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第4話 小さな頃はよく

 それからも、わたしは咲良に話し続けた。立花の言うことなんて無視をして。

 でも、前ほど強い絡み方はしていない。咲良に嫌われたい訳じゃないし。あくまで、一クラスメイトの範疇(はんちゅう)として。

 それに、彼女と話をしているとき、言われたことがある。


『瀬野さん、あのね。私、昔の話されるの、あんまり好きじゃないの。……どう答えていいのか、よくわからないから』


 正直、聞きたいことは山ほどあったけど……本人が望まないことをするのは、あっちゃいけない。

 必要以上に踏み込まないこと。それが、わたしが自分に課した条件だった。

 ……咲良が、立花とだけは、本当に楽しそうに話すのを見る度、胸がちくちくする。

 できるなら、わたしも咲良の、一番でいたい。隣で、その笑顔を見ていたい。

 密かにそんな思いばかりが、積み上がっていく。

 いまの咲良には、わたしが見えていないような気がして、すごく寂しかった。



 あれから、2週間は経ったと思う。


「ポムちゃんさ」

「……あによ。あとポムじゃない」


 否定をする体力もなく、ぶっきらぼうにそう言った。机に顔を乗せて、頬がふくれっ面になろうが、どうでもよかった。

 けど、つんつんすんのはやめろ、潮見。

 潮見の顔を見上げると、愉快そうに笑っていた。何がおかしい。


「……笑うなら笑えば? あれから全然、咲良と仲良くできてないことぐらい、わたしだってわかってんだから」

「ん、いやぁ、それもなんだけど……周り、見な?」


 周り? 潮見に言われ、教室を見回す。すると、わたしたち以外に生徒はいなかった。あれ、そういえば次の授業って……。


「四時間目、体育だよ? さっさと着替えに行こ~や~」

「……忘れてた訳じゃないから!」



 なんかもう散々だ。ずっと、咲良のことばっか考えてるせいで、全部がおろそかになっちゃう感じ。

 ギリギリで体育館に着くと、ほとんどみんな揃い踏みだった。隠れるように並び、体育座りをする。

 その時、ちらっと。咲良がわたしに視線を向けていた。目が合ったのか、慌てたようにそっぽを向く素振りまで。

 なんだ……? と思っていると、チャイムが鳴った。



 体育の授業は、バスケットボールだった。体育館にふたつあるバスケットコートを、四組毎に分かれて順番に、試合形式で行われる。

 別に真剣になる必要もないけれど、身体を動かしている間は、どうにか気が紛れた。


「ふぅ……」

「瀬野さん、運動得意、なんだね」


 試合が終わって汗を拭いていると、咲良がわたしに話しかけてきた。こ、これはチャンス……しかも咲良からだ!


「まぁね、昔から球技だけは得意なの! ふふん」

「すごいなぁ。私、お母さんからもよく言われてた()()()だけど、すぐ転んで怪我してたし。色々運動音痴なんだよね……何かコツってあるのかな」

「コツ……んー、とにかくよく身体を動かす事! かなぁ?」


 身体をよく動かす……、と咲良は真面目に悩み始めた。そこ考え込まなくていいから。


「要するに全力で楽しむんだよ。失敗とか考えててもしょうがないし。今からボール取るぞーって気迫でうおりゃー! って」

「勢い、だね」

「そういうこと」


 自慢げに笑ってやった。咲良も一緒になって笑みを浮かべていた。

 けれど、咲良はふと目を伏せる。


「……瀬野さん。なんか、私たちって──」


 続く咲良の言葉を待っているときだった。


「──避けて!」

「え」


 瞬間、バスケットボールが目の前から飛んでくる。速すぎて、避ける間もなくボールはわたしに一直線に向かっていた。あ、やば……!

 咄嗟に身構えた。バシンッ! とハリのある打撃音が響く。だけど、どこも痛くない。

 ……? 何が起きて……。


「……ったく、怪我したらどうすんの。よそ見すんな」

「立花……」


 遅れて、立花がわたしたちを守ったのだと気付いた。

 慌てたように、ぱたぱたとクラスメイトが数人駆け寄っていく。その中には、咲良の姿もあった。


「ふ、ふたりとも大丈夫!?」

「問題ないって、このぐらい、ほら……、っ」


 立花は顔を歪ませて、何かを堪えているようだった。咲良の顔色がみるみる青くなり、次第に目が潤みだした。


「や、やっぱりどこか痛むんじゃ……!」

「心配しすぎ。ほら、東堂も戻って。一応授業中なんだしさ」

「でも……!」


 咲良の心配そうに見つめる顔を押しのけ、背を叩いていた。


「……東堂さん? 大丈夫……」


 咲良は、わたしの声も聞こえないくらい、両手を震わせている。


「わ……しの、…………い……だ」

「……東堂さん、ねぇ……聞こえる?」


 ぶつぶつと小声で何かを呟きながら、わたしの隣に座り込む。完全に俯いてしまって、会話どころではない。

 立花の方の様子を窺うと、右手を押さえるようにして掴んでいた。近くにクラスメイトが寄り添うけど、なんてことない顔で笑っていた。

 咲良と、立花を見比べて、わたしは息をついた。

 ……ホント、世話の焼ける。


「……咲良。深呼吸。大きく息吸って」

「……え、え?」

「ほら。すぅーっ。はーっ」


 わたしの動きに促されるまま、咲良は息を吸って吐いてを繰り返す。そうすることでやがて、彼女の手の震えは止まっていった。


「……落ち着いた?」

「……うん。ありがとう、瀬野さん」

「どういたしまして」


 咲良は自身の指先を守るように、ぎゅっと握りしめている。


「……私、中学の頃に嫌なことがあったみたいで、それから時々、今みたいになっちゃうこと、あるんだ……」

「……そっか」


 ……私の知らない、咲良だ。

 それに、また『みたい』と表現している。咲良のことのはずなのに。


「うん、もう平気。改めてありがとう、瀬野さん。……優しいんだね」

「今更?」


 と茶化すように笑った。さて、お次は。

 わたしは授業なんてほっぽって、コート内に入り立花のその手を掴んだ。


「っ! な、なにすんの……」

「……やっぱ、痛いんじゃん」

「へ、平気だって言って、った!」


 少し強めに掴むと、立花は反射的に顔をしかめていた。無理しちゃって。


「……こないだの仕返し」

「……あんた、意地悪すぎ。そんなんだから──」


「せんせー! 立花さんなんかケガっぽいんで、保健室連れて行きまーす! 何もなかったらごめんなさーい!」

「ちょ、あんた何勝手に……!」


「咲良のこと、苦しめたくないんでしょ? それ、あんたにもおんなじこと言えるから」

「……」


 わたしだって、立花の介抱をしているより、咲良と話をしたい。どうしてそんなに怯えるような顔をしていたのか、問い質したい。

 でも、立花がいないのをいいことに、咲良に取り入ろうとするのは、なんとなく気が引けた。

 ちらっと咲良の方を見る。立ち上がって、不安そうな表情を浮かべていた。とそこに潮見がフォローにでも入るように声をかける。コートの外だから声はよく聞こえなかったけれど、笑みを浮かべたのを見て、わたしは保健室へと足を運んだ。



 保健室に着くと、先生の姿はなかった。ひとまず立花をベッドに座らせると、わたしは棚から包帯を取り出した。


「……こんなことして、何のつもり?」

「別に? クラスメイトのこと心配するくらい、当然じゃん。で、痛いのどの辺?」

「……右の手首の方」


 立花の怪我した患部を刺激しないよう、優しく包帯を巻き付けた。


「……随分手馴れてるね」

「ちっさい時の咲良、よく怪我してたんだよね。女の子っていうより男の子みたいにやんちゃでさ。でも、そんな時でも『ごめんね』より『ありがとう』の方が多くて……そう言うのが欲しくて、わたしもつい、世話を焼いてた」


 当然の事実とでも言うようにわたしは答えた。目線を上げると、立花の目がわたしを睨んでいたことに気付く。


「それ、嫌みでも言ってるつもり?」

「思い出話に花咲かせようってだけなのに、そんなふうに取んなくてよくない?」


 そうは言いつつ、この歴史を知ってるのはわたしぐらいのものだけど。


「……あの、さ。瀬野」

「……」

「さっき、東堂と、何話したの」


「……咲良が運動音痴だって話と、わたしが得意だってこと」


 そのあとの、過呼吸気味の咲良のことには、触れないでおいた。


「……咲良はね、わたしの憧れでもあるの。ずっと一緒にいると、咲良のいい所しか見えてこなくて、咲良みたいに、わたしも明るくいられたら、誰にでも優しくできたら、って思ってた」


 ……語るつもりもなかったのに、つい言葉が漏れてしまう。咲良のことになると、口が緩んでしまうな。


「……どのくらい、一緒にいたの」

「小学校の、初めの三年間。案外短いでしょ」

「……そんなことも、ないんじゃない?」

「あの子、すぐ転校したから。だから……」


 そこまで言って、言葉を切った。少し、喋りすぎたな。

 仕上げとして包帯をちぎり、剥がれないようテープを立花の手に包帯ごと巻いた。


「……瀬野。なんていうか……ありがと」

「大したことじゃないしいいよ。あ、それと。実際、外堀から埋めてくのもありかなーって打算はある。はい、これで完了」

「……策士」


 言ってろ。


「じゃあわたし、先生呼んで来たら授業戻るから。お大事に」


 保健室のドアまで行くと立ち止まり、わたしは言った。


「あと。わたしも、ありがと。さっき助けてくれたんでしょ?」

「別に……」


 素直じゃない。とはいえ、それはわたしも同様だ。

 手をひらひら振って、わたしは保健室のドアを閉めた。

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