~赤井の過去、どうしても忘れられない記憶。(25)~
「どうして、ここに……」
赤井は体術こそある程度身に付けたものの、戦闘に参加することは出来なかった(というか足手まといにしかならない)。
それでも、残っていたかった。
ここで離れれば、崩野や翅村さん、鏑木さんとのつながりが全て無くなってしまう気がして。
赤井自身も、自分の人生を多少なりとも滅茶苦茶にしたMr.バッドエンドの最期も気になったというのもある。
だから、廃ビルの三階で報告を待っていた。
はずだったのに。
「まったく、俺の“神視点”でも存在ですら感じられなかったってのは、どういうことなんだよ」
ちなみに、言葉をMr.バッドエンドは付け足す。
「この“神視点”ってのは空間を認識して、把握する才能。効果範囲はこの街くらいなら覆える。疲れるからそこまでする気は無いけど」
「だからこそ、この廃ビルにいる人間ならどんな奴だって認識できるはずなんだよ。なのに、君は認識できなかった。本当、何なんだよ君は」
「その才能、“才能帰却”ってのは」
最後の一言で、思わず体を強張らせた。
だってこの男が俺の才能を知るはずがないのだから。
崩野が俺の才能については誰にも言うなと言っていたし、この才能を知っているのはそもそも崩野、翅村さん、それに俺しか――――――――。
「何だかビックリしているようだけれど、“支配”した“時騙しの魔女”から聞いたんだよ? ねぇ、鏑木さん」
その声にあわせて、Mr.バッドエンドの後ろから一人の女性が出てきた。
目はうつろで、長い黒髪につやは無く。
その美貌はやつれ果て。
「嘘だ、ろ?」
だが、その結果しか見えない。
「鏑、木、さん?」
俺の目の前には、確かに。
鏑木絹さんが、立っていた。
その右手に煌く20cmほどの包丁を持って。
「殺れ」
Mr.バッドエンドの声に頷くようにして、鏑木さんが包丁を振り回しながらこっちに向かってくる。
「ちょ、ちょっと待っ!!」
赤井がその場所を飛び退るとほぼ同時に、包丁がその空間を引き裂いた。
「鏑木さん、正気に戻って!!」
ランダムに振られる包丁を避けながら、説得を試みる。
「無駄無駄、完全に支配しきっちまってるからなぁ。さっさとただの包丁で刺されて死ね」
鏑木の目に正気は戻らない。
どうすれば元に戻ってくれるんだよ!!
そのとき、崩野の言葉が頭の中によぎった。
『君の才能は、触れたものの才能を消すという才能だ。無効化、使用不可にする』
無効化……。
もしもそれが、相手に掛かっている全ての才能による効果ですら消せるのなら。
だが、その考えはすぐに捨てる。
(元々鏑木さんの才能は“全年齢対象”。どれくらい触れていればMr.バッドエンドの支配が解けるかどうかも分からない状態で触れるのは、やっぱり危険だ。鏑木さん自身も危ない)
結局打開策を打ち出すことも出来ず、逃げ続けるしかなかった。
しかしそんな状況はすぐに終わってしまう。
壁際に赤井は追い詰められ、鏑木が包丁を持ってゆっくりと近づいてくる。
「鏑木さん、赤井です!! 赤井夢斗です!! “支配”なんて才能に負けないでください!!」
赤井が必死に呼びかけるが、眉一つ動かさない。
そしてその手にした包丁を、赤井の眉間に振り下ろす――――――――。