(5)抑え込み
シュレインは、考助が差し出した錫杖に恐る恐る手を伸ばしてから受け取った。
錫杖に振れた瞬間、ギュッと目を瞑ったシュレインだったが、すぐに「え?」と拍子抜けしたような声を上げた。
「どうかしたの?」
シュレインの様子の意味がわからずに、考助が首を傾げつつ問いかけた。
「い、いや。普通、これほどの魔力を感じれば、多少なりとも抵抗を感じるはずなのじゃが・・・・・・?」
強大な力を持つ道具は、錫杖のようにそれだけで、魔力を放っていることがある。
そういう場合は、手に取った者に対して反発するように、抵抗してくることがある。
どういう結果が起こるかは、それぞれの道具によって変わってくるが、手にしびれを感じたり、普通では持てないほどの重量を感じたり、様々な現象となって現れるのだ。
これだけの力を放っている錫杖が同じようなことになると覚悟して触れたシュレインだったが、特に抵抗もなく触れられたことで不思議に思ったのである。
ついでにいえば、錫杖から感じている力は、シュレインの手に移っていても変わっていない。
「いや。シュレイン用に作った物なのに、持てなくするはずがないよ」
「そ、そうなのか?」
あっさり答えた考助に、シュレインは未だ納得のいかない表情になっていた。
「そうなんだよ。もともとシュレインがその錫杖を使い込んでいたというのも大きいけれどね」
「なるほどじゃ。そういうものなのかの」
考助の説明に、ようやくシュレインも納得の表情になった。
ところが、その考助の説明にまだ納得のいっていない者が、ふたりほどいた。
「そういうもの、なわけがないだろう?」
「そうですね。先ほどから、というよりも、シュレインが錫杖に触れてからは特に、僅かですが敵意のようなものを感じるようになりましたわよ?」
呆れたような顔になってそう言ったフローリアとシルヴィアに、シュレインが驚きの顔になった。
「なんじゃと!?」
シュレインは、そんなものをまったく感じていなかったので、ふたりの言葉が意外だったのだ。
シュレインからにらまれた考助は、ついと視線をずらしてから、
「ああ、うん。それは仕方ない。その錫杖、完全にシュレインのものになってしまったから」
以前からシュレイン専用として作られたのだが、今回の改造でシュレイン以外には敵意のようなものを向ける仕様になっていた。
さすがに作成者である考助には、それを向けることはないのだが、シルヴィアとフローリアにはばっちりと感じ取れていたようだ。
「私たちは、多少の耐性がありますから大丈夫ですが、あまり表に出すのは好ましくないですよ?」
「だな。どうすれば抑えられるのだ?」
女神の加護を持っているシルヴィアとフローリアにとっては、いまの錫杖が放っている敵意くらいは大した圧力には感じない。
だが、そうでない者たちにとっては、あまり良い影響は与えないだろう。
シルヴィアとフローリアの言葉に、シュレインが若干慌てた様子で考助に詰め寄った。
「ど、どうすればいいのじゃ?」
すでに錫杖はシュレインが儀式を行う上で、手放せない物になっている。
ヴァンパイアの前で儀式を行うことも多々あるために、人前で出せないとなると困ったことになる。
「いや、別に難しく考えることはないよ。シュレインが抑え込めばいいだけだから」
「抑え込む?」
「うん。専門的には、調教するともいうけれど」
別に考助はふざけて調教という言葉を使っているわけではない。
実際に、道具の暴走を抑え込むことを「調教する」と表現しているのだ。
その言いように顔をしかめたシュレインだったが、考助が慌てて弁明したところで誤解は解けた。
それはともかく、いまのシュレインは、無差別に敵意を放っている錫杖をどうにかしなければならない。
「・・・・・・しかし、ちょ・・・・・・抑え込むといっても、の」
なにぶん、シュレインだけではなく、この場にいる全員にとっては初めてのことになる。
どうすれば、道具の暴走を抑え込めるかはまったくわからないのだ。
ついでにいえば、道具によって対応は多々あるので、助言することも不可能である。
首を傾げながらしばらく右手で錫杖をにぎにぎしていたシュレインは、高く持ち上げたりクルリと回したり、色々なことを試してみた。
だが、時折視線をシルヴィアとフローリアに向けても、返ってくるのは否定の首ふりだけだった。
「・・・・・・・・・・・・どうすればいいのか、まったくわからんのじゃが?」
最終的には、困ったような顔になったシュレインは、助けを求めるように考助を見た。
「うーん。魔力を流してみたりは?」
「なるほどの。いわれてみれば、やってなかったの」
「あ、あと。魔力を流すときに、静かにするように言ってみるとか」
「そんなことができるのかの?」
意味がわからないという顔で首を傾げたシュレインは、なんとか感情を乗せた気分になって、錫杖へと魔力を送り込む。
すると、考助の助言が功を奏したのか、見事に先ほどまで錫杖から感じていた魔力の放出が収まった。
完全に抑え込んだとわかったところで魔力を流すのことを止めたシュレインは、シルヴィアとフローリアへと視線を向けた。
「問題ありません」
「うむ。きれいさっぱり消えたな」
ふたりからのお墨付きを得て、シュレインもようやくホッとした表情を浮かべた。
錫杖が落ち着かせることができたシュレインは、改めて考助を見た。
「それで? どんな機能を付け加えたのじゃ?」
「うーん。あまり具体的なことは言えないけれど、前の錫杖をより強化したってところかな?」
「具体的に言えない? ・・・・・・どういうことじゃ?」
いままで聞いたことがない考助の回答に、シュレインは首を傾げた。
はっきりとした答えか、もしくはわからないという回答をしたことはあっても、言えないと考助が答えたことは、少なくともシュレインの記憶には一度もなかった。
シュレインの疑問に、考助は肩をすくめた。
「作り替えたのは僕だけれどね。今回の錫杖の改造は、考え方というか、加わっている力は、エリスとクラーラが関わっているからね」
「・・・・・・そういうことですか」
考助の言葉にいち早く反応をしたのは、やはりというべきか、シルヴィアだった。
考助が、敢えて言葉を濁した意味をしっかりとくみ取ったのだ。
「どういうことじゃ?」
考助が言いづらいのだと察したシュレインは、視線をシルヴィアへと向けた。
「簡単なことです。コウスケさんがひとりで作られたのでしたら、特に許可を取る必要はないですが、別の神が関わっているとなると、開示するのに許可が必要だということですね」
「まあ、そういうことだね。・・・・・・エリスもクラーラも、勝手に言っても怒ったりはしないと思うけれどね」
肩をすくめながらそう言った考助に、シルヴィアは首を左右に振った。
「いいえ。こういうことはきちんとしておいた方がいいです。お二方ともそんな些事にこだわる方々ではないことはわかっていますが」
交神をしているときの様子を考えれば、どちらの神もわざわざ文句を言ってきたりはしないだろう。
だが、たとえ二柱の神が文句を言わなくても、そのことが後々どんな影響を与えるかわかったものではない。
なにしろ、はっきりと錫杖の制作にエリスとクラーラが関わっているとわかっているのだ。
シュレインもわざわざそのことを吹聴したりはしないが、それでも警戒するに越したことはない。
例えば、今回のことを起点にして、言いがかりをつけてくる輩がいないとも限らないのだ。
「確かにその通りじゃの。詳しく聞くのはやめておくかの」
シルヴィアの意図を察したシュレインは、神妙な顔でそう頷くのであった。
不穏な気配を発していた錫杖は、なんとか抑え込むことができました。
ちなみに、道具の「調教」は、テイマーとかの魔物の調教から来ています。




