~赤井の過去、どうしても忘れられない記憶。(26)~
赤井は思わず目を閉じて構えた。
けれどいくら経っても構えていた衝撃は訪れなかった。
「あ、れ?」
赤井がゆっくりと顔を上げると、包丁が目の前のぎりぎりのところで止まっていた。
「何?」
Mr.バッドエンドの思わず声を上げる。
「…………駄…………目……」
喉を震わすように小さく言葉をさえずった。
「鏑木、さん?」
もしかして、意識が戻ったのか!?
「私…………には…………刺せ……ない……」
「そうだ、“支配”なんかに負けるな!!」
ゆっくりと目から意識が戻っているように感じられる。
「私は……、私、は……!」
生気が甦ってくる。
鏑木さんが必死で、元に戻ろうとしてるんだ。
「私は、私の名前は」
「あーあーあーあーごちゃごちゃごちゃごちゃうっせぇなぁクソアマがぁ!!」
Mr.バッドエンドがイライラした声で叫んだ次の瞬間、鏑木さんの言葉が途切れさせられた。
いきなり鏑木さんの腹部から、銀の輝きが飛び出していた。
ピシャリ、と何か液体が体に触れる感覚がある。
それは赤井の腹部の当たりから足まで起きており、そこには。
「……血?」
その部分が酷く赤黒く染まっていた。
だが、赤井自身に痛みは無い。
刺されていたのは。
ゴプリ、と音が聞こえてきそうな勢いで、鏑木さんが血を口から吐き出した。
その血が赤井の顔面にも少し当たる。
余りの出来事に赤井が少しの間呆けていると、鏑木さんの体から幾つもの銀の輝き、剣が突き出してきた。
鏑木さんはその剣が生まれるたびに体を引きつらし、口から血を吐き続ける。
「ったく、“支配”が解けるとかどんなご都合主義者なんだよ君は。こんな奴どうせ使い捨てさ。気にすることは無い、君にはこの剣は一つも届いていないだろう?」
その声は、鏑木さんのすぐ後ろから聞こえてきた。
「これも才能、“串刺し公”。体から剣を生み出す能力。こうやって突き刺すのも可能ってわけさ。でも、これはあくまで才能だから君の力で消されるんだけどね」
確かに突き刺さっている剣の中には赤井に届きそうなものもあったが、赤井のところに到達したところで剣の刀身が消えてしまっている。
「鏑木ちゃん、だっけ? 正直どうでもいいわぁ。期待裏切るとかまじないんだけど」
Mr.バッドエンドは呟きながら、剣を鏑木さんから抜いた。
「こんなものポイ、だよね」
そして倒れそうになる鏑木さんの頭を右手で鷲づかみにすると、そのまま地面に叩きつけた。
「返せよ? “献上せよ”!!」
何か訳の分からないことばを呟いたと同時に、ドンッという勢いで地面にひびが入る。
赤井はそれにすんでのところで反応し、その場から逃げた。
Mr.バッドエンドの叩き付けた勢いで、三階の床の一部が抜け、二階へと落ちていく。
体を穴だらけにした鏑木さんが、二階へ落ちた。
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「今の音は!?」
崩野と翅村は、上で大きな物音が聞こえた。
「上か!? お前はそこで待ってろ!! 俺が見てくる!!」
崩野が翅村を気遣って飛び出し、階段を使って上へと昇る。
崩野が二階についたところで大きな穴が開いているのを見、更に急いで上へと昇る。
三階へ着くと、Mr.バッドエンドがケラケラと笑いながら立っていた。
体中を返り血塗れにさせて。
「赤井君は!?」
崩野が辺りを見回すと、端の方でうずくまっている赤井を発見した。
「赤井君!! 大丈夫か!?」
近寄ってみてみると、赤井君は体中を血塗れにして座り込んで体中をカタカタと震わせていた。
もしかしてやられたのか!!
そう思ったが、よく見てみると体に傷は無い。
返り血、か?
「あ、あぁ。く、ずれの、さん?」
両手で頭を抱えて、発狂したように赤井が叫ぶ。
「かぶら、ぎ、さんが、ささ、ああああぁぁぁぁ!!!」
目から大粒の涙を流して、赤井は返り血まみれの顔をさらに歪ませる。
「どういうことだ、何が!?」
「おいおい、俺を完全に無視してくれちゃってんじゃねぇよぉ?」
Mr.バッドエンドがこちらにゆっくりと歩いてくる。
「お前、何をした!?」
崩野が激昂してMr.バッドエンドに詰めかかる。
「いや? 取り戻すほどじゃねえよ。鏑木を殺した。それだけだ。赤井君の血は全部鏑木の物だから気にしなくてもいいぜ」
「……何?」
鏑木が、殺された?
「いやいや、赤井君のあの唖然とした顔は必笑ものだったぜ?」
そうだ、とMr.バッドエンドが固まっている崩野に続ける。
「手前も赤井君の目の前で殺してやるよ」