憂鬱と馬鹿
「よぅ!!エドウィン!!お前今日結婚するんだってなぁ!!」
「…婚約だよ筋肉馬鹿。」
「………だから結婚だろ?」
ペカーッと笑いかける馬鹿に結婚と婚約の違いを説明するのは面倒なので、無視をすることにする。
近くにこいつ以外の気配は無い。
あったとしたらこの馬鹿もわきまえるはずであるから大丈夫であろう。
隠すことなく歪めた顔に臆することなく、少し後ろをついてくる190センチの馬鹿は、人懐っこい笑顔を浮かべ城下の様子などを事細かに報告する。
その報告に耳を傾けながら今日の計画を頭の中で整理する。
…とうとう来てしまったこの憂鬱な日。
計画を考えあぐねた昨日が懐かしい。
そんなことを考えながら、隣の不躾な男を見やる。
俺の素を見せている人物は、姉上の他に、
騎士団長4人が挙げられる。
なぜこの4人に己をさらけ出すようになったかは、思い出したくもないので脳髄に仕舞い込むとしよう。
ノーブルシュバリエ(聖騎士団)と呼ばれるこの団体は、9歳の時に俺が設立したものであり、4つの部隊に分けられ各々騎士団長が存在する。そして騎士団長には称号が授けられ、その称号により何番部隊の隊長なのかが分かるようになっている。
各部隊の役目は細かく言えば違うが、
基本的に共通しているのは治安維持、つまり城下の犯罪などを取り締まっている。
戦争がない今、治安部隊として機能しているわけだ。
大国ともなれば、犯罪は少なからず起こるものだ。
馬に乗り国を管轄する騎士の姿は大きな抑止力に繋がる。
かくして後ろの馬鹿は、騎士団の中でも最高位の称号、ランスロットを持つ第一番隊隊長であるわけだが、王子である俺にこの言葉遣いは万死に値すると思う。
「…っと報告は以上です。んで?その姫さんと今日始めて会うんだろ?ドキドキだなぁエドウィン?」
仕事の時には改める口調を再び戻し、ぽんぽんと俺の肩を叩きながら生暖かい眼差しを向けてくる。
「子供扱いするなって言ってるよね。胸くそ悪いよ。」
その前に王子扱いをしろ、と内心毒づく。
「あっはっは!!相変わらず素直な奴だなぁ~その本性でみんなの前に出れば良いのに。」
「僕は何時でも素直ですよ、レオン=ランスロット卿?」
「やめろ、寒い怖い気持ち悪い。」
「主に対する態度じゃないよね、ソレ。」
悪態をつくものの、少しほっとしている自分がいるのは気のせいということにしておこう。
そう心に決め、姉上と待ち合わせた庭園を目指す。
そこが姫と会う戦場というわけだ。
「あ、そうそう、デュークとロランが姫との逢瀬に立ち会うからな。」
「警備と言え、警備と。」
「いやぁ~俺も見たかったなぁ姫さん!!ユーリも『なんで レオンと城下の警備なんだよー』っ悔しがってたよ。失礼しちゃうよなぁ本当。」
「俺の話を聞こうか。」
悔しがるユーリの姿は容易に想像できたが、仕事は仕事。最年少で騎士団長になったお前が悪いのだと鼻で笑ってやった。
そんなことを考えていると、ふと花の薫りがする。
庭師によって美しく整えられた植物たちが、遠目にも見えるようになってきた。
仮面が張り付いてゆく。
砕けた態度も、汚い言葉も、必要ない。
完璧に演じてやろう。
可哀想な身寄りの無い亡国の姫のために。
優しく思慮深い王子とやらを。
「…ではランスロット、城下の警備よろしく頼む。僕は可哀想な可憐な花でも愛でに行ってきますね。」
優しく微笑めば先程の打ち解けていた態度が嘘のように、改まった表情を浮かべレオンは方膝をつき従礼した。
「…お任せください、我が君。」
今まで積み上げてきた完璧なる王子像を、崩すつもりは無い。
そんな俺の豹変に付き合ってくれるコイツは何を考えているのか。さっぱり分からない。
調子を合わせてくれるのは助かるが。
(さて…今から姫と一戦交えようか。)
頭を垂れる騎士を置いて歩き出す。
穏やかな午後。
風も優しく頬を撫でる。
花の薫りも強くなった。
近づく庭園はまるで生者を薫りで誘う地獄の門のように、艶やかな色の花たちを纏っている。
「…俺は素のお前が良いと思うけどなぁ~。」
大分離れた後方から、そんな呟きがあるとも知らず
完璧なる王子の仮面を被った男は優雅に戦場に向かっていった。
騎士団長たちとの出会いは、また別の機会に書こうと思います。
…書けるかな。