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第3話 私の方が……

「ただいま……」


 学校帰りの家に、ただいまと言う相手はいない。両親は共働きで、帰ってくるのはだいたい遅い時間だ。それなのについ口から零れてしまうのは、もうずいぶん前にクセになってしまったから。

 寂しいって言うより、どこか自分に言い聞かせてるだけなのかもしれない。

 リビングのソファに身体を預けると、疲労感がどっと押し寄せるようだった。

 どうして、咲良(さくら)は約束を断ってしまうんだろう。あの頃はむしろ、約束事をするのが趣味みたいに、しょっちゅう指切りをしていたのに。

 思い出を振り返るように目を閉じた。脳裏に映るのは、あのころの彼女の笑顔。だけど記憶というのは曖昧で、思い出のページが引き裂かれるように、霧散した。

 ……咲良は、本当に忘れちゃったのかな、わたしのこと。あんなにずっと、仲良しだったのに。

 意識がとろんとしてくる。どうすれば、もう一回、あの子とちゃんとお話できるんだろう……。嫌だよ、また離れ離れなんて……。


「──って、ダメダメ。まずは対策考えないと。それと、ご飯も」


 あやうく寝付いてしまいそうになる。頬をぺちぺち叩いて睡魔を無理やりひっぺがした。それから、両親がいつ帰ってきても良いように、お料理の準備を始めた。考えるのは、頭でもできるから楽だ。


「ひとまずカレーでいいかな……」


 カレーと言えば、彼女も好きだったはずだ。咲良はどっちかというと、甘めなのが好みだった。わたしは中間くらい。


「なるほど、()付けか……」


 具材を切り分けながら、ふむふむと頭を(ひね)らせる。胃袋を掴むのも悪くない考えだろう。

 彼女の好きだったもの。ハンバーグにナポリタン、オムライス……うん、やれなくはないかな。

 なにより、彼女と一緒にご飯を食べるのはわたしも好きだった。いつも無邪気に、美味しそうに頬張るから、口についたソースを取ってあげるのが、私の役目だったっけ。

 そうと決まれば。わたしは明日のための、弁当のおかずも仕込むことを決めたのだった。

 私ってば、天才かも?


 ☆☆☆


「ねぇ東堂さん、お昼! 一緒にどう?」


 翌日のお昼休み、懲りずにわたしは咲良に声をかけた。約束事を断るといっても、休憩時間の少しの時間くらいは許されるだろう。


「え、うん……。そのくらいなら」


 やった! 目論見通り、彼女との昼食会を開くことに成功した。近くの机を突き合わせ、弁当箱を広げる。すると、彼女は早速食いついた。


「弁当……もしかしてこれ、自分で作ってるの? すごい。……美味しそう」


 わたしの弁当箱を見てまじまじと見つめる咲良の様子に、ほくそ笑んだ。かかった!

 好機を逃すまいと、わたしは矢継ぎ早に言葉を重ねた。


「そうなんだー! わたしね、両親共働きでずっと家にいないからさ? 昨日もわたしが料理作ってたんだよね。ふたりは美味しいって言ってくれるんだけど、わたし的にはまだまだっていうか。あっ、でも! 今日のおかず見て! これは結構上手くできたと思うんだー!」


 見せびらかすように、じゃじゃーんと弁当箱を持ち上げる。ふっふっふ、今日のおかずは、咲良スペシャルなのだ。咲良が好きだったものを詰め込んだハッピーセット。これで釣れば……。


「覚えてる? 東堂さん、昔ケチャップの付いてるものなんでも食べて……」


 しかし、そこでふと咲良を見てみると、「……そう、なんだ……」と気まずそうに、菓子パンの袋を開けていた。わたしと目も合わせずに。……テンション間違えたかな。いや、もう一押しだ。


「東堂さん、一口いる?」

「え。い、いや、いいよ! 瀬野さんに悪いし……」

「わたしは全然気にしてないよ〜! ってか、東堂さんのお昼って、それだけ?」

「あ、うん。あんまりお昼は食べない主義で……」

「えー、ダメだよ! もっと食べなきゃ! わたし、ダイエットとか興味無いけど、食事を取らないのはNG! ほら、このミニハンバーグとかあげるから!」


 箸で持ち上げて促したけれど、咲良は首を横に振った。


「だ、だから私は、間に合ってるから……!」


 ぬぬぅ、これはなかなか、強敵だ……。


「こーら瀬野。あんま東堂困らせないでよ」


 と、そこに現れたのは、昨日も咲良と話し込んでいたクラスメイトだった。


「あ、立花(たちばな)さん。お昼はもう食べたの?」

「いや、まだ。それより瀬野。あんた昔この子と仲良かったのかも知んないけど、ちょっとイキリすぎ」


 む。ほぼ初対面のくせに、なんとも生意気な人だ。わたしも負けじと、強気に言葉を返した。


「えー? けど東堂さん、すっごく細いから、食事に気を遣うのは結構だけど食べないってのは違くない?」

「だからって強制すんのは違うっしょ、な?」

「あ、いや、大丈夫だよ! 私は別に困っては……」

「いやいや、ちゃんと言った方がいいって。断るなら断ってもいいし」


 彼女と咲良は親しげに、会話を交わす。時折、わたしには見せない笑みを浮かべていて。

 なにさ……私が悪者みたいじゃん。


「わかったよ、もう…………あむっ」


 苛立ちを隠すように、摘んでいたミニハンバーグを口に運んだ。

 特製ソースの味が染みていて、美味しいは美味しい。なのに、どこかしょっぱかった。


 ☆☆☆


 移動教室のあと、わたしはトイレの蛇口の前で考え込んでいた。

 うまくいかないものだ。特に、あの立花という子が厄介。警戒されているのか、授業中でさえもわたしを目の敵みたいに扱ってくる。別に取って食ったりなんてしないって。

 それでも、なんとかうまいこと咲良と接触できないものか。

 呆然と、水道の水を垂れ流していると、きゅっと水の勢いが止まった。なんだ? と隣を見上げると、立花の姿があった。


「水、出し過ぎじゃない?」

「……わたし、まだ使ってたんだけど」


 素直に謝るのが癪で、言い訳じみた返しをした。仕方なく離れようと彼女の横を通り過ぎようとしたが、立花はきつい目つきで、わたしの前に立ち塞がった。


「ねぇあんたさ。東堂の何な訳?」

「……質問の意図がわかりませーん」


 まともに答える気になれず、わざとらしくぷいっと顔を逸らした。けれどそれでも彼女が退く様子はない。

 口ごもるように、立花は言う。


「……東堂に付きまとうのやめてくんない?」

「始めからそう言えばいいじゃん。わざわざ牽制するみたいなやり方したって、敵作るだけだよ」


 ブーメランだと思いつつ、毒気のある言葉を返した。あんたに嫌われたって、私は困ったりしないから。


「東堂さんに付きまとってる? 違うよ。わたしはあの子と友達になりたいだけ。やり方が悪かったなら、謝るよ。ごめんなさい」

「……嘘ばっか」

「何で嘘とか決めつけんの? だいたい、あんたが出張ってくんのも意味わかんない。嫌いなら嫌いって、あの子が言うべきでしょ」


 わたしの知っている咲良は、そう言うこと堂々と言える人だった。好き嫌いがはっきりしていて、物怖じしない。


「……! あんた、あの子の昔を知ってるからって、いい気になってんじゃないよ!」


 なのに、わたしの冗談ぶった態度に立花は、今にも掴みかかろうかという剣幕で声を張っていた。


「あの子、苦しんでるのがわかんない訳!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! わかんでしょ!? だからもうあの子のこと、ほっといてくんないかな!?」


 言葉の勢いに、一歩たじろいだ。すぐに間合いを詰められ、狭い女子トイレの壁に追いやられる。

 でもそれ以上に、聞き捨てならないことを言われた気がする。おずおずと、わたしは声を震えさせた。


「慣れない人付き合い、って、何……? 私の知ってる東堂さんは、そんな人じゃない、むしろ逆で……」

「はぁ? あんた……、……もういい。あたし、戻るから。これ以上あの子を傷付ける真似したら、許さないよ」


 釘を刺すように、立花はそれだけ言って、厳しい目つきのまま立ち去った。

 胸がつっかえるような違和感に、咳き込みそうになった。


(咲良が、人付き合いが苦手とか……ありえないじゃん。だって、あの頃は、ずっと、わたしよりもみんなの中心みたいに……)


 それなのに、立花の真剣な顔つきが目に焼き付いて、離れない。あの人は……わたしの知らない、咲良を知っている。

 わたしは──所詮小さな頃の、咲良の残滓を追っているだけに、過ぎないのだろうか。


「……」


 いや。

 そうだとして、別に止まる必要なんてない。知らないなら、これから知っていけばいいんだし。

 環境の違いで性格が変わってしまうことなんて、よくあることだ。中学時代か転校先で、咲良を変えてしまうだけの何かがあったのだろうけど、気にしていたって仕方ない。気になったら、咲良に直接聞いちゃえばいいんだ。

 鏡を見た。少し乱れた髪を整え直して、よしっ、と気合を入れる。

 立花がなんだ。わたしはわたしがやりたいようにやるだけだ。


「咲良と友達になりたいって、それだけなのにさ。……大袈裟だっての」


 わたしが咲良を傷つけるとか、そんなこと、ある訳ないじゃん。こんなにも、大好きなのに。

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