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アレンジメン

作者: 三戸連太

「こんにちわー。宅配便でーす。」


玄関のほうで、そう大声を出しているのを耳にした鈴木京子が、玄間に行ってみると、若い配達人が大きな段ボール箱を両手で抱かえて立っていた。インターホンを何度も鳴らしても出ないので、怒鳴ったのだ。京子は庭の隅の猫の額ほどの花壇にパンジーを植えていたので、インターホンの音は聞こえなかったのである。

「お届けものです。印鑑かサイン、お願いします。」


家の奥まで判子を取りに行くのは面倒だったので、京子はその場で軍手を脱いでサインした。そのサインはなんと締りのない書体。みみずが酔っ払って地面をのたうちまわっているような書体だ。もはや字というより宇宙人の落書きみたい。もちろん、サインは本人であることがわかればいいのだから、小切手や旅券に初めて署名する人のように畏まって書くには及ばない。それにしても、そのサインのなんと雑なこと。「字は体を表す」とは、古人はよくぞ言ったものだ。

ゴム長を脱いで家に上がり、やけに重い大きな宅配便をリビングダイニングルームのテーブルまでよいしょよいしょと運んでいった京子は、当然、誰からだろう?と首をひねった。両手で抱かえるほど大きな小包を受け取るような心当たりは、記憶の隅から隅まで検索しても、まったくなかったからだ。発送先は、


<世界アレンジメント協会 片津敬子>


世界アレンジメント協会?アレンジメントは英語で「準備」「取り決め」「整頓」といった意味を有する。音楽を編曲するのもアレンジだ。でも、どうしてそんな協会から宅配便がこなくっちゃならないの?どんなに首をかしげても思い当たる節はない。宛て先はたしかに夫の鈴木照夫になっている。きっと、夫が何か買ったのだろう。

夫宛てなので、夫が会社から帰宅するまで待とうかとも思ったが、段ボール箱に貼られた紙をカトリックの司祭のように仔細に見ると中味は電子レンジなのがわかった。それがわかるや、居ても立ってもいられなくなってしまったのは、やはり台所を仕切っている家庭の主婦だからなのかもしれない。きっと、愛する妻を喜ばせるために黙って買って、宅配便で送ったのはまず間違いなさそうだ。パソコンに詳しい照夫は、インターネットのオークションで結構いろんなもの買っている。この小包もその類にちがいない。でも、電子レンジは別に調子悪いわけではないのに、なぜ電子レンジなの?新しい電化製品を買うなら、むしろ大画面の薄型液晶テレビのほうがよかったのに、、、、

 京子はちょっと解からないと思いつつも、段ボール箱を開けてみた。そして、そこに新品と全然変わらない大型の電子レンジを見い出した彼女は、目を輝やせて、幸せな気分になった。全体のカラーはブラウン、つまり茶系統で、まるで何か新しい料理にチャレンジできそうな色。テーブルのまわりにの床には、梱包を開けたときの段ボール箱、本体を動かないように固定するための発砲スチロール、ビニールのカヴァー、破り捨てた粘着テープ、それに説明書の類いなどがちらばっている。園芸は好きなくせに、片付けることは大の苦手の京子にとっては、こういう散らかし方は毎度のことだった。

 子供が生まれるのをきっかけに、夫を説き伏せて、五年前にローンを組んで小さながらもマイホームを建てたときは、それなりにさっぱりとまとまっていた。しかし、それはいまは昔の物語。モノがどんどん増えていきリビングダイニングルームも寝室も、それに一人娘の恵利子の部屋も、埃やモノで埋まり、いまでは小便臭い野鼠の巣とどっこいどっこいのむさくるしい家になり果てていた。ただでさえ狭い庭の一角に、ミニ物置を買って置いてはみたものの、そこも2、3年で満杯になっていた。ミニ物置の中にどんな物が収納されているか京子に尋ねても、彼女がどこまで正確に答えられるかは怪しいものだ。とにかく、モノが多過ぎ。

 奇麗好きの猫のチョンが人間の言葉を話せるならば、きっとこう言って、モノに埋もれつつある主人たちのだらしなさを軽蔑するだろう。


”いくらマイカーをワックスをかけてぴかぴかに磨いたって、モノで溢れたマイホームの中がごきぶりやダニの天下なら、そんなの本末転倒もいいところじゃないか。大切なのは表面より内面だということがわかんない人間は、はっきりいって、救いがたい愚か者だと思うよ”


 京子がはっとして現実に戻ったのは、チョンが脚に擦り寄ってきたからだった。黒い毛並みが艶やかなチョンは、なかなかスマートで上品なシャムの雄だ。京子は電子レンジを見ることに飽きたので、今度はコンセントにソケットを入れて実際に動かしたくなった。

 チョンにキャットフードのかりかりを上げた京子は、試してみた。ダイヤルを回したり、いくつも並んでいる小さなボタンを次々と指で触ってみたり、、。いろいろやったが、全然動かない。まるでロックされているみたいなのだ。そういえば、取り出し口を開けようとしても開かないのも変だ。取り出し口の中は真っ暗でよく見えない。

(おかしいわね・・)

 京子はそう思いつつ、<解凍>のボタンを押したときだった。突然<チーン>と音がして、取り出し口の短熱ガラスの扉がひとりでに開き、それから何が起こったか?焼き立てのピザが出てきたのではないのはもちろんだ。

 実証主義的科学者が絶対に信じないこと。

神秘主義的空想家なら魔法や精霊と結びつけて考えるような、摩訶不思議なことが起こったのである。電子レンジの中から、あろうことか、身の丈30センチくらいの小人が7人檻からやっとのことで解放された囚人さながらに、どっと飛び出したのである!

 

アレンジメン参上!

 スタイルは民話タッチとは裏腹の、ミスターインクレディブルのようなマント姿のスーパーマン・スタイル。各人小さな白い手袋をはめ、黒い皮製のブーツをはき、スキンウェアの色は淡い緑で、胸のところにだけ白い円になっていて、その中にはゴシック体の赤いAがくっきり浮かび上がっている。髪は7人とも長髪でぼさぼさ。彫りの深い面長の顔は骨張っていて、目玉がぎょろりとチワワのように輝いている。7人とも元気いっぱいの若い小人たちだ。それにしても、なんというちびたちなんだろう。

降って湧いたように出現した7人の小人たちを目の当たりにした京子が、箱を開けてしまったパンドラさながらに、驚きや恐怖を通り越して椅子にへたり込んでしまったとしても無理ないだろう。堅いチョンは食う物も食わずに真っ先にリビングダイニングルームから退散してしまった。といっても、居なくなってしまったというのではない。とりあえず安全圏まで撤退しただけだ。

 ファンタジー映画にはしばしば小人が出てくる。しかし、身長30センチくらいの超ミニサイズの小人なんて、現実にいるわけがない。それは童話や御釈迦話の世界の登場人物であって、あくまで人間の想像力の産物だ。それがなんでまた、最新テクノロジーから作くれたコンピューター内蔵の電化製品から飛び出さなければならないのか?それもコミックに出てくるスーパーヒーローのごときスタイルで。でたらめもいい加減にしろ、といったふざけた感じではないか。でも、どんなに現実が奇妙きてれつでも、現に目の前で起こっていることをどうして否定できよう。

 2つのつぶらな瞳を皿にして、首を左右に振りつつ、このありうべからざる奇妙きてれつな現実をなんとか払いのけようとしている京子に向かって、7人の真ん中のアレンジメンが一歩を踏み出して、


「俺はアレン!よろしくな」


と、まず自己紹介した。短い両手を前と後ろに回し、片膝ついたその仕草は、中世の騎士のそれだった。それまではめいめい柔軟体操をやっていた他の六人もアレンが片膝をつくや、慌てて同様の仕草をする。

 元のふつうの姿勢に戻ったアレンは、いま、ここに出現した理由を、


「日本という国はいまやモノで溢れ、モノで埋もれつつある」


と切り出して、とても流暢な日本語で、こんなふうに説明し始めた。


「いや、日本だけではない。地球全体がモノで埋もれ始めている。とくに大都市は世界中どこも似たり寄ったり。このままでは、地球が<ゴミの惑星>になる日は遠くないだろう。

世界アレンジメント協会の会長、山川総二は、そんなモノ過剰な日本や地球を憂えんで、世界から不必要なモノを一掃し、さらに整理整頓して元の美しい星に少しでも近づけることを己の一生の仕事とした。世界アレンジメント協会は、目下、物理主義文明から精神主義文明へのパラダイムの転換をさまざまなかたちで行っている。世界のクリーンアップ作戦もその一つなのはもちろんだ。これは行政が考えた5月30日はゴミゼロという発想とは質を異にする。そんなのはゴミをゼロにすることなど絶対にできない現実を全然直視していない夢物語でしかない。世界アレンジメント協会のやり方は、もっと現実的だ。協会は地球的規模でいろんなクリーンアップ作戦を展開している。この壮大な大掃除の一番の末端の部分、つまり、個々の家庭の中をきちんと片づけ、不要な物はどんどん減らしていく仕事を俺たちは受け持っているわけだ。」


 ここで、アレンは一息ついた。そして、京子の反応を窺い、さらに続けた。


「スカンジナビアやシベリアなどの奥地では、俺たちの同胞が地下で生きている。霊的能力にも桁外れに優れた山川会長は、そうゆう俺たちとコンタクトを取り、地球のために一緒に働かないかと声をかけてきた。俺たちも成りは小さいが地球の住人だ。地球がいつまでも美しい星であることを願う気持ちは、人間と同じだ。このままゴミが増え続ければ、水の惑星テラはどうなるか?表面温度が450度の金星の2の舞いを踏むことは目に見えてる。それは絶対に避けなければならないことぐらい、俺たちにもわかる。そんな俺たちは、山川会長の呼びかけに応えて一肌脱ごうということになった。俺たちには大したことはできないが、山川会長は言ったものだ『それはどうでもいい。あなたにできることを精一杯にやれば、それでいいのです。』要するに、人には人それぞれの役割があって、その役割を全力を尽くしてやれば、それでいいってことさ。ま、こんなわけで、俺たちは人間社会にフォル・コマンド つまり先発隊を送り込んだっていうわけだ。この先発隊こそ、いまあんたの目の前にいるアレンジメン7人衆なのさ。そして、そのやり方は、とりわけひどくごちゃごちゃな家庭に電子レンジを送りつけるという、語呂合わせ的ジョークたっぷりなやり方で俺たちは派遣されるのさ。今回お宅の乱雑情報にざっと目を通したが、お宅、モノに埋もれている度合、さらに家の中の無秩序も最悪レベルに近かったから、俺たちもやり甲斐あるっていうものよ。これ以上、前口上を酔っ払いの戯言のようにくだくだ説明するのは無用だろう。論より胡椒・・いや証拠。数時間で、お宅は生まれ変わったみたいにすっきりと片付いていることだけは、俺、トロールの神に誓って保障する。ま、あんたは居間のソファーでゆっくりくつろいでいればいい。それでは、そろそろ仕事に取りかかろうか。みなの衆」


アレンがそう言うと、他の6人のアレンジメンは片手で拳を作って一斉に「おお!」と叫んで、小さな腕を挙げた。この掛け声を最後に、テーブルの上の7人の小人たちは動きめた。こうして、モノに埋もれつつある無秩序度も最悪レベルに近い鈴木家のクリーンアップ作戦は始まった。

「セーリ、セーリ、セーリ・・」とか「セートン、セートン、セートン・・」とか「ブンルイ、ブンルイ、ブンルイ・・」と掛け声をかけながら、淡い緑色のマントを翻しつつ仕事に励む7人の小人たちの動きのなんと軽快で機敏なこと!

一人では動かない物に対しては、蟻さんよろしくみんなで協力して動かしたり運んだりする。そのさまは、まさにみんなが協力すればそれだけ強力になるのを字でいっている感じ。成りがなにせ小さいので、彼らはまるでモノと格闘しているようである。整頓魔にとりつかれたような7人の小人たちが、どんどん片付けていくので、あれよあれよという間に、リビングダイニングルームは整理整頓されていった。

キッチンには、なんでこんなにいろんな物があるのかと思われるほどに、実にさまざまな物がごちゃごちゃに置いてあった。それらも元気いっぱいなアレンジメン7人衆には少しも困難な障害ではなかった。むしろ、ごちゃごちゃならごちゃごちゃなほど腕がなるといった頼もしい感じ。7人が一体となった共同作業は見事というはかなく、まるでゲームでもやっているみたいにてきぱきと片づいていくのは、見ているだけでも気持ちいい。丸い物は丸、四角い物は四角、金属は金属、紙系は紙系・・・と、「ブンルイ、ブンルイ、ブンルイ・・」の御輿でもかついでいるような勢いのいい掛け声とともに、次々と分類されながら片付いていき、キッチンは本来あるべききっちんとしたキッチンになっていく・・・

といっても、くそまじに仕事をするわけではないのも事実だ。小人の一人など、どこかにぶん投げてあった着せ替え人形を見つけるや、満面に笑みを浮かべてその人形とダンスしたりしている。それを横目で見た小人もダンスしたくなったのだろう。自分がやっている片づけ仕事を投げ出して、2人で着せ替え人形の奪い合いが始まったり・・・。

あるいは、ユーティリティールームから持ち出してきた、一人では大きすぎて扱い切れない電気掃除機を二人のアレンジメンが巧みに使っている光景は、ピクサーアニメを観ているようでもあった。棚や戸棚の奥、家具の後ろ、テレビの裏側、ソファーの隅や下も決して見逃さないのは、さすがアレンジメン。

部屋の扉の影のほうから、目を大きく見開いて恐る恐る覗いているチョンも、この手徹底したクリーンアップぶりには、ちょっとどころか、長いしっぽの先を微妙に揺らしながら、大いに途惑っているかのよう。裏も表も、外も内も片づけられるところは、小さな身体を実に巧みに動かして片づける。

突然、流星が落ちてきたかのように始まった上を下への前代未聞の大整理を目の当たりにしていた京子は、椅子から立ち上がりはしたものの、それ以上はなにもできなかった。片手を額に置いて、夢遊病者のようにふらふらとリビングルームに行って、ソファーに腰を沈めるや、馬鹿みたいに口をポカーンと開け、映画の早送りを見ているかのように、ただただ茫然と眺めるばかり。その表情を言葉で翻訳すれば、こうなるだろう。


”これ、現実?それとも、なにかのマジック?”


こうして、リビングダイニングルームとそれに隣接したキッチンの片づけが一段落つくと、リーダー格のアレンが腕で額の汗を拭いながら、みんなにこう声をかける。みんな汗だくだ。

「オーケー。ここはこれでいい。細かくやったら切がないからな。上出来、上出来。では今度はそれ以外のスペースの片づけに取りかかろうか。いいかな。みなの衆」

アレンの言葉を受けた他の6人の小人たちは、荒い息を吐きつつも、拳を作った片手を挙げて、「おお!」

この元気いっぱいな掛け声とともに、7人のアレンジメンは、まるでスピードでもきめているみたいに疲れなど一切見せづずに、蜘蛛の子を散らすようにリビングダイニングルームから姿を消した。そして、いろんなところから物を動かす音、戸棚や箪笥の引き戸や扉を開け閉めする音、引き出しの中の細かい物を片づけている。耳糞をほじくっているような音。それに例の「セーリ、セーリ、セーリ・・」「セートン、セートン、セートン・・」

「ブンルイ、ブンルイ、ブンルイ・・」の掛け声などが蟻の巣をつついたかのように賑やかに聞こえてきた。さらに、階段をちょこまか昇り降りする音、何かが床に落ちる音、何かを引きずっている音・・・。

まるで天井裏で鼠の大家族の運動会が始まったような騒がしさだ。

だが、それらの音は、ただでたらめに発せられているのではなかった。一つの目的、つまり、不要な物はどんどん捨てながら、分類し整理整頓するという目的に向かっていたのである。現に、本箱の本や雑誌は大きさに合わせてきれいに並べられたし、オーディオコーナーのCDやMD、さらにお気に入りのDVDなどは、アルファベット順にビデオショップ並みの几帳面さで並べられた。洋服箪笥の中の衣装も、コートはコート、背広は背広、ブラウスはブラウス、ワイシャツはワイシャツ・・と順序正しくハンガーに掛けられた。さらに引き戸の中のタオルや下着類なども、グラビア雑誌の収納特集に載っているような感じで、きちんと畳まれて仕舞われていった。

浴室の化粧ユニットの奥に放置されっぱなしの使い古しの髭剃りや歯ブラシなどの不用品は、どんどん捨てられた。トイレの便器もタイルの床もテレビのトイレ洗浄剤のコマーシャルみたいにぴかぴか。子供部屋も夫婦の寝室も、いずれも申し分なく片づけられていった。まったく、なんでこんなふうに順序正しくきちんと整理できるのか不思議に思われるほど徹底的な整理整頓だ。アレンジメンの各人が収納のプロ。整理整頓の天才なのはもはや疑う余地はなかった。

ダイエットでいえば、不要なモノ、無駄なモノをどんどん切り捨てていったマイホームは、ぐっとスリムになったといってもいいだろう。そして、片づければ片づけるほど、不用品が出てきて、ゴミの量が増えていくのは自然のなりゆきだった。そういう不用品やごみは各部屋の隅に山積みされていった。鈴木家はこうして、電子レンジがやってくる前の、動物の巣のごとき乱雑ごちゃっぺのむさくるしい家とは、天と地ほどにも異なるマイホームに一変したのである。

鈴木家のクリーンアップ作戦を完了したリーダー格のアレンは、見違えるほどきれいに片づけられたリビングルームのソファーで、相変わらず夢か幻かといった自痴的様子でぼーっとしている京子の前にやってきて、まずは腕で額の汗を拭い、それから仕事が終わったことを伝えた。

ごみや明らかに不用品と思われるがらくた類も、文字通り山のようにたくさん出た。それらは日本の常識を基準にして自分たちの判断で捨てた物なので、ごみとして出す際には必ずチェックしてもらいたいともいう。周囲から見て明らかにがらくたでも、家族にとっては、とても思い出深い物である場合も往々にしてあるからだ。このへんのことまでは、自分たちには読めない。とアレンは言う。そして、こうつけ加えて話を結んだアレンのなんと恰好いいこと。


「・・いいかな。モノっていうのはな。自然が自然に消滅させない限り、永久に存在し続ける。ほとんどの人間は、モノのこの本性に気づいていない。現代人のほとんどがモノに埋もれつつあるのも、考えてみれば当たり前なモノのこの本性に気づいていないからだ。モノは人間によって作られる。そして、放っておけば半永久に存在している。これではモノが増え続けるのは道理だろう。人間がモノを作った。だから、人間がモノをなくすようにすべきなのだ。俺たち、また世界アレンジメント協会がやっていることが、これなのさ。俺たち7人は、今日、小さな身体を精一杯に動かして、あんたの家をきちんと片づけ整理整頓した。視点を換えていえば、要らない物を山積みにしたっていうことだ。これは損得を抜きにした無償の行為だ。強いていえば、俺たちは地球の為に動いているといえばいいだろう。

一寸法師のように小さな俺たちが汗だくになって働いている姿を、あんたは見た。それはあんたの記憶にいつまでも残るだろう。だって、こんな非現実的な現実、いったい、どこで見ることができるっていうんだい?あんたが見たのは、本物そっくりのCGの映画とは訳が違うんだよ。この意味で、あんたはラッキーなのかもしれない。

今日見たことをいつまでも忘れないこと。それを俺たちはあんたに期待する。そして、俺たちは願っている。今日、きれいに片づいたこの家が、これから先もずっときれいに片づけられていることを」


アレンは言葉を結んだ。そして、自己紹介したときのように、両手を前後に回し片膝ついて京子に深々と頭を下げた。他の6人もアレンに右に倣え。それはアレンジメン7人衆の別れの挨拶だった。

元の姿勢に戻ったアレンは、後ろを振り返り首で合図する。7人のアレンジメンは、リビングルームからダイニングルームへ向かって、アレンを先頭に行進し始めた。その様子といったら、『チャーリーとチョコレート工場の』ウンパルンパのようだ。

 ダイニングルームのテーブルには、そもそもの事の起こりの源である電子レンジが置きっぱなしになっていた。床の段ボール箱もそのままだが、京子が散らかしたごみはみな段ボール箱の中に片づけられている。電子レンジの前までやってきたアレンは、小さな手で短熱ガラスの扉を開け、他の仲間たちのほうを振り返って、


「みんなよくやった。この家での俺たちの仕事は終わった。それではそろそろ戻ろうか、みなの衆」


6人の小人たちの掛け声がそれに続き、一人一人電子レンジの中に入って行く。その入り方といったら、これから宇宙へ飛び出すアストロノートのような入り方。みんな京子のほうを見て、手を振ったり敬礼したりするのが可愛らしい。最後のアレンが入ると、ガラス扉はひとりでに閉まり、それから数秒後、なにもボタンを押さないのに、「チーン」

それと連動するかのように、続いて今度は玄関のチャイムが、


「ピンポーン、ピンポーン」


その腹の底にまで響くチャイムの音で、鈴木京子は自分が日常的現実の中で生きていることに気づいた。訳のわからない夢からいまやっと醒めたといった感じで。

首を大きく左右に振った彼女は、いつものふうの主婦に戻って、玄関に行った。そして、誰がやってきたかと尋ねると、インターホンからは、こういう言葉が流れてきた。

「世界アレンジメント協会の者です。お宅の仕事が完了したようなので、電子レンジを回収しにやってきたのです。」

きちんと靴やサンダルが並んだ玄関の扉を開けると、黄色いつなぎの作業服を着た中年の男がにこやかに立っていた。つなぎの背中にはアレンジメンと同じように白い円の中に赤いAがゴシック体で描かれてある。その白地の丸に赤いAは、きっと世界アレンジメント協会のロゴマークなのだろう。重い物なので女性に運ばせてはいけないと思ったのか、その中年男は「失礼します」と断って、靴を脱いで上がり込み、電子レンジを元あったように段ボール箱に入れて家から運び出し、玄関先に停まっている黄色い軽のワゴン車に積み込んだ。京子はその様子を見るともなしに見ていたが、電子レンジの回収人が車に乗る前に、ふと思いついた疑問を尋ねてみた。


「どうして私の家がひどく乱雑で、ごちゃごちゃした家だということが、そちらにわかったのですか?」 


電子レンジの回収人は、「あ、そのことね」

と言って、次のように説明した。


「うちの者たちは、一年中いろんな家庭を訪ねているんです。表向きは新聞の勧誘とかセールスとか、あるいは宗教パンフの配布とか何かのアンケート調査といった名目でね。それは要するに下見であって、そのとき、家の全体の様子、さらに玄関の中を見ることができます。そして、玄関の乱れようを見れば、その家の中がどうなっているか、おおよそのことはわかるものなんですよ。実は、あなたのマイホームには私が訪ねています。二ヶ月ほど前、水道の漏水検査という名目で。そのとき、お宅の玄関、さらに家の奥のほうをちらっと見て、これは乱れた家だと確信しました。私は協会本部に報告し、本部はお宅をさまざまな角度からいろいろと調べて、アレンジメント派遣を決めたんです。そして、結果は、あなたが一番よくわかっていると思いますが」


回収人は言葉尻を濁して車のドアを開け、運転席に着いてエンジンをかけた。ここで行かれてはまずいと思った京子は、一番知りたいことを尋ねた。


「電子レンジの中から飛び出したあの七人の小人、本物なの?それとも、この整理整頓のどたばた騒ぎには、何かトリックでもあるの?」


世界アレンジメント協会の回収人は、車の窓を開け、こう答えて、去って行った。


「それは私に尋ねるより、あなた自身に尋ねたほうがいいのではないでしょうか。だってあなたは実際に現場にいて、何が起こったかすべてを見ていたのですから」


鈴木京子は、その言葉を反芻しながら、黄色い軽のワゴン車が横町の角を曲がって消えてしまったあとも、車が消えた角を眺め続けるのだった。


その日の夜の鈴木家は、引越し当日のように賑やかだった。まず幼稚園から帰ってきた娘の恵利子が目を丸くしてびっくりし、さらに会社から帰宅した夫の照夫が驚いた。照夫など、「お前、すごいじゃないか。見直したよ。お前って、だらしない女の典型と決めつけていた自分が恥ずかしい」と、べた褒めだ。娘の恵利子は箪笥や戸棚を次々と開けていきながら、「ここも片づいてる」、「ここも」、「ここも」・・とはしゃいでいる。


京子は起こったことをありのままに夫に話そうか、さんざん迷ったが、結局、黙っていることにした。突然届いた電子レンジの中から七人の小人が出てきて片づけてくれた、なんて、そんな話しても絶対に信じてもらえないと思ったからだ。もし、チョンが人間の言葉を話せるなら証人になってもらえるのだが、チョンは猫。人間の証人になるなんて間違っても考えられないことではないか。

それでも、数日後に「実はね・・・」と言って、恵利子には七人の小人の大活躍について話したが、娘は信じられないらしく、笑いながらこう言っただけだった。


「お母さん。お話、上手ね。」


こうして、アレンジメンのことは、京子の記憶の中にだけ残ることになったのである。


 半年後、鈴木家は次第に電子レンジがやってきた以前のだらしない家庭に逆戻りしつつあった。最初はアレンが最後に言った言葉を頭に叩き込んで、きちんと片づけていた。

しかし、京子のだらしなさは、どうやらア・プリオリなようで、少しずつ元に戻っていき、パンジーを植える頃になると、以前同様のモノや埃や不用品などで溢れた動物の巣と大差ないマイホームになり果てていた。鈴木家は完全に物質主義文明に呑み込まれてしまった。

 そんなモノ、モノ、モノ・・で溢れたマイホームを改めてクリーンアップしたい。と京子は何度か思ったこともあった。そして、あのファンタジックなアニメを観ているようなアレンジメンの超忙しい活躍を懐かしく思い出したりもした。しかし、電子レンジが鈴木家にもう一度送り届けられることは二度となかった。


この複雑怪奇な物質主義文明の中には、鈴木家よりもっとひどく乱れた家庭が掃いて捨てるほどあるに違いない。アレンジメン七人衆は、そういう乱雑度も無秩序度も最悪レベルの家に派遣され、今日もまた景気よく掛け声をかけながら、さまざまなモノと格闘しつつ、自分たちの役目を果たしている。つまり、アレンジメン七人衆は引っぱりだこであって、一軒の家にいつまでもかかずらわっているわけにはいかないのだ。

そう、今日もまた、玄関のチャイムがどこかで鳴っているに違いない。そして、インターホンの中から流れてくる声は、こう言うだろう。


「こんにちわー。宅配便でーす。」


END


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