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エピローグ こんなオチってあり?

足立(あだち)高校に行きたいって言ったのは、私なの」


 公園からの帰路の途中、咲良はぽつりと呟いた。わたしの持つ傘の中で、歩いてきた道を振り返るみたいに。


「中学の時のことも、あまり覚えてないんだけど……嫌なことがあって。離れるみたいに、またここに来た。なんとなく、懐かしい香りがしたから」


 こつん、と道端の石ころを蹴りあげる。何度か続けたあと、咲良はまた呟いた。


「空城公園のことも、小学校に続く道も、スーパーを抜けた曲がり角にあった、駄菓子屋も。知らないはずだったのに……知ってることが、不思議だった」

「そっか……」

「……それも、全部瀬野さんとの、思い出だったのかな……」


 彼女の呟く声に、うまく答えられなかった。

 答えは、求められていない気がした。


「瀬野さん。手、繋いでてもいい?」

「……? いい、けど……」


 咲良は、おっかなびっくりとわたしの手を取る。何度か強く握って、確かめるように。雨でしっとり濡れた手は、だけど仄かな温かみを感じた。

 ……なんだか懐かしいな。思わず笑みが零れたわたしを見て、咲良は怪訝そうに首を傾げる。


「こうしてると、昔に戻ったみたい」

「そう、なんだ。前は、こんなふうに歩いてたんだ、私たち……」

「まぁ、小学生のときだしね。男の子とか女の子とか、そういうの気にしないで、手を繋ぐのなんて、当たり前だったし」

「……当たり前」


 少し俯き気味ではにかむ咲良。

 わたしは前を見据えながら、隣の彼女に微笑んだ。


「……咲良、ありがと。また戻ってきてくれて」

「……今のわたしに言われても、わからないよ」

「それもそっか」



 それからわたしたちは無言で、噛み締めるように歩いた。

 すっかり雨に濡れたわたしたちは、ずぶ濡れの状態のまま、わたしの家に歩を進めた。理由は、一番近かったから。

 お義母(かあ)さんは濡れネズミのわたしたちを心配して、すぐに沸かしたお風呂に入れてくれた。狭いから、咲良から順番に入って、ゆっくりと体を温めた。

 もう遅いからと、咲良の家にも連絡を入れたみたいで、今日は久々に、咲良が家に泊まることが決定していた。

 お風呂から上がって、部屋に戻ると、わたしのベッドにちょこんと座る咲良がいた。お風呂上がりだからか、少し顔が赤く感じる。


「……隣、いい?」

「……うん」


 許可を得て、咲良の隣に座り込むと、なんだか緊張した面持ちで、じりじりと距離を離される。え、なんで。


「……なんで離れるの」

「え、いや……臭いかもしれないし」

「今お風呂あがったばかりだよ?」


 そ、そうだった……と俯き、咲良の顔が一層赤くなる。


「……ひょっとして、風邪引いた?」

「いや、ちがっ、……!?」


 咲良の額に、わたしのおでこを当てる。


「んー、熱はないか」

「せ、瀬野さん……! か、顔、近い……!」

「あぁ、ごめんごめん。けど、昔こういうのよくやってたし……」


 わたしが顔を離すと、ぴゃっとまた距離を離された。……ちょっと。傷付くからやめてよ。

 わたしを警戒してか、咲良はそれきり黙り込む。……なんか、前より居心地悪そうなんだけど。

 とはいえ、わたしも少し緊張している。なんせ直前まで、あんな恥ずかしいやり取りをしていたんだし。


『ずっと! この先も一緒にいることっ! それが、次のわたしたちの約束だからっ!!』


 ……思い出すと、本気で恥ずかしくなってきた。けど昔のわたしたち、これが普通だったんだよね。

 思い切って、わたしから咲良に問いかけた。


「……ねぇ咲良」

「……何でしょう」


 他人行儀だ……まぁいいけど。


「咲良がいま覚えてること、聞かせてくれる?」

「覚えてること……うぅん、うまく言えないんだけど……」


 そう言うと咲良は、天井を見上げ、手を伸ばしていた。


「小さな女の子が、いつも私を引っ張ってくれて、泣き虫な私はずっと、その子の笑顔に、救われてた……かな」

「……なにそれ」


 抽象的すぎて、全然わかんないや。


「でも、そっか。……咲良の中に、まだその子はいるんだ」

「……瀬野さんは、やっぱり私に、記憶を取り戻して欲しいって、思う?」


 不意に咲良は、わたしにそう問いかけた。うーんと(うな)ってから、言葉を紡ぐ。


「……うん。忘れられちゃうのは、寂しいから」


 咲良のしゅんとなる顔を見て、わたしは頬を掻き、さらに続けた。


「だけど、咲良に無理して思い出してもらおうなんて、思わない。……だったら、忘れたままでも。これからも、こうしていられるなら、それで」

「……」


 わたしは、そこで咲良に向き直った。


「ねぇ咲良、さっきの約束、もう一回しない? あんなずぶ濡れじゃ、なんか縁起悪そうだしさ」

「も、もう一回……?」


 すると、途端に目を丸くする咲良。……そんなに変なことだったかな。


「う、あ、その……じ、じゃあ、一瞬だけ、待ってくれる……?」


 何故だか頬を赤らめ、咲良は背を向けた。いや、指切りするだけじゃん。

 それから深呼吸を始めた咲良。どうも息遣いが浅く見えた。小声で「お、女の子同士だもん……大丈夫……」とか言ってるけど、それなんの覚悟?

 時間がかかりそうだと思って、わたしはベッドの傍らに置いていたスマホに手を伸ばす。一緒に持って行ったから濡れてしまったけど、電源を入れると、正常に動くことが確認できて、安堵する。よかったぁ、無事で。

 やがて咲良は、決心をしたように私に声をかけた。


「えっと。その。瀬野さん」

「ん、終わった? 咲良……」


 呼びかけに答えようと、わたしが顔をあげた時だった。

 ことん、と手からスマホが零れ落ちた。なのに、それどころではなくて。

 ばちっ、と閉じられた彼女の長いまつ毛が、目の前にあった。

 頬に触れた手は、指先までほんのり暖かかった。押さえられ、わたしは彼女の顔を見つめる他なく。

 直後。唇に、なにか熱い、けれどとても柔らかいものが触れていた。

 それは、時間にして数秒にも満たなかったけれど、彼女の、たしかな熱だった。


「……、んぇ?」

「……これが、私たちが一緒にいられる、証、っていうか、誓い、ってことで」


 満足そうな顔をする咲良。だけど……え、あの!? 今の、き、きき、キス……。

 わたしは、その唇に触れた感触に、すぐに顔を真っ赤にした。


「は、はぁ!? ちょ、あの、どういうこと!?」

「え!? いや、だから、ずっと一緒にいるってことは、つまり、その、そういうことかなって。指切りよりも、確実な気がして」

「ちっ、違うから! わたしが言ったのは友達としてって意味! なんていうか、そっちの、恋人とかそういう意味じゃないんだけど!!」


 わたわたと手を振って全力で否定した。さ、さすがにこの言い方はまずいか……? いやでも……と後悔に苛まれていると、


「………………え」


 咲良のまぬけ声が聞こえて、ふたり同時に、ぼっと顔から火が出た。

 咲良はしゅ〜っと萎れたように、「ぁっ、しょの、ごめんなさい……」と小声で謝っていた。


「……や、わたしも、誤解させる言い方して、その、ごめん……」

「……」


 お互いに、気まずい沈黙が漂っていた。

 えーっと。

 これは、万事解決……ってことで、いいのかな……?


「って言うか、これ、ファーストキスなんですけど……」

「わ、私も……」


 ……言わなきゃ良かった。

 またもや無言の時間が続く。取りこぼしたスマホを拾って何か間を持たそうとしたけど、焦ってしまってカメラが起動する。

 赤くなったわたしの顔が映って、すぐに画面を閉じる。な、何今の顔……わたし、あんな顔してたの……!?

 恥ずかしさと困惑でもうおかしくなりそうで、この場を離れようとした。


「瀬野さん?」

「えっ! はい、何でしょう……!」


 すると咲良は思いついたように、わたしの顔を見た。


「……そういえば、泊まるってことは、一緒のベッドなの、かな……」

「え、あぁいや……一応もういっこ、布団くらいはある……」


 私が別の提案をすると、咲良はなんだか不機嫌そうだった。


「……え、何」

「……なんでもない」

「それなんでもある時のやつ……って、これわたしの布団なんだけど? 引っ張んないでよ、咲良?」

「知らないっ」

「え、あの? 咲良さーん? えぇー……」



 ……その後、豪快に狸寝入りをかましたかと思うと、咲良はすやすやと眠ってしまった。

 疲れてたのかなぁ。


 ☆☆☆


 結局、咲良が堂々とベッドを占拠してしまったので、わたしはお部屋にお布団を敷いて寝ていた。だけどまぁ、あんなことがあったあとでまともに寝付けもせず、朝を迎えたのだ。

 そんなわたしの様子に反比例するみたいに、ぽやぽやと寝ぼけ眼で起きてきた咲良。……思ったよりしっかり眠っていたみたいで何よりだけど、なんか複雑。


「……ふぁ……おはよ、咲良」

「……はぇ。……なんで私、瀬野さんのベッドにいるんだっけ?」


 ……覚えてないんだ。


「いや、だって昨日、咲良がわたしのベッドに潜っちゃって、そんまま……」

「……そうでした」


 ごめんなさいごめんなさい……と、ベッドの上で正座をする咲良。わたしとしては、そんなレアな一面が見れただけでも眼福ものだから、全然許した。


「って、学校! 制服! どうしよ……替えとかないよ……!?」

「そこは……大丈夫じゃない? 一応、わたしと咲良くらいなら身長同じだし、イケるって!」


 短絡的に言ったけど、正直それは怪しいとわたしも思っている。だからこれはジョークのつもりだったんだけど……。


「……、つまり、彼シャツ」

「まってごめん、やっぱ無し、やっぱ無し!」

「着たいかも」

「あぁもう、だから一緒にって、そういう意味じゃないってぇ!!」


 ……わたしたちのこれからは、前途多難、かもしれない。

読んでいただき、ありがとうございました。

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