(11)必要な情報
イネスが真剣な表情になっているなかで、シュレインと長老の会話は進んでいた。
「ゲルタの話では、其方たちは未来から来たということだが?」
「いまのこの里の状況を見る限りでは、間違いなくそうじゃろうな」
さらりと、特に表情を変えることなく答えたシュレインを、長老はジッと見つめた。
その顔は、シュレインの言っていることを嘘か本当か見極めようとしているようにも見えるし、それ以外のなにかを見分けようとしているようにも見える。
なにしろ長老には、シュレインと考助のはっきりとした姿は見えていないのだ。
そうである以上、声の音や見えている範囲内で判断するしかない。
もっとも、初めてアムと遭遇する以上、どう判断するかは結局長老次第ということになってしまうのだが。
長老から見られていることを意識しながらも、シュレインは気にした様子を見せずに話を続けた。
「言っておくのじゃが、いまの吾らから好きに情報を得ようとしても無駄じゃからな?」
「・・・・・・一応、理由を聞いても?」
シュレインからの宣言に、長老は一瞬言葉に詰まった。
まさしくそのことを聞こうとしていた長老は、シュレインに出鼻をくじかれたのだ。
「簡単なことじゃ。吾らには、自らの消滅を願うような自虐趣味はないからの。少なくとも、いまの状況をしっかりと把握できない限りは、こちらから情報は与えられんの」
「もし望む情報が得られないとなったら、この里から追い出すといっても?」
「そのときは、ここから出て行くだけじゃの。必要な情報は、この里から得られなくともいいからの」
実際にはそんなことはないのだが、シュレインはあえてそう言い切った。
そもそも、考助たちがこの時代に来た理由は、水鏡と錫杖の事故だと考えている。
ただし、なぜこの時代になったのかは、はっきりとした理由はわかっていない。
もし、水鏡か錫杖かはわからないが、敢えてこの時代と場所を選んだのだとすれば、里を追い出されれば考助たちは元の時代に戻れないことになってしまう。
少なくとも、いまこの場でそのことを教えるような不用意なことをするつもりは、シュレインにはないのだ。
シュレインの言葉を聞いてからジッと考え込むように、長老はほんの少しの間を開けた。
そして、わざとらしく息をついてから答えた。
「・・・・・・・・・・・・そうか。ならば仕方ないの。なにが知りたい?」
長老のその答えに、シュレインは取りあえずの賭けに勝ったと、内心で安堵のため息をついていた。
シュレインの目的は、まず最初に長老から重要な情報を得ることだ。
それをしないことには、どの程度自分が知る情報を与えていいかも判断できない。
そのために、敢えていつでも逃げれるようなことを口にしたのだ。
勿論、自分の考えをさらけ出して協力してもらうという手もあったが、たった数十分で長老の人となりを全て知ることなどできない。
できる限り、自分に有利になるように交渉するのは当たり前のことなのだ。
長老からの疑問に、シュレインはしばらくの間、なにを問うのか考えた。
できるだけ質問の回数を減らして、核心を付くような問いかけをしたい。
シュレインが考え込む間、長老やゲルタは、ジッと彼女の言葉を待っていた。
やがて、シュレインが発した問いかけに、ふたりは息をのむことになる。
「――――――『町』を出たのはどれくらい前のことかの?」
「・・・・・・やはり其方は知って」
いるのか、と問おうとした長老途中で止めて、シュレインはさらに続けた。
「長いヴァンパイアの歴史で、其方たちと同じようなことを考えた者が、他にもいなかったと考えるのは止めた方がいいと思うのじゃが?」
「・・・・・・・・・・・・」
シュレインの牽制に、長老は黙り込んでしまった。
いまのシュレインの言葉で、彼女がかなりの未来から来ていることが伺い知ることができた。
さらに、彼らにとっては、他にも重要な内容が含まれている。
シュレインは、そのことをわかったうえで、言葉を選んで話をしているのだと理解できたのだ。
ここで下手につつけば、続きの話すら聞けなくなると判断したのである。
黙ってしまった長老を見て、今度はシュレインが答えを待つことになった。
ここできちんとした答えを得られなければ、自分たちがいまいる年代を特定できなくなってしまう。
それによって与えられる情報が変わってくるだけに、非常に重要な場面なのだ。
不思議な緊張感を保ちながら数分の時間が過ぎた。
そして、長老がおもむろに口を開いた。
「・・・・・・吾らがこの里を開いたのは、五十年ほど前になる」
「長老!?」
長老の答えに、ゲルタが驚いた表情を向けた。
それを見たシュレインは、長老の言葉が本当のことだと理解した。
具体的な根拠を得ての理解ではないが、なぜか間違っていないと確信できた。
長老とゲルタの様子を見て、シュレインは次の餌を投げることにした。
「なるほどの。ということは、そろそろつらくなってくる頃かの?」
シュレインの何気ないその問いに、今度こそ長老とゲルタは息をのんでシュレインを見た。
ちなみに、傍で彼らの会話を聞いている考助とイネスは、なんのことやらさっぱりわかっていない。
考助は、ヴァンパイアの細かい歴史など知らないし、イネスは一弟子でしかないので重要な話は聞かされていないのだ。
「其方は、なにを知って・・・・・・いや、なにを教えてくれるのだ?」
そう言ってジッと自分を見てくる長老を、シュレインは首を左右に振った。
「さての。まだ我が知る情報を与えていいのか、判断がつかないの。聞くが、其方の名は『プロスト』で間違いないかの?」
「は? あ、ああ。そうだが?」
シュレインの問いに長老は不思議そうな顔で頷いた。
だが、今度は考助が内心で驚きまくっていた。
細かいヴァンパイアの歴史は知らなくても、プロストの名前は知っている。
なにしろ、塔の中で生活しているヴァンパイアの一族の名前なのだから。
イネスがいることからそういうこともあり得るだろうとは考えていたが、まさか一族の名前を冠する人物に会えるとは考えてもいなかったのだ。
驚いている考助の横で、シュレインは大きく息を吐いた。
まさかプロスト一族の開祖に、自分が会えるとは考えてもいなかったのだ。
その驚きは考助以上のものだった。
「そうか。ならば、吾も誠意をもって答えようかの。其方らのやっていることは間違っていないのじゃ、と」
シュレインの言葉に、長老は目をギュッと瞑った。
一分以上もそうしていた長老は、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
と、万感の思いを込めて呟くのであった。
そのあとの会話は、とんとん拍子に進んだ。
シュレインが「これ以上の情報は与えられないのじゃ」といえば、長老も「十分すぎるほどだ」と返す。
シュレインから得た情報は、長老にとっては、その言葉通りこれ以上ないものだったのだ。
勿論、シュレインもそうだろうと考えて情報を与えていた。
後に考助がシュレインに「未来に確定している情報を与えても良かったのか」と一応確認したが、シュレインの答えは「問題ない」というものだった。
シュレインがこの場で言ったことは、どのみち長老として進めなければならないことであり、シュレインが言ったことは、あくまでも長老を安心させる目的のためだった。
これから先、考助とシュレインが里で活動していくためには必要なことであり、未来に大きな変化を与えることもない、長老にとって必要な話だったのである。
最小限の情報で、最大の効果を得る。
交渉時には、とても重要なことですよね。
まあ、シュレインの言葉は、長老にとってはなによりも必要な情報だったのですが。
次からは第4章になります。




