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ある精霊の日記(サディーク&エフテ)

 ○月☓日

 我が友アブーキールよ、俺は常々疑問に思う。

 ヒトは何故過去に学ばないのかと。同じ過ちを繰り返してしまう生き物なのかと。

 ヒト全般というか俺の今の契約相手。ていうかエフテラーム二十五歳独身女性お前の事だけを指す。

「だっから何でお前は学習しないんだッ!」

 夜更けに契約者のぎやああという女のくせに色気もへったくれもない悲鳴が聞こえれば何かあったのかと駆けつけるのが普通だろう。予想は出来ていたとはいえ、あまりにも逼迫した声だったから、ついエフテの部屋の戸を開けてしまった。

 そこに広がっていた光景は、寝台の上で小さな豆菓子を布団に盛大にばら撒いたエフテ(あほ)の姿があるのみだった。故意ではなく事故だろう事は簡単に推測出来る。それはいつもの事だからであり、いい加減に学ばないから俺の怒号を引き起こした訳だった。

「いやっ、だからさ、普通に袋を開けようとしただけなんだけど、こう、力が入りすぎたのか勢い余って中身が一気に出ちゃったっていうか」

「知らんわ! お前それこの間シラハナの米菓(かきピー)でもやってただろうが! 気をつけるとか過去を振り返るとかしろッ」

 弁解しながらエフテは布団の上の豆菓子を一つずつ手に取り――そして口に運ぶ。っておい、布団はお前の皿じゃない。せめて別のところに移してから食べろ。どうせ後で食べるんだから拾いながら食べた方が一石二鳥とか横着した考えを実行しているんだろう。

「そもそも布団の上で飲み食いするなと言っているだろうが……ッ」

 俺は布団の主をそこから追い出し、ポケットから取り出した小皿に豆菓子を載せるように命じる。面倒くさそうな顔をしてエフテは従う。豆菓子には、調味料を粉状にしたものがまぶされていた。それが布団の上にも残っていて、豆菓子本体を取り除いただけでは完全とはいえなかった。

 濡れた布巾でも出してそれを拭こうかと思っていた頃、丁度最後の豆菓子の一つをエフテが取り上げたところだった。俺が何かを言うより早く、彼女は手の平で布団の上を軽く払った。彼女も豆菓子に付着していた粉に気づいてはいたのだ。が――なんとエフテはその粉を床に軽く払っただけですべて排除出来たと勘違いしたようだった。

「はあ、終わった終わった」

「何を言い出す」

 このエフテラーム二十五歳あほの子は、数少ない道具のみで荒野に放り出されても一人で生きて帰れるだけの能力を持つくせに、文明人らしい生活が苦手だ。いや、サバイバル能力が高いからこそ、些事にこだわらないのかもしれないが――ともかく。

「シーツに菓子の粉がついたままだろうが。シーツ洗うぞ」

「ええーなんでそんなこと」

「この間も似たような事して放っておいたからだろうがッ。こんな事繰り返してたらシーツに虫が集まって傷むどころかお前が寝てる時にも来るぞ」

「え、それはいやだ」

「どうせお前は洗わないんだからいいだろう」

 俺は努めて渋面を作ってシーツを剥がしにかかる。本人にもやれとは言うものの、掃除洗濯の大半は何故か俺の仕事だ。

「洗ってくれんの? わあやっさし~~」

 冗談めかしてエフテは顔を輝かせる。まあ、エフテがやるより俺がやった方が早く終わる事柄は少なくないので、無駄な手間は省くに限る。

 アブーキールよ、最近俺はこの女に対して母親的対応をするのを不自然と思わなくなってきてしまったぞ……。




 ☓月△日

 普通の人間は通り道に障害物があれば通る前に気がついてぶつからないように歩くだろう。しかし大雑把を地でいく俺の契約相手は違う。足元、見ない。周囲に、気を使わない。障害物があってもぶつからないと信じきって歩き続ける。そしてぶつかる。

「まあやるとは思ったがな」

 それを短期間に二度繰り返すのだって、別段おかしな事ではない。そう、エフテラームにかかればな。

「ぶつかりそうだと思ったんなら言えよ!」

 打ち付けた脛をおさえながら抗議してくるエフテに、俺は肩をすくめた。

「ぶつかるような距離だとは思わなかったんでな」

  ミザッラ(みせ)の中には置き場のなかった荷物を、普段は置かないような店先の端に寄せて置いておいただけだった。なのに自分を転ばせるものは世界に何一つないと信じて疑わないエフテは、一度ぶつかった後も全く気にかけずに、もう一度ぶつかって俺を非難してきたのだった。

「二度もぶつかるとも思わなかったしな」

 さすがにエフテも二度目の失態は間抜けだと思ったのだろう、少しばかり罰の悪そうな顔になる。「き、気をつけてはいたんだ……二回もぶつかると思ってなかったし」とかなんとか俺と同じような事をぶつぶつ言っているエフテだが、まず自分が普通の人間と同じだと思うのはやめた方がいいと教えればいいのだろうか。

 しかしながら神経を使って歩いて二度も障害物にぶつかるなら、それ以上に気を張って歩くべきだろう。まあ、そんな事がエフテに出来れば最初からすぐつまずいたり転んだり何かを落としたりこぼしたり壊したりする事はないだろうが。

 ――いや、今からでも遅くはないのか?

「……今後はさっきの十倍気をつけろ」

「えっ」

「いや、三十倍」

「増えてんすけど」

 俺の正気を疑う顔をしてエフテは言う。かなりの勢いで本気なのだが。

 彼女が物を落としたりこぼしたり壊したりしなければ俺がその後始末をしなくて済むという事が、伝わらないものだろうか。

 それにしてもアブーキール、俺はいつから彼女の掃除係になってしまったんだろうか。俺は元からこんなに世話焼きな性格ではなかったはずだ。むしろ彼女に会う前までは契約者の私生活にここまで介入した事はなかったし、そのつもりもなかったはずなんだが。

 楽園などと呼ばれ平和ボケした住人ばかりの町に来て、随分と毒されてしまったようだと、お前なら言うのだろうな、アブーキール。




 □月☓日

 アブーキール、今の契約相手はかなりの勢いで不器用だ。町から町への流浪の暮らしをしていただけあって、ひと通り出来る事は多い。料理も作れるし縫い物も一応出来る。だが文明人レベルで考えると、上手とか素晴らしいとか、そういうものとはかけ離れた、ただ“出来る”だけのひどい代物。

 ゆえに俺が見かねて手や口を出す事が多いのだが――この娘は人間関係にも時折、ひどく不器用な様子を見せる。そう例えば――“気になる相手”などに対して。

「はあっ? なんでお前にそんな事言われなきゃなんねーんだよっお前こそ帰れ!」

 事情を知る者であればエフテの対応が残念過ぎるものだと断定出来る事は間違いない。今どき十歳のコドモだとてもっとまともな事が言えるはずだぞ……。

 何ていうかむしろ俺は恥ずかしいような気がするぞアブーキール。

 だがこればかりは俺が手を貸す訳にもいかないだろう。

 彼女とそれなりに長い間を共に過ごした俺は、友として、親として、兄弟として、契約者として、何を思ったらいいのだろうか。エフテラームが意識をし過ぎるあまりとても嫌な態度を取ってしまうほど、気になる相手について。

「ちょ、ふざけんな言い逃げかよコラっ! ま、待てよあほっ!」

 とりあえず恥ずかしいから顔を出すのはやめておこう。




 △月○日

 狭い店に客の姿はなく、穏やかな気温の昼下がり。エフテラームが珍しく静かで――彼女は案外一人言が多い。その大半は悲鳴だか奇声だかが占め、何かを落としたとかこぼしたとか壊したとかそういった事に対する反応が主ではあるが――一枚の紙を見つめていた。

「何を見ている?」

 よく見れば葉書のようで、その表に書いてあるものを眺めているようだった。彼女に便りを出すような人間に心当たりはない。ティル・ナ・ノーグ内の知人であれば直接会った方が早いし、それ以外の知人にはこの街に来る事は特に告げていない。以前は彼女もどこかに定住するつもりなんてほとんどなかったのだ。

「ん、ああ……ゾロにもらった絵葉書。店の飾りみたいに使ってたけど、新しいの飾るからよかったらもらってけって」

 俺にも見えるように、エフテは葉書を手渡してくれた。葉書の表には版画でどこかの街の風景が描かれていた。これは俺もまだ見た事がない地の町並みのようだ。細部までとても精密に描かれており、白黒の町並みがとてもリアルに思える。建物の様式にどことなく見覚えがあった。本か何かで見た、北方の建築物に似ている。エフテも北方にはまだ足を踏み入れてはおらず、自分の生まれ育った場所とは真逆の気候を体感してみたいと言っていたのを思い出す。

「ヴァルハラかどこかか、この街は」

 贈り主(ゾロ)から何か聞いていないかとエフテに尋ねてみるが、彼女は

「さあ、どうだろうな」

 と小さく首をかしげるばかり。

 俺は葉書をもう一度眺めて、エフテにも一瞥をくれてから葉書を返した。

「……またどこかに行きたいと思うか」

 異国の街を描いた葉書をしばらく見ていたという事は、そういう気持ちになっていたのだろう。

 旅から旅へのその日暮らし。俺の推測だが、かつてのエフテラームはどこか一ヶ所に留まる事を好んでいなかったように思える。元々いろいろなところに足を運んで文化の違いや風土の違いを楽しむのも好きだと言っていたが、それだけではないのだろう。

 すべて語られた訳ではない過去。本人はまだ知らぬ彼女に流れるヒトにあらざる血――。はじめて出会ったあの時に、幼い少女が荒んだ目をしていた理由。

 気まぐれだった。

 俺が彼女に手を差し伸べたのは、ほとんど暇つぶしのようなもの。

 水を――

 たったそれだけの小さな事を望んだコドモを、どうして面白いと思ってしまったのだろう。

「まあ、少しはな」

 もう五年だ。エフテが一つの場所に居座り続けて、五つもの年を重ねた。

 その瞳には遠くを眺める希求の色と、平穏よりもさまよう事を選んだ旅人のそれ――

「今はまだ、気候が穏やかなティル・ナ・ノーグ(ここ)でいいや。寒いの苦手だし」

 小さく、息を吐き出すように笑ったのは成長した娘。

「そうか」

 この地が俺の気持ちだけでなくエフテの事も穏やかにしたのは、よく分かっている。旅人にならざるを得なかったのは、彼女の生来の気質だけではない。それが今は身を潜めているのなら、ティル・ナ・ノーグに留まり続けるのも悪くはない。

 エフテは机の上でぱっと絵葉書を手放した。程なくして葉書は机上に舞い落ちる。

 版画家の作る白と黒の世界は机に接地し、葉書は住所を書くべき白い裏面を上にして黙り込んだ。

 今はまだ、少しだけ。

 この楽園の気の抜けた平和ボケに毒されよう。

 アブーキール、お前の待つその場所に、俺はまだ行けそうにない。

久しぶりのてぃるのぐ短編です。

エフテラームの精霊サディーク。彼は普段何を考えているのでしょうか……

という話でした。


実際には日記なんて書いていそうにないですが、なんとなく日記。

しかし謎の友アブーキールに宛てて書いているという手紙風。

でもきっとサディークは日記でも友に宛てた手紙風に書きそうな気がします。なんとなく。


文章量が少ないところはサディークもさすがにちょっとはフクザツなんでしょうね。

別に嫌な訳じゃないけど上手く表現出来ないのでしょう。

そのうちちゃんとエフテさん話も書いてあげたいです。

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