~赤井の過去、どうしても忘れられない記憶。(15)~
「簡単な策だ。鏑木がMr.バッドエンドをおびき寄せて、そこを俺達が叩く!!」
崩野の声も熱が篭ったものとなる。
「アンタ昨日の晩何やってたのよ。いくらなんでもざっくりしすぎよ」
「今からしっかり説明してやるから安心しろ。遅かれ早かれアイツは必ず俺達の目の前に現れる。それを少し早めるだけさ」
「何で早める必要があるの?」
「アイツはなんだかんだで頭が回る。下手をして赤井の才能に気づかれるかもしれないだろ? それをされるよりも先に倒す!! アイツは油断しやすいからな」
「ふーん」
鏑木さんは納得したのかしていないのか、少し首を傾けていた。
「おとりになってもらうわけだが、いいか?」
「構わないわよ。助けてくれるんでしょ?」
「お前はあの男を知らない。本気で気をつけておけ」
「そうおもうなら、おとりになんてしないでちょーだい」
フフッと鏑木さんは不敵に笑って、歩き出した。
「今のところ、何も無いな」
「そ、そうですね」
鏑木さんが街をぶらぶらと歩いているところを、後ろの方から二人で追跡していた。
作戦としては、こうして人々の目に鏑木さんを触れさせMr.バッドエンドにも見せ、その後人通りの少ないところへ向かわせおびき寄せるものだった。
「流石に人通りの多いところで襲うとは思えないだろうからな。今はこのまま様子を見――――――」
スッと崩野の動きが強張る。
「どうしたんですか?」
何か見えたのだろうか。
その答えは、すぐに分かることとなる。
「手を上げろ」
カチャリと真後ろで音がする。
ゆっくりと、崩野が両手を挙げた。
「お前も上げろ、赤井夢斗」
どうして俺の名前を?
少しだけ振り返ると、そこには黒光りする銃口があった。
だとすると、先ほどの音は、まさか。
「もう一度言う、手を上げろ」
その声には従わざるを得なかった。さっきの音は劇鉄を鳴らす音だろうから。
ここは街中のはずだというのに、銃を構えている。
この男が、Mr.バッドエンドなのか?
「おい」
崩野が後ろの人影に話しかける。
「お前とやってる場合じゃないんだよ。翅村」
後ろにいるのは、Mr.バッドエンドではなく翅村という人らしい。
「話がある。主に、お前の隣にいる少年にな」
銃を俺の方へと近づけ、後頭部へ突き立てる。
「な、何です、か?」
「とりあえず聞きたいことは山ほどあるわけだが、まず一つ、この場の率直な感想を言わせてもらうと」
ふむ、と間が少し開く。
「何故お前はまったく驚かないのだ?」
「い、いや、それは……」
状況があまりにも飲み込めなさ過ぎてパニックを超えて思考停止に近くなってるからでして。
「おいおい、翅村。無茶言うんじゃねぇよ。相手は中一だぜ? ビビリすぎて動けなくなるくらい当然だっての」
崩野が立ち上がって翅村、という人のほうを振り向く。
「しかしな。お前が知っているかどうかは知らないが、この男は俺の部下を八人も惨殺してくれた男だぞ。いつ撃ってもおかしくないんだぜ、俺は」
「そ、それは――――――――」
「それは、何だ?」
怖い。
今まであった誰よりも、この人が一番怖い。
身がすくんで、思わず言いそびれる。
「どう考えても彼がお前の部下を殺したとは思えねえぜ? 彼の弁護のために言っておくとな」
だがそれを察してくれたのか、崩野が助け舟を出してくれる。
「……確かにおかしいとは思ってはいた。彼には才能が無いらしいしな。だが、俺の部下が写真を取って残していたのだぞ? この男が狂喜乱舞して部下を殺している写真を」
「だから、それが違うんじゃないのか? 大体そんな状況で写真なんて取れるものなのか? というかソイツはインスタントカメラでも持っていたのか? 部下が殺されたのが悔しいのは分かるが、少し頭冷やせ」
翅村さんは少し考えた後で、はっとする。
「まさか他の者の策略とでもいうつもりか?」
「そうだ。それこそが俺が脱獄してでも復讐したいと思っている相手。Mr.バッドエンドだ」
翅村さんが崩野の顔をじっと見て、それが真剣なものだと分かったのだろうか、静かに銃を下ろした。
「残念だよ、まったく」
翅村さんが呟いたその言葉には、さっきまでの威圧感を放っていた人間とは思えないほどの寂しさがあった。
「お前達の仇を、まだ討てないとはな」
残念、か。
さっきの話からして、部下をMr.バッドエンドに殺された人がこの人で、その事件を俺になすり付けられてこんなことになっているようだ。
「とりあえずお前も協力はしてくれるか。今鏑木を――――――」
崩野が人通りを指差して鏑木さんの姿を探す。
だが。
「――――――いない!?」
そこには、鏑木さんの姿はなかった。