~赤井の過去、どうしても忘れられない記憶。(24)~
崩野が行ったことは、至極単純なものだった。
Mr.バッドエンドの周りの空間の圧力を限りなく減らし、またMr.バッドエンドの体の内から外へ向かう圧力を上昇させたのだ。
大気の圧力を減らせば減らすほど、物体の沸点は下がっていく。
富士山の頂上では水が80℃程度で沸騰し、米が炊けないのと同じだ。
圧力が下がれば、血液が体温自体で沸点を迎えるが、それだけで沸騰はできない、血圧があるからだ。
そのために崩野は、Mr.バッドエンドの体内の圧力を上げたのだ。
そうすれば体は自分の内から溢れ出る沸騰した血液、またそれのせいで体が爆発する。
崩野が“崩壊”と呼ばれていた理由もここにある。
圧力を変化させられるとは、物体の状態を変化させることが出来るということだ。
つまり物体を固体から液体、気体へ、そして気体から液体、固体へ変えられる。そして物体が固体から液体、液体から気体と状態を変化させるとき、体積が変わる。
自壊を起こすのだ。
だからこそ“崩壊”。物体の破壊におけるスペシャリスト。
「大丈夫か、翅村!!」
崩野は壁に直撃した翅村のところへと走っていく。
「ん、あぁ。間抜けな話だが、ちょっとしばらく俺は戦えそうに無い。というか動けねぇ」
「ったく何やってんだよ。自爆させられるなんて」
「こればっかりは面目ない。そんなことより!」
翅村が俺の後方のほうを見る。
「アイツが復活する前に、この銃弾を撃ち込んでやる」
撃ち込みさえすれば、勝てるんだ。
Mr.バッドエンドはまだ体が完全には再生しておらず、頭部こそ目を白目にしている以外は完全に再生しているが、体の破片がまだ戻りきっていないようだった。
その間に才能を封印するこの銃弾を撃ち込めば。
「ジ・エンドだ」
バァンと廃ビルに大きな銃声が鳴り響き、それは今までで一番大きく聞こえた。
その銃弾は確実にMr.バッドエンドの右肩のところを貫き、銃弾の勢いでMr.バッドエンドはよろけて地面に倒れた。
「お、終わった、のか?」
銃弾は完全に直撃した。
銃弾に触れ続けている限りアイツは才能を使えない、もともと600歳近くのアイツならすぐに死ぬはずだ。
「はああぁぁぁ……。終わった、のか?」
崩野はほっとしたような溜息をついた。
実際そうだったのだろう。Mr.バッドエンドがどんな策を仕掛けているか分からない。それに常に気を配っていたのだから、当然といえば当然である。
ただ、余りにもあっけなかったからだろうか。少し変な感じではあった。
最初にMr.バッドエンドに硫酸をかけたときのような感じ。
まだ死んでいないのでないか? という取っ掛かり。
だが流石にこれでは立てまい。
復活する元凶の才能を封じたのだから。
「終わったんだな、全部。仇はとったぞ」
翅村さんも、殺してしまった部下達を思い返しているのだろう。
だが、その想いは。
願いは。
ゾワリと、背筋が凍るような寒気が二人の間に走った。
「「!?」」
その時二人は、共通のある男の顔が思い出していた。
忘れもしない、Mr.バッドエンドが喜んでいるときのあの笑み。
「おい、嘘だろ?」
「確認する!!」
崩野が走ってMr.バッドエンドの居た辺りに走っていく。
だが、そこには本来あるべきはずのMr.バッドエンドの姿は無かった。
「どういうことだ!? 完全に銃弾が直撃したはずだろ!!」
「何故、どうして……」
余りのその衝撃に、何も考えることが出来ない。
倒せると思っていた。
その、はずなのに。
「銃弾は、変わってないんだろ?」
「あぁ。完璧に才能を封じる銃弾のはずだ。これに触れられれば、絶対に才能が消える」
その時崩野の頭に、最悪の考えが浮かんだ。
「ま、さか」
一度思い浮かべば、それしか考えられない。
裏付ける証拠も、先ほど目をやって発見してしまった。
しかし、ありえるのか?
こんな状況で。
それじゃあまるで、この世界があの男を生かそうとしているような。
主人公じみた豪運じゃないか。
「何か分かったのか!?」
翅村が慌てて聞いてくる。
「Mr.バッドエンドの体は、さっき完全には復活していなかったのは見てたよな」
「だからこそあの状態のうちに止めを刺したんだろ!!」
「違う。刺しきれてなかったんだ。まだ完全に体が復活しきっていなかったからこそ、体の強度が低すぎたんだ」
「どういうこと、だ?」
まだ翅村には、崩野が何を言いたいのかわからない。
「体の強度が低すぎたこと、お前の使っているその旧式の銃に合うようにおそらく作り上げたであろうその銃弾が、全ての原因だ。あれをみろ」
崩野が奥の壁を指差した。
「見えるか?」
「一体、何が……、馬鹿な!?」
翅村にも状況が分かったらしい。
翅村の持つ旧式のリボルバーの銃弾は口径が大きく、威力も少し高めになっている。
そしてMr.バッドエンドの体は完全には復活しておらず、強度が足りなかった。
そのため、翅村が撃った銃弾がMr.バッドエンドの体を貫いてしまったのだ。
貫いてしまったからこそ、才能を封じる効果が直撃した一瞬しか現れず、そのまま生き残った。
崩野が指差した壁には、銃弾が突き刺さって銃痕となっていて、それを物語っている。
「じゃあ、才能を封じる効果が一瞬しか現れなかったから、アイツは」
「まだ死んでいないことになる。もしもアイツの体が粉々になっているときなら一瞬でも才能を封じれば即死させられた。だがあの時アイツの体は中途半端に復活していたが故に、銃弾が直撃した一瞬で死ぬことはなかったんだ」
理由は付けることができた。
だが。
有り得ない。
信じられない。
ふと、気づいたことがあった。
「ならアイツは、どこに行ったんだ?」
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「へぇ、こんなところにいたのか」
Mr.バッドエンドは廃ビルの三階に当たる部分に居た。
そして、見つけた。
「赤井君。君は一体、何者なんだい?」
赤井夢斗が、そこにいた。