~篠崎と相馬は仮面を放り投げる。~
相変わらず久しぶりの投稿です。
「そこの馬鹿、止まれ」
相馬の前に、篠崎が立ちふさがった。
「何故か分かりませんが、今の私は機嫌が悪いですよ?」
相馬の目はいつもの穏やかなものではなく、剣呑としたものだった。
「ざけんじゃないわよ、私の機嫌は最悪よ」
「?」
普段では考えられない口調だった。
「手前もちったぁ本気で喋ってみなさいよ」
「……何を、言ってるんですか?」
相馬はその迫力に思わずたじろぐ。
「敬語使って上手く接しているように見せかけて、その実周りから少し引いたところで達観して、カッコいいとでも思ってんの?」
「過去に縛られてるのがカッコいいか? あんたがやってるのは後ろ見ながら立ち止まってるだけよ。進んですら、逃げてすらいない。前向いて自分の足歩いてみなさいよ」
「見ててイライラすんのよ馬鹿野郎!!」
最後に篠崎はそう叫んだ。
「そこまで……、言わせてしまいましたか。深窓の令嬢はどうしたんですか?」
「私はここまで見せたわよ。アンタは、その程度なの?」
「………………」
相馬は沈黙する。
そして、重い口を開いた。
「……よくこれが昔の私の口調からかけ離れているものだと分かりましたね」
「だって、似てるもの。私とアンタ」
「似てるとは?」
「周りから一歩引いて、静かにおとなしく、波風立てずに生きていこうとするところとかね。結局、人とのふれあいに少し怖いものを感じてるだけなんだろうけど」
「なるほど、そうですか。いや、そうか。そうだよな」
相馬は一人で頷きながらぼそぼそと言う。
「昔の私……、いや俺は結構不良だったんでな」
その口調は、少しずつ荒くなっていく。
「見せたわね」
「貴女になら、いや、お前にならいいと思っただけだ」
「少し今の口調が抜けきれてないわね」
「ずっと同じ口調をしてみたら分かりますが……、意外と口調ってのは使い続けると慣れるもんでな。もう身体の一部みたいなもんになってきてた」
「……激情にまかせて言う私とは少しタイプが違うわね」
「そうだな。俺もそういう風に、ちゃんと感情を消さずにいれば良かったんだがな。ただまぁ、元に戻すとやっぱりすっきりするもんがある」
「ま、そんなことがあったら私も歪みそうだけどね」
「お前激情を溜め込むタイプ、俺は激情を見なかったことにするタイプって訳だ。お互い苦労すんな」
「アンタは何でもかんでも背負いすぎよ。見なかったことになんかしてない」
「褒めても何もでねえよ。ったく、女子にここまで言わせるたぁ、俺も空しいもんだな」
「空しくないわよ。元ヤンさん」
「そう呼ぶな。昔はヤンキーっつうよりはただのチンピラにすらなれてなかった餓鬼だった。だから言ったろ、ただの不良だ」
「今のはジョークよ。あ」
「何だ?」
「徒競走、何レーン目なの?」
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「相馬、ファイトー!!」
篠崎は相馬が走る5レーンを食い入るように見張っていた。
そして、相馬の番。
「おやおや、どうも目立つのには慣れてないのですよね」
……貴女の目の前には見せましたが、私はこの口調を変えるつもりはありません。篠崎さんの前では少し別かもしれませんが。
篠崎といったん別れる際、相馬はそう言った。
……そう、なら私もいつもどおり深窓の令嬢として生活するわ。相馬の前だと別かもしれないけど。
篠崎はそう返した。
「昔までのこの口調とこれから話すこの口調では、重さが違う」
「過去も現在も、全部受け止めて、逃げない」
「そういう意思表示ですよ」
そして徒競走の空砲が鳴った。