(5)見えないようです
里の入り口で止められると思っていた考助とシュレインだったが、なぜか止められることなく、それどころかノーチェックで通ることができた。
いまいる時代がどの時代かはわからないが、これは通常あり得ない。
普通の姿であっても必ず身分証によるチェックは入るのが当然だ。
イネスは、朝に里から出て行ったことを知っている者が対応したために、検問(?)は短時間で済んでいた。
イネスの言葉では、ふたりの姿はレイスのように半透明になっているのだから、なんのお咎めもなしに通れることがあり得ない。
ヴァンパイアが、他の種族よりもレイスに慣れているとはいえ、まずないことだ。
警備者は、イネスと一言二言会話をして通ったのに対して、考助とシュレインにはまったく言葉を掛けることもなかった。
それどころか、視線を合わせることすらなかった。
どういうことなんだろうと訝し気に思いつつも、考助とシュレインはイネスのあとを付いていくことにした。
無駄に話しかけたりして変に勘繰られるのも面倒なので、丁度いいと思うことにしたのだ。
考助とシュレインがイネスに話しかけたのは、里に入っていくらか歩いてからだ。
「・・・・・・どういうことだろうね?」
「・・・・・・随分とざるすぎるのじゃが、この里は大丈夫かの?」
ふたりにしてみれば当然の疑問で、ほぼ同時にそうイネスに聞いたのだが、聞かれたイネスは少しの間、首を傾げていた。
「ええと・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・ああ! おふたりのお姿は、恐らく私以外には見えていないですよ」
そのイネスの言葉に、考助とシュレインは少しだけ驚いた顔になった。
イネスにしてみれば、逆にそちらの反応のほうが驚きだった。
「ええと・・・・・・? 私の里では、霊体になっている場合は、親和性のある者だけが見えると言われているのですが、違うのでしょうか?」
「そうなのかの? 少なくとも吾は初めて聞いたのじゃが?」
考助から視線を向けられたシュレインは、イネスに向かってそう答えた。
「そうなのですか? では、警備の者に見つからなかったのは、どういうことなのでしょうね?」
「・・・・・・ふむ。少なくとも今回に関しては、其方の聞いている言い伝えのほうが正しいということかの?」
「まあまあ。とりあえず、余計な手間がかからなくて済んだんだから、良かったとしようよ」
再び考え込みそうになったふたりに、考助が楽天的になった顔でそう言った。
「それもそうじゃの。面倒なことは、落ち着いてから考えるとしようかの」
「そういうこと。それに、イネスは急いでいるんだよね?」
里に来るまでの道のりで、イネスは里の外に出た理由が、急ぎで薬草を得るためだったということは聞いていた。
考助からそう問われたイネスは、「そういえば、そうでした」と答えつつ、少し急ぎ目に師匠の待つ庵に向かって歩き始めた。
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「ゲルタ師! いま戻りました!!」
イネスの師匠のいる建物は、家というよりはまさしく庵と表現するのが正しいような所だった。
もっとも、いままで通ってきた道のりの風景を考えても、師匠の庵が特別だというわけではない。
むしろ、大きさでいえば、師匠の庵は大きい方だろう。
この辺りは、里でも信用のある薬師ということで優遇されているのかもしれない。
考助は、そんなことを考えつつ嬉しそうに声を掛けつつ庵に入っていくイネスを見ていた。
一応、霊体(?)の身になっているとはいえ、勝手に中に入っては失礼にあたると考えて、入り口の傍で立って待つことにしたのだ。
同じことを考えたのか、シュレインも考助の隣で立っている。
「早くこっちに持ってこんか!」
「はいっ!!」
庵の中から聞こえて来た声に、イネスが敏感に反応して駆けこむようにして庵の中に入っていく。
考助とシュレインは、完全に置いてきぼりにされた形だ。
とはいえ、ふたりとも事情を知っているので、お互いに顔を見合わせて苦笑するだけで、なにかを言うのは止めておいた。
場合によっては、他者の命にもかかわる可能性があるのだから、ふたりにとってはそうするのは当然のことだったのだ。
見かけはそうでもないのだが、中からの物音は魔法か何かで遮断されているのか、イネスが中に入ったあとは物音らしい音は考助たちには聞こえてこなかった。
その間考助たちはといえば、ここに来るまでの間のことを話していた。
「そういえば、僕らの姿がイネス以外には見えないというのもあるけれど、ミツキの姿はイネスにも見えていなかったみたいだね」
考助がそうミツキに声をかけると、頭の上から声が聞こえて来た。
「そうみたいね。ほかの人の視線も感じなかったから、見えていないのだと思うわ。多分だけれど、考助様の神力に慣れ親しんでいるシュレインだからこそ、見えるようになったんじゃない?」
「ああ、なるほど」
シュレインがミツキの姿を見えるようになったのは、考助が神力を送ってからだ。
ミツキの説明はあくまでも推測の域を出ないが、考えられないことではない。
イネスがミツキに反応していないからといって、ほかの人にも見えてないとは限らないが、少なくとも里の中では考助とシュレイン同様、視線を向けられることはなかった。
「どうせ見えていないのであれば、そのつもりで行動するわ」
「そう? それでいいの?」
「いいわよ。そっちの方が便利なこともあるし」
疑問を投げかける考助に、ミツキは軽くそう返してきた。
「ミツキがそうしたいんだったら、それでもいいや。こっちもそのつもりで対応するから」
「そうして」
考助の言葉に、ミツキは短く答えるのであった。
ふたりの会話が終わったのか頃合いを見計らうように、今度はシュレインが話しかけて来た。
「この里の様子を見る限りでは、かなり昔に飛んでいるようじゃが、この先どうするつもりじゃ?」
少なくとも考助とシュレインが知るプロスト一族は、サミューレ山脈のアルキスという町にいたことになっていた。
ただし、アルキスの町にも移住してきたという話は聞いたことがあるので、プロスト一族が最初からそこに住んでいたわけではないこともわかっている。
では、いまいるところがどこなのか、それはまったくわかっていないのである。
「少なくとも、ここがどこなのかわからないと駄目だよねえ。ただ、場所がわかったからといっても、元の場所に戻れるわけではないんだけれど」
「そうじゃの」
考助の考えに、シュレインも頷いた。
現在地と年代がわかったからといって、考助たちが元の世界に戻れる手段がわかるわけではない。
神域に自由に行き来できる手段を持っている考助といえども、時間と空間を自由に移動できるわけではないのだ。
ついでにいえば、いまの神域にいるアスラやエリスと連絡を取れるのかもわからない。
タイムパラドックスがどうのという問題もあるにはあるが、それよりも、この世界のアスラは考助のことをまったく知らないのだ。そして、その逆もしかり。
要するに、交信しようとしても相手とのつながりがまったくない状態なので、交信するための『糸』を繋ぐことができないのである。
これでは、連絡を取ろうにも取ることができないのだ。
ついでにいえば、この世界から考助の知るアスラに連絡を取ろうとしても、恐らくこの世界の女神たちに見つかってきちんと連絡が取れない可能性があるため、下手に手が出せないのだ。
まさしく八方ふさがりの状況だが、なぜか考助もシュレインも焦ったりはしていなかった。
いつかは帰ることができるという確信が胸のうちにあるのだ。
その確信がなにかは具体的にはわかっていないが、いずれはわかるだろうと考えている。
あとから考えれば、あまりにも楽観的ではないかと思わざるを得ないのだが、このときのふたりはなぜかそのことは思いつきもしなかったのである。
考助とシュレインの姿は、いまのところイネス以外には見えていません。
そして、放置される二人w
まあ、病人が待っているので、一時的(?)に忘れられてもしたかありませんね。




