(8)見える錫杖
「そういえば、イネス。聞きたいことがあるのだが?」
「ひゃい!」
まだ先ほどの驚きが残っているのか、イネスが少しだけ上ずった声で返答した。
「・・・・・・いつまで驚いているんだ。まあ、それはともかく。其方には、ふたりの姿はどう見えているんだ?」
そのゲルタの問いかけは、先ほどまでの里のためというよりも、興味本位のほうが強そうにみえた。
その証拠に、イネスを見ているゲルタの目が、先ほどまでよりも輝いている。
イネスは、考助とシュレインをジッと見直してからゆっくりと答えた。
「言葉ははっきり聞こえているのですが、姿が見えるといっても、顔はぼんやりとしかわかりません。一応、立ち姿から男性と女性だということはわかりますが」
「ほう? そうなのかの?」
ゲルタには聞こえないとわかっていても思わず声に出してしまったシュレインに、イネスが頷いた。
「はい。ただ、先ほど狼と戦っているときには、はっきりと見えていたような気もするのですが・・・・・・」
イネス自身が平常心ではなかったことと、戦闘中ということであまり気にしてはいなかったのだ。
気持ちが落ち着いて、考助とシュレインがアムだと気付いたときには、顔はぼんやりとしか見えていなかった。
イネスがそのことを口にしなかったのは、アムの場合、そう見えることが当然だと考えていたためだ。
イネスの説明に、ゲルタが考え込むような顔をしながら顎を撫でた。
「なるほど。なかなか興味深い話だな」
《確かにそうじゃの。ただ、姿が曖昧な理由は、なんとなくわかる気がするがの》
シュレインの書いた文章を見て、ゲルタが頷いた。
「うむ。時の旅人というのが影響しているのだろうな」
《おそらく、だがの》
シュレインとゲルタの会話(?)に同意するように、考助も頷いている。
ただひとり、傍で話を聞いていたイネスだけが首をかしげていた。
「ええと・・・・・・? おふたりが時の旅人だとして、どうして姿がはっきりと見えないのでしょうか?」
「・・・・・・イネス」
ゲルタはそう言って、どうしてわからないんだという顔をした。
「もし、吾らが先の時代のことを詳しく聞いて、その通りに歴史が動かなければ、いまここにいるふたりが存在しないことになるかもしれない。その予防策のひとつだということだよ」
そう簡単に説明したゲルタだったが、イネスは頭上にクエスチョンマークを飛ばしていた。
それをみたゲルタは、諦めたようにため息をついた。
「・・・・・・あとで時間があるときに詳しく説明しよう」
「あ、はい」
ゲルタから呆れられたと思ったのか、イネスはそれ以上は追及することなく短くそう答えた。
なんとなくすっきりとしない顔になっていたイネスだったが、ふと不思議そうな顔になった。
「でも、どうしてシュレインさんが持っているものははっきりと見えているのでしょうか?」
「吾が持っているものじゃと?」
イネスが言っているものがなんのことがわからずに、シュレインは首を傾げた。
「はい。私はそれの名前を知りませんが、武器、なのでしょうか? 長めの棒の先に輪がたくさんついていて、動かすとシャラシャラと音がしていますが」
その説明で、イネスがなんのことを言っているのか、考助とシュレインにもしっかりと伝わった。
考助とシュレインは、思わず顔を見合わせた。
「錫杖ははっきりと見えている?」
「ただの偶然とは思えんの」
お互いにそう言いながらシュレインが持っている錫杖に視線を移した。
「ここに来たときの状況を考えれば、あり得ないことではない、かな?」
「そうじゃの。結論を出すには早すぎると思うが、大きなヒントになりそうじゃの」
シュレインがそう言うと、考助は大きく頷いた。
考助とシュレインの頭にあるのは、ふたりがこの時代に来たときに、ピーチの操る水鏡とシュレインの持っていた錫杖が反応をしていたということだ。
シュレインが言った通り結論とするには早すぎるが、もし水鏡に映そうとしていた過去の時代に反応して、錫杖がふたりをこの時代に連れて来たということも考えられなくはない。
いや、そうであると考えるのが自然だろう。
だからといって、錫杖が原因だとわかったとしても、どうすれば元の時代に戻れるのか分かるわけではない。
結局、この里で情報を集めないと、どうにも動くことができないのである。
考助とシュレインが難し顔をして考え込んでいる間に、イネスがゲルタに先ほどのふたりの会話の内容を伝えていた。
そして、それを聞いたゲルタは、納得した様子で頷いた。
「ふたりには、どうしてこの時代に来たのか、理由はわかっているようだな」
《ああ。それは着いた当初からはなんとなくじゃが。イネスのお陰で確信に一歩近づけたというところじゃ。ついでに、元の時代に戻るヒントもの》
「そうか。それは良かった」
アムの姿のままでいれば、いずれは消滅してしまうこともあるという言い伝えもある。
ふたりがずっとこのままでいるわけにはいかないということは、ゲルタにもわかっているのだ。
「とりあえず、この里での其方たちの処遇は長老に決めてもらうから、いまはここで待っていてもらってもいいだろうか?」
これから長老のいる庵に言ってくると続けたゲルタに、考助とシュレインは頷いた。
《勿論じゃ。手を煩わせてすまんの》
「なに。興味深いことも事実だからな。恐らく、長老も邪険にはしないだろう」
《そうか。わかった》
シュレインからの返事を確認したゲルタは、イネスへと視線を向けた。
「なにを呆けているのだ。其方も来るのだぞ?」
「えっ!? 私もですか?」
「当たり前だろう。其方が一番詳しく状況を説明できるのだからな」
「ふあーい」
なにを言っているのだという顔になったゲルタに、イネスは小さく首をすくめるのであった。
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ゲルタとイネスは、考助とシュレインを庵に置いて、長老の住んでいるという庵に向かった。
ゲルタの庵に残されたふたりは、さてどうしたものかと顔を見合わせた。
「吾らの姿ははっきり見えずに、錫杖はちゃんと見えておる、か」
「錫杖が僕らをここまで連れて来たとして、その目的はなんだろうねえ」
「さての・・・・・・。というか、錫杖が連れて来たのかの?」
「いや。それはわからないな。とりあえず言ってみただけ」
考助の答えに、シュレインはガクリを肩を落とした。
はっきりと錫杖のせいだとわかれば、考助がどうにかできるかと考えていたのだ。
「まあまあ。とりあえず、ヒントになりそうなものを見つけただけよかったじゃない」
これまでずっと黙っていたミツキが、考助の右肩の上からそう言ってきた。
「それはそうじゃがの。このままじゃと、いつ戻れるかわからないと思うがの?」
「まあ、そうだよね。ところで、いままで錫杖は、なんの変化もなし?」
自分が持っている錫杖を見て来た考助に、シュレインは一度だけ頷いた。
「うむ。まったく変化なしだの。・・・・・・狼との戦闘のときも、特に気になるようなことはなかったしの」
シュレインのその説明に、考助は首を左右に振った。
「駄目だね。あまりにも情報が少なすぎるよ。錫杖を調べるにしても、下手に触らない方がいいと思うし。なによりも、道具が無さすぎる」
「ああ。そういう問題もあるのじゃな」
「そういうこと」
いくら考助でも、なんの道具もなしに細かく錫杖を調べることはできない。
さらにいえば、無理に魔法などを使って調べると、どんな影響を錫杖に与えるのかわかったものではない。
少なくともいまは、下手なことをすべきではないのだ。
ため息をつきながら答えた考助に、シュレインも同じようにため息をついた。
あまりにもいまの状況が進まないようであれば、無理やりにでも錫杖を調べることも視野に入れなければならないが、少なくともふたりは、いまはその状況にはないと考えているのであった。
実はイネスもふたりの顔ははっきりと見えていませんでした。
今更ながらにそのことに気付いた考助とシュレインですが、だからといって、なにがあるわけではありませんw




