(10)人の上に立つということ
考助とシュレインが話し込んでいると、庵にイネスが返ってきた。
「あの。長老がおふたりのことを呼んでいるので、来てもらってもいいでしょうか?」
確認するような視線を向けて来たイネスに、シュレインが頷いた。
「勿論じゃ。・・・・・・ああ。筆記用具は忘れたらダメじゃの」
「そうだね。ついでに、いまのうちに書ける紙を増やしておこうか」
先ほどのゲルタの話し合いで、一枚しか用意していなかった紙は、かなり使ってしまっている。
里の長と話すとなると、多くの話をすることになるのはわかっているのだ。
考助の言う通り、事前に用意しておいたほうがいいのは間違いない。
先ほどと同じように紙の用意をしてから、考助たちはイネスに連れられて長老の待つ庵へと向かった。
その途中で、シュレインがイネスに声をかけた。
「ふむ。イネス」
「はっ、はい!?」
「長老のところでいろいろ言われたようじゃが、あまり気にしない方がいいと思うがの」
「ふえっ!?」
ちょうど今後どうやって考助たちと話をしていけばいいのかと考えたすきに、シュレインからそんなことを言われたイネスは、思わず変な声を上げてしまった。
そんな素直な態度を示したイネスに、シュレインは苦笑を返した。
「長老のところで、吾らに裏があったらどうするのじゃとか、其方はそのままでいいとか言われたのじゃろう?」
「は、はいっ!? あ、い、いいえ! ・・・・・・で、ですが、どうして?」
なんとか隠そうとしているイネスだが、誰がどうみてもバレバレのその態度に、シュレインの隣で歩いていた考助も苦笑している。
誰がどう見ても、その通りですと言っているようにしか見えない。
考助としては、成長(?)したイネスを知っているだけに、目の前にいるイネスが本当に当人なのか、疑いたくなってくるほどだった。
窺うようにして自分を見てくるイネスに、シュレインはわざとらしく大きく頷いてみせた。
顔がはっきり見えていないことがわかっているので、敢えて身振りを大きく表現しているのだ。
「簡単な話じゃ。吾が長老でも同じことを言うじゃろうからな」
「そうなのですか?」
「うむ。今頃、長老の庵では、吾らにどう探りを入れるのか、話し合っておるじゃろう」
その言葉を聞いて、若干落ち込むように肩を落としたイネスに、シュレインが慌てて付け加えた。
「勘違いしてはならないからの? 其方には其方の役目があるというだけじゃ。長老たちも其方だからこそできると考えて、吾らのところに寄越したのじゃろうから」
「そう、でしょうか?」
自信なさげに自分を見てくるイネスに、シュレインはもう一度大きく頷いた。
「うむ。そうでなければ、別の者を使いに出したであろう?」
「はい!」
シュレインの慰め(?)に、イネスは笑顔になって頷いた。
ちなみに、敢えてシュレインは言っておらず、イネスも気付いていないが、長老がイネスを考助とシュレインを呼ぶために使いとして出したのは、いまのところふたりの姿が見えているのがイネスだけだからという理由も含まれている。
シュレインは、わざわざそのことを口にして、イネスを落ち込ませるつもりはない。
ついでにいえば、考助とシュレインがどう扱うのかを見極めるために、長老たちがイネスを使いに出したのだということも察している。
だが、だからといって、シュレインは長老たちを軽蔑したりはしない。
それが里を治める者としての役目だと、十分に理解しているのである。
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考助とシュレインが長老の庵に着くと、すぐに出迎えが来て奥に案内された。
ただし、奥とはいっても小さな建物なので、玄関ともうひとつの扉を超えた先に長老とゲルタが待っていた。
ちなみに、長老のいる場所に案内した者は、考助とシュレインの姿は見えていないようだったが、話には聞いていたようで、イネスを見ながら歩いていた。
そして、考助とシュレインがその部屋に入ると、ゲルタの右隣に座っている壮年期くらいに見える男性が目を丸くした。
「ほう。なるほど。アムを見たのは初めてだが、こう見えるのか。・・・・・・いや、イネスの話を聞く限りでは、見る人によって違うのか?」
「なるほど。話が早いのじゃ。長老殿には、吾らの姿が見えているようじゃの」
長老の言葉にすぐに状況を察したシュレインが、座る前にそう応じた。
しっかりとシュレインの声を聞くことができた長老は、その声にハッとした表情になり、頭を下げた。
「すまない。客人を招いて、いきなりだったな。とりあえず、座って話さないか?」
「ふむ。そうさせてもらおうかの」
シュレインはひとつ頷いてから、少し斜め後ろに控えていた考助を促してから座った。
いまの考助は、完全に対応をシュレインに任せている。
ちなみに、長老を前にしてのシュレインの言葉使いがいつも通りなのは、イネスやゲルタを通じて人となりが伝わっているとわかっているためだ。
用意された椅子(といっても背もたれがあるような物ではなく、小さな箱といっても変わらないようなもの)に腰かけたシュレインは、さっそく長老を見て言った。
「まず、お聞きしたいのじゃが、長老殿には吾らの姿が見えておるようじゃの?」
「うむ。まずはそのことから話した方がいいか。・・・・・・吾の場合は、見えるといってもぼんやりとした光のようなものだ。イネスのように姿形がはっきりしているわけではないな」
「なるほどの。それはそれで興味深いの」
頷きながらのシュレインの答えに、長老が不思議そうな顔になった。
「其方たちには、違って見えるということか?」
「吾らも初めての体験じゃから断言はできないが、少なくともいまはお互いの姿はきちんと見えておるの」
「ふむ。そういうものか」
シュレインの答えに、長老は納得したように頷いた。
何度か頷いた長老は、まじめな顔になってシュレインを見た。
「では、本題に入るが、なんの目的でこの里へ?」
「これはまた単刀直入に入ったの。まあ、別にいいのじゃが」
直球で聞いていた長老に、シュレインは苦笑を返した。
「簡単にいえば、ちょっとした実験をやっていた拍子に、気付いたらイネスが襲われている近くにいた、ということかの。そのあとは、イネスから聞いているのじゃろう?」
「ふむ。実験とな?」
首を傾げつつ興味深そうな顔になった長老に、シュレインは錫杖を見せる。
「この錫杖の使い方を探っているときに、ちょっとした事故が起こったのじゃよ。どうしてそうなったかは、吾らに聞かれてもわからんの。なにしろ、実験中だったのじゃから」
「なるほど」
一応納得してそう言った長老だったが、どこか納得できないという表情にもなっていた。
そんな長老の考えを見越して、シュレインがさらに付け加えた。
「信じる信じないは其方たちに任せるが、誓って事実なのじゃよ」
「さて・・・・・・。はっきり言えば、荒唐無稽な話だと言われても仕方ないと思うのだが?」
探るような視線を向けて来た長老に、シュレインも納得の色で頷いた。
「まあ、そう思われても仕方ないの。吾ら自身も、いまだにこの状況を信じられていないところがあるからの。実は夢を見ているだけで、いつか目が覚めるのではないかとの」
「・・・・・・ふむ」
なんの気負いもなくそう言ったシュレインを、長老は変わらずジッと見ていた。
その視線は、紛れもなく里を背負う者としての責任を伴ったものであったが、シュレインはその視線を逸らすことなくそれを受け止めた。
実際には、長老にはシュレインの姿は見えていないのだが、気分の問題でもある。
その長老とシュレインのやり取りを黙ったまま見ている視線があることに、ふたりとも気付いていた。
それは、考助とシュレインをこの場に連れて来たイネスであり、皆がそれに気づきながらあえてなにも言わずにそのままにしておいたのである。
文章上はシュレインの表情や仕草を書いていますが、長老やイネスははっきり見えているわけではありません。
ただし、なんとなく、そんな感じかなと感じ取ってはいます。
その辺のこともいつかは書く、かもしれません。(未定)
 




