起きないと言いたげなシュレインに、考助は苦笑を返した。
「まあ、ほどほどに、ね」
見たこともない儀式に気を取られて、本来の目的を忘れてしまっては意味がないのだ。
「わかっておる」
考助からの念押しに、シュレインはわずかに頬を膨らませて、プイと顔を横に向けるのであった。
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考助とシュレインが今後の対策を話し合っていたその頃。
長老の庵では、主とゲルタが穏やかな様子で話し合っていた。
「よろしいのですかな?」
「なにがだ?」
「勿論、あの客人を自由に動かすことだ」
普段の口調に戻したゲルタに、長老は笑みを見せた。
もともと古くからの友人同士であるふたりは、他人がいないところでは砕けた態度になるのだ。
「問題があるとすれば、里の者が不用意に手を出すことだが、果たしてそんなことをする者がいるかどうか・・・・・・」
考え込むような顔になる長老に、ゲルタは首を左右に振った。
「あまり楽観しない方がいいと思うが?」
「確かにな。だが、そこまでの愚か者は、里にはいない・・・・・・と、信じたいな」
長老は、僅かに間をあけてそう付け足した。
その顔には、里の者を信じたいが、相手が相手だけになにか突発的なことが起こるのではないかという不安があった。
長老の顔を見たゲルタは、ふとなにかを思いついたような顔になる。
「いっそのこと誰かをつけて・・・・・・駄目か。姿が見えないんだったな」
今更ながらにそんなことを思い出したゲルタに、長老は物憂げな顔を向けた。
「レイスを見慣れている吾らとはいえ、完全に見えない相手について行くことは不可能だからな。いっそのこと、イネス以外にも誰か見つかればいいのだが」
「・・・・・・ふむ。心当たりを探ってみるか?」
「・・・・・・何気なく言ったつもりだが、確かに探してみる価値はあるな」
くしくも、考助とシュレインがまったく別の目的で、同じようなことを考えていたとは知らず、長老とゲルタはそう言ってお互いの顔を見た。
こうして長老とゲルタは、考助たちが見ることができる者を探そうと、心当たりを片っ端から当たっていき、資料探しに来ることになるシュレインと対面させることになるのであった。
考助とシュレイン、どちらが先に見つけることができるのか、あるいはできないのか。
その結果については、きちんと本文で書きます。
フラグだけを立てて、結果を書かずに放置ということはしませんw




