(1)新たな検証
神器が使う精霊に錫杖が反応している、という予想は、その日のうちに考助たちにも知らされた。
そして、その予想を聞いたときの考助の最初の反応は、「ああ、なるほど」というものだった。
考助は、フローリアの舞のときに、すでにその仮説を立てていたのだ。
勿論、たった一回だけのことで、あくまでも仮説の域を出なかったので、意見を言うのは控えていたのだ。
ついでにいえば、シュレインがしばらくの間、無茶な使い方をしないと宣言していたので、実験的なことを言うのもやめていた。
今回、ワンリの持つ勾玉に錫杖が反応したのをシュレインが見つけたのは、あくまでも偶然の産物でしかない。
それでも、ふたつの事象からきちんとした予想をコレットが立てたのは、さすがといえるだろう。
ちなみに、自分の予想があっさりと覆されたシュレインは、その日は落ち込んでいたが、次の日にはいつも通りの様子を見せていた。
考助に勾玉のことを話した翌日に、シュレインは別の相談を考助へとしていた。
「ふむ。それで、水鏡でもどうなるのか確認してみたい、というわけか」
「そうじゃ。せっかく特殊な反応が起こるとわかったのじゃから、試した方がいいじゃろう?」
確認するように言ってきたシュレインに、考助は難しい顔になった。
「うーむ。確かに言っていることはわかるんだけれどねえ・・・・・・」
「なにか問題でもあるのかの?」
なんとなく考助から拒否感を感じたシュレインは、なぜだかわからずに首を傾げた。
いつもの考助であれば、検証のためと言って喜々として賛同すると考えていたのである。
横で聞いていたフローリアも同じことを考えたのか、不思議そうな顔になった。
「どうしたのだ? 嫌な予感でもしているのか?」
考助が消極的になるときは、大抵現人神としての予感が働いているときだ。
それくらいは、巫女であるシルヴィアでなくとも女性陣は見抜くことができる。
それゆえの当然の疑問だったが、考助は首を左右に振った。
「いや。そういうことじゃないんだけれどね。単に、シュレインが大丈夫かなって、思ってね」
「・・・・・・吾が?」
考助の言葉に、シュレインが首を傾げた。
まさか自分に不安を感じるとは考えていなかったのだ。
意味がわからないという顔になっているシュレインに、考助がジッと観察するような視線を向けた。
「だって、前のときにいろいろと考えたうえで、無茶な使い方をしないと決めたんだよね? いま、この場で本当に検証なんて新しいことをやっても大丈夫?」
「なるほど。シュレインを心配しての発言だったか」
考助の問いかけにシュレインが反応するよりも先に、フローリアが納得して頷いた。
勾玉の件が起こる直前までは、新しい儀式を試すのは控えると言っていたはずだ。
考助が心配するのは、当然のことだった。
考助から心配そうな視線を向けられたシュレインは、ウッと詰まったあとに、ついと視線を考助から逸らした。
頬が赤くなっているのは、誰が見てもわかる。
「し、心配してくれるのは嬉しいのじゃが、問題はないぞ?」
管理層にいる限り、考助たちが危険に陥ることはほとんどない。
そのため、普段の生活をしている限りでは、考助から心配されるということもほとんどないのだ。
そのレアなケースに当たったシュレインは、慣れない状況に照れるのを隠せなかった。
「そ、そう。それなら、いいの、かな?」
対する考助も、それまでは特に意識していなかったのだが、シュレインの反応を見て視線を逸らしていた。
そんなふたりの様子を見ていたフローリアは、呆れていいのか羨ましがっていいのかと、なんとも複雑な表情になっていた。
考助とシュレインの間に甘い空気が漂い始めて、このまま放置しておくと話が進まないと判断したシルヴィアが、わざとらしく咳ばらいをしたあとに疑問を口にした。
「それで? 検証はどうするのですか?」
「ああ、ああ。そうだった。検証ね」
シルヴィアにはそんなつもりはなかったのだが、なんとなく非難されているように感じた考助が、慌てた様子でわざとらしく考え込むそぶりを見せた。
考えていたのは少しの間だったとはいえ、その時間でいつもの調子を取り戻した考助は、まじめな顔に戻ってシュレインを見た。
「正直に言えば、シュレイン次第だろうね。実際のところ大丈夫かどうかわかるのは、本人の感覚だけだから」
少なくともシュレインは、錫杖を暴走させたことは一度もない。
だからといって、本人が駄目だと感じているときに無理にやらせても上手くいかないのは目に見えている。
自分次第だと言われたシュレインは、他のメンバーからの視線を感じつつ目を瞑ってじっと考えた。
そして出した答えは、
「――――――うむ。やはり、試してみるべきじゃと思う」
「その心は?」
念のためと言う感じで聞いてきた考助に、シュレインはにやりと笑みを浮かべて答えた。
「考助の心配はわかるのじゃが、いつまでも普段使いをしておくわけにもいかぬからの。それに、いまはもう大分落ち着いているから大丈夫じゃ」
「そう。それならいいんだ」
シュレインの目を見て本当に大丈夫だとわかった考助は、軽い感じでそう返すのであった。
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「――――――それで、どうして私が呼ばれるのでしょう~?」
水鏡を使うためにわざわざ呼ばれたピーチは、考助たちから話を聞いて首を傾げた。
水鏡を使うだけならシルヴィアも使うことができる。
自分が呼ばれた理由がわからなかったのだ。
不思議そうな顔をしているピーチに、シルヴィアが申し訳なさそうな顔になった。
「ごめんなさい。私で済めばよかったのですが、どうしてもうまくいかなかったのです」
「え?」
シルヴィアの言葉に少しだけ驚いた顔になったピーチに、考助がさらに説明を加える。
「いや、実はシルヴィアは既に水鏡を使ってみたんだよね。でも、なぜか上手くいかなくて」
「恐らくじゃが、シルヴィアが水鏡を使うときは、精霊が動いていないと思われるのじゃ」
シルヴィアが水鏡を使うときは、どうしても巫女として正式に教わった使い方をしてしまう。
そのため、力の入れ方も聖力を使ってしまうのだ。
聖力と精霊力は、厳密には違うものなので、錫杖が反応しなかったのではないのか、というのが皆の予想だった。
考助とシュレインの説明を聞いて納得しかけたピーチだったが、疑問の表情を浮かべた。
「それはわかったのですが、私も水鏡を使うときは、精霊を使っているわけではありませんよ~?」
ピーチが過去視をするときは、自身の魔力と種族の特性ともいえる鋭い勘を使って、まるで占いを行うようにしている。
そのため、はっきりと精霊を使っているかどうかはわからないのだ。
そもそもピーチは、精霊術が使えるわけではない。
「それはわかっているんだけれどね。もしかしたらピーチの能力とは別に、水鏡が使っている可能性もあるから、試してほしいんだよ」
「なるほど~。そういうことでしたら、納得しました」
別にピーチも過去視をすることが嫌というわけではない。
なんとなく不思議だったため、確認したのだ。
過去視をすることを了承したピーチは、早速準備に取り掛かった。
ちなみに、今回過去視を行う対象は、シュレインだ。
そのシュレインは、傍で錫杖を持って控えている。
だが、いつものように水鏡に触れて過去視を始めたピーチは、小さく首を傾げた。
「どうかした?」
「いえ~。なにか、いつもと違った感覚が・・・・・・!?」
考助の問いかけにいつもの調子で返そうとしたピーチだったが、それは叶わなかった。
いつもならその水面に対象の過去が現れるはずなのだが、このときはその水面が波打ち始めたのである。
今話から新しい章です。
ようやく種がまき終わりましたので、第十部のオープニングにいくことができます。
ネタバレっぽいですが、そこはすでにオープニングでばれているということで、ご勘弁をw




