~赤井の過去、どうしても忘れられない記憶。(30)~
「聞くな、赤井君!!」
安堵からのショックで硬直していた赤井君を動かしたのは、崩野だった。
「聞くな、だと? 全ての元凶でもある崩野、君が言えたセリフではとても無いと思うがな」
尚もMr.バッドエンドは笑う。
それも正論だ。
正論は正しい、正しすぎる。
正しすぎるが故に、否定は絶対に出来ない。
しかしMr.バッドエンドは油断していた。
いや、常に油断しているような男なのでその時だけというわけではないが、とにかくこのときは完全に失念していた。
崩野がMr.バッドエンドのやり口に一度触れ、完全な被害者になっているということを。
その目的が、復讐で動いていたということを。
「そうだな。確かに俺がその見も知らない女性を殺したといってもいいかもしれない。だが、俺の目的のためには『しょうがなかった』」
「言ったな? そうして君達は結局自分の物語を優先させるのさ。『しょうがない』なんて言葉で自分の罪を覆い隠して。彼女になって物語はあったはずだよ? それを君が壊していいなんて道理はないはずだ」
言い勝った。
そう思っていた。
「そりゃそうだな。他人の物語を壊していいなんて道理は無い。お前にも言えることだが、まぁいい」
だがな、と言葉を続ける。
「俺がこんな手段――――、復讐なんてことを行っている時点で、俺の人生は、俺の物語は泥沼だ。この戦いで勝とうが負けようが泥沼に埋まる。そんなことは分かっている。これは自己満足に過ぎない。だからこそ言える。その彼女を殺したのは俺にも責任がある。あぁ、俺が殺したとも言える」
「ただの開き直りじゃないのそれ?」
「そうだよ。俺はお前になってお前を殺す。毒を持つのではない、毒になって毒を制すだ」
そこでようやくMr.バッドエンドは気づいた。
全てが崩れている。
こいつの心はあの時からずっと。
崩れたまま、俺に牙を向けているんだ。
俺という、Mr.バッドエンドという存在に寄りかかり喰らいつくことでその精神が壊れるのを止めている。
そして、ありとあらゆる考え、常人では出来ないような捻じ曲がった論理でさえも自らに取り込み、それを自らの中で正当化する。
だからこそ、壊れてはいないのだ。
だが崩れている。
崩れた野に狂気が透けて見える。
元から崩れかかった人間に、精神を破壊することなど出来ない。
いや、正確にはチャンスはあった。
崩野の目的はあるところで変わっていたのだ。
『俺を倒す』から、『鏑木絹を生かして俺を殺す』へ。
鏑木絹が死んだと分かれば、俺に突き刺している牙は砕け、アイツの精神は自壊しただろう。
いくら正当化をしようと、こればかりはできなかっただろうから。
崩野は、更に言葉を続けた。
「そして赤井君。君のことだが。君はこの件に一切関係が無い。だから、君がその見ず知らずの他人を殺したなんて思うな!! 俺が殺した、それでいい!! そして、Mr.バッドエンドが殺したと思え!! お前には関係ない、全てだ!! 俺が巻き込んだだけ、そうだろ!!」
赤井君の考え方を塗り替えるように、大声で叫ぶ崩野。
それは明らかに崩れた考えだ。
歪な正当化。
それでも、今の赤井には効果があった。
「それで、いいんですか?」
その顔は、さっきまでの見えない何かに怯えていた表情ではない。
「構うな。俺に任せろ」
それは、返答としてはおかしなもの。
けれども意味は汲み取れる。
「分かり、ました」
このしばらく後、赤井はこのことを後悔し苦しむことになる。
赤井達のせいで一般人を殺してしまったのではないか、という自責の念。
でも、このときは、その場の勢いに乗っかっていた。
一時的な高揚感による短絡的な考え方だった。
「……ありえねぇ。まじでありえねぇ。んだよ、どうして俺の策はこうも上手くいかないんだよ。今までは上手く行ってたっつのに。何が原因だって言うんだ」
Mr.バッドエンドは、その状況が気に入らないようだ。
「目標変えるわ。全員殺す。殺してから鏑木のところへ持ってく」