~赤井の過去、どうしても忘れられない記憶。(29)~
「詳しい事情は分からないが、何らかの事情で赤井君が騙され、鏑木が死んだと思わされたということだろうな」
赤井君と崩野に事情が分かるように話した。
「じゃあ、鏑木さんは死んでないって事なの!?」
「なるほど。動揺を誘ったMr.バッドエンドの策としてはあるな」
二人も納得している。
「はぁ」
溜息をついてMr.バッドエンドが頭をかく。
「てっきりもう君は動けないと思ってたよ。そうだ。タネがばれちまったら仕方が無い。これ以上誤魔化すのも面倒だしな」
何で俺の策はこうもバレやすいんだろうな、とぶつくさ呟きながら語り始める。
「その通り、下にいる奴はこないだ適当に髪型が似てる奴を見繕って“支配”しただけだ。俺の才能“支配”ってのは王様の力なんだよ。“支配”した相手から才能を奪う事も出来るが、同時に俺の持っている才能を臣民、つまりは“支配”された者に与えることも出来る。俺の才能で声と顔を変えてやれば、鏑木に成りすまさせるなんて簡単さ」
「やっぱり急場仕込みの“支配”だったから、自我が戻りかけちまったんだよな。子供を刺し殺せなんて、もっと深く支配してからじゃないと無理なんだよね。反発されちゃう。自我が戻る前に殺して顔まで潰したのに、それでもバレるものはバレるってことか」
その話を聞いて、赤井君もだんだん落ち着きを取り戻して来ているのが見て取れた。
「そうか、鏑木さんは死んでないんだ。良かった……」
だが、安堵している赤井君をみて、Mr.バッドエンドが笑ってその心に楔を打ち込む。
「でもさぁ、赤井君」
「君は安堵しているようだけれど、君達のせいで何の関係も無い一般人が精神を滅茶苦茶に破壊されて、その上訳の分からないところに連れてこられて顔と声変えられてその人生の意味すらも無為にされて、挙句身体串刺しで殺された」
「確かに殺したのは俺だが、そんなの当たり前だ。俺は絶対的悪なんだからな。だが、その悪にこうさせてしまった原因は君達にあるんだぜ? 君達がそんなことをしなければ、彼女は死ななかった」
「君達が何の罪も無い人間を殺したんだ」
その意味を。
その状況を。
全て客観的に見るのであれば。
Mr.バッドエンドの言葉は全くもって間違っていないのだ。
正論過ぎた。
どんな物語でも、人物に優位度というものが存在する。
主人公と関わりを持った者、さらにその者から関わりのある者ならば、優位度は高い。
だが、戦う相手の事は大抵考えられない。
どれだけ惨たらしい殺され方をしたとしても、“ハッピーエンド”という言葉で片付けられる。
そして名前の無いモブキャラなど更に主人公から関わりは薄くなる。
というか、無い。
過去に起きた事件も、今から起きる事件も。
主人公達が抗うからこそ起きてしまった最悪な事件でさえ、彼らは忘れ去るのであろう。
『仕方の無い犠牲』、『しょうがない』などとのたまって。
悲しみこそすれ、それだけだ。
何の思いも無い。
いや、何かを思ったにしろ、全てを自分の力へと昇華させるだけだ。
最終回には全員が笑顔で手を振って終わり。
けれどもここでそれを言うのは、余りにも無粋。
それは、Mr.バッドエンドの目的そのものが、心を砕くことであるから。
“支配”することであるから。
この世の全てを、現実を見せ付けるのだ。
空想に塗れた少年を。
現実へと叩き落す。
全ての人間に物語があり、繋がりがあり、それは何者も犯してはならないということを。
そして、自分の勝手な行動で見も知らない人間の物語を破壊してしまったということを。
全て、見せ付ける。