(10)シュレインの予想
人化ができる狐のところで検証を行った結果、シュレインの予想通りワンリが人化を行ったときにだけ錫杖が反応することがわかった。
もっと正確にいえば、ワンリが人化をする際に、着るための服を出したりしまったりするために、勾玉が動いているときだけだ。
要するに、錫杖は勾玉の動きに反応していたのである。
ただ、問題はなぜ錫杖が勾玉の動きに反応しているのか、ということだ。
「・・・・・・うーむ。さすがにこれだけだと、なにに反応しているのかまではわからんの」
「そうですよね」
シュレインの言葉に、ワンリもガクリと首を落とした。
ワンリはワンリで、考助から預かっていると認識している勾玉を、もっとうまく使えないかと試行錯誤しているところだったのだ。
もし錫杖が勾玉に反応しているのであれば、そこになにかヒントがあるのではないかと期待していた。
「錫杖と勾玉か・・・・・・」
どうにか共通点をひねり出そうとしたシュレインだが、それこそ神殿で行われている儀式で使われているときくらいしか思い当たらない。
儀式は儀式だが、どちらかといえば、それはシルヴィアの専門分野になる。
「いや、待てよ・・・・・・?」
諦めてシルヴィアのところに聞きに行こうと考え始めたシュレインは、ふと以前行ったフローリアの舞のことを思い出した。
あのときも明確に、錫杖は反応を示していた。
ただ、シュレインは自身が行っていた儀式に反応しているのだとばかり考えていた。
だが、もしそうではなく、フローリアの使っていた劔に反応していたのだとしたら?
一度そう考えると、シュレインはなぜかすんなりと自分の中にその考えが収まっている気がした。
シュレインは、いま一度ワンリの胸元で揺れている勾玉をじっと見る。
「な、なに・・・・・・?」
黙ったままジッと勾玉を見ているシュレインに、ワンリが少しだけ焦ったように、不思議そうに首を傾げた。
「いや、済まぬの。もしかしたらこの錫杖は、神器に反応しているのでは、と思ったものでの」
「それは、さっきの検証でわかったのでは・・・・・・?」
フローリアの舞のことを知らないワンリが、そう言って不思議がるのは当然だった。
先ほどまで、さんざん検証に付き合わされていたのだから。
そこでようやく言葉が足りなかったと気付いたシュレインが、さらに説明を加えた。
「言葉が足りなかったの。じつは、以前にもこの錫杖は、フローリアの持つ劔に反応しておったのじゃ。だから、もしかしてと思っての」
そこまで言われれば、ワンリにもシュレインがなにを言いたいのか理解できた。
ワンリも勾玉以外の神器のことは知っているのだ。
ここまでわかれば、あとの問題は神器のなにに反応しているのか、ということだけだ。
「じゃが、それがわかれば、苦労はしない・・・・・・ということかの」
そこまで思考しておきながら答えを導き出せなかったシュレインは、諦めた顔になって立ち上がった。
管理層に戻って、いま起こったことを考助に話して、なにか答えが得られないかと考えたのだ。
だが、転移門のある場所に向かって歩き出そうとしたシュレインを、ワンリが止めた。
「あ、あの。関係あるかどうかはわからないですが、精霊が関係しているということは・・・・・・?」
「なんじゃと!?」
ありませんか、と続けようとしたワンリを、シュレインが驚いた表情で振り向いた。
「え、いや、あの、なんとなくですが、勾玉が服を作っているときに出している精霊の力に反応している気がしたのですが・・・・・・」
ワンリが自信なさげにそう言ったが、シュレインはそれを聞いて満面の笑みを浮かべた。
「ワンリ、えらい!」
そう返したシュレインは、ワンリの手を取って勢いよく上下に振り始めた。
言われてみればなぜ気付かなかったのかと突っ込みたくなるが、錫杖が反応を示した共通点として、神器に反応している以外にももうひとつあったのだ。
それが、いまワンリが言った精霊に反応しているということだ。
勾玉はいまワンリが言った通り、服を出したり消したりする際に、精霊の力を借りて行っている。
フローリアのときは、それよりもはっきりと精霊が関与していたことがわかっている。
だとすれば、確認することはひとつだけだ。
そのことに気付いたシュレインは、腕を大きく振られて目を丸くしているワンリを連れて、とある場所へと向かった。
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シュレインがワンリを連れて向かった先は、当然というべきか、コレットのところだった。
「シュレイン母さまだー!」
「ワンリ姉さまもいるよー!」
セイヤとシアの歓迎を受けつつ、シュレインはさっそく先ほどの件をコレットに話した。
「――というわけで、精霊がなにか関係していると考えておるのじゃが、試してもらえぬかの」
「話はわかったけれど、試すってなにをすればいいのよ?」
シュレインの言いたいことは理解できたコレットだったが、実際に精霊を使ってなにをすればいいのかなんてことは、わかるわけがない。
困惑する表情を浮かべたコレットに、シュレインははたと動きを止めた。
「・・・・・・そこまで考えておらんかったの」
そのシュレインの答えに、コレットは思わずといった感じで頭を抱えるのであった。
精霊術といっても使うことのできる術は、千差万別で様々なものがある。
要するに精霊を介して魔法の行使をすることをすべて精霊術と言っているのだから、それも当然だろう。
つまりは、行き当たりばったりで錫杖に精霊術を行使しても、反応しない可能性が高い。
全ての精霊術に反応するのであればいいのだが、残念ながらそこまで甘くはなかった。
というのも、シュレインから話を聞いたコレットが、とりあえずと簡単な精霊術を試したのだが、それにはまったく錫杖が反応しなかったのだ。
さすがにすべての精霊術をひとつひとつ試すわけにはいかないと考えたコレットは、シュレインに視線を向けて聞いた。
「ねえ。もうちょっと状況を整理したいから、その精霊が動いたときのことを教えてくれない?」
「うむ。もちろんじゃ」
コレットの要請にシュレインは、そう返答して頷きながらフローリアの舞とワンリの変化のときのことを話し始めた。
そして、一通りの話を聞き終えたコレットが一言、
「・・・・・・ねえ。シュレインはそのふたつから『錫杖は精霊に反応している』と考えたのかしら?」
「うむ。そうじゃが」
なにか思いついたような顔になっているコレットに、シュレインは期待をしつつ頷く。
そんなシュレインに、コレットは一瞬言い出しづらそうにしながらもさらに続けた。
「それって、どちらかといえば『錫杖は神器が使っている精霊に反応している』と言えないかしら?」
「なん・・・・・・じゃと?」
盲点だったと驚いた顔になったシュレインに、コレットはため息をついた。
「一応、確認はして見るけれどね。・・・・・・ワンリ! ちょっといいかしら?」
衝撃を受けているシュレインを余所に、コレットは子供たちと遊んでいたワンリを呼び出した。
ちなみに、いまのワンリは狐型になっている。
コレットがワンリを呼んだのは、目の前で変化してもらって錫杖の様子を見るためである。
精霊のことをすべて理解しているわけではないが、シュレインやワンリがわからなかったことが、自分ならわかるのではないかと考えたのだ。
その結果、コレットの予想は見事に当たっていて、錫杖は神器が行使している精霊に反応しているということがわかった。
そして、ものの見事に予想が外れたシュレインはというと・・・・・・。
「吾に道具の分析など無理なのじゃ」とわずかばかり拗ねてしまい、それを宥めるためにコレットが苦労する羽目になるのであった。
もともとの予定ではこの段階で、第十部の冒頭「はじまり」の場面に行くはずだったのですが、届きませんでしたw
まあ、大した問題ではないのですが。
次から章が変わって、あと一話か二話で行けるはずです。




