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第1話 忘れたなんて言わせない

 わたし、瀬野(せの)(あゆむ)には、とてもとても仲の良い幼馴染がいました。クラスでも一番と言っていい、かわいい女の子──咲良(さくら)ちゃんです。

 目はぱっちりとしていて、笑顔がはなやかな人気者です。男の子からもよく告白されていました。けれどわたしは彼女を取られたくなくて、ずっと隣にいました。牽制役です。

 教室でも、休み時間でも、放課後でも一緒にいて、わたしたちはいつでも笑い合っていました。喧嘩なんて、一度だってしたことありません。

 ずうっとこうしていられるんだろうなって、漠然と思っていたし、なにより彼女も、わたしによくこう言っていました。


「大人になっても、一緒にいようね」


 彼女は、約束事が好きでした。指切りをすることで、繋がっていられる気がするからだそうです。

 彼女を見ていて、わたしも約束が好きになりました。

 それからも、彼女とは約束を交わすことが多くなりましたが、約束を破ったことは、これまで一度もありません。快挙です。

 だからその約束をしたときも、わたしは守れると思っていました。

 ですが、わたしと彼女が一緒にいたのは、小学校低学年の、三年間だけでした。

 転校してしまったのです。両親のお仕事の都合だと言っていました。

 遠くへ行く、ということだけは、なんとなくわかりました。

 受け入れることはできなかった。でも、今更変えようのない事実だということも、わかっていて。

 彼女と最後に話をしたくて、わたしは転校をする前の日に、彼女を連れ出しました。

 わたしたちの思い出の場所、空城(そらぎ)公園。とても大きな公園で、中心にはタコの形の滑り台がありました。

 わたしは彼女と、しっかりお話をしました。この公園で一緒に遊んだ思い出、学校の出来事、運動会で悔しくって泣いたこと……語りつくせないくらい、いっぱいのこと。

 たくさんの涙を流して、寂しいって気持ちを、存分に味わって。やっぱり離れたくないって、泣きついて。

 それでも、彼女は笑っていました。頬を濡らした雫が、とてもきれいに輝いていたことを、よく覚えています。

 そして、わたしたちはひとつ。指切りをしました。


「約束だよ? また再会したら、いっぱいいっぱい、仲良くするって!」

「当たり前だよ……! 絶対、忘れたりしないもん! 大好きだからっ!」


 それが最後の、約束です。

 そうやって、わたしたちは最高の大親友として。別れることになったのです。




「──……とまあ、ここまでは、すごく素敵な思い出でいいんだけど」


 ちらっと、教室を嘗め回すように見渡す。お昼休みの教室は、ちらほらと生徒がまばらにいた。その中で隅の方にいた、目下の中心人物──東堂(とうどう)咲良(さくら)に目を向ける。退屈そうにスマホを弄る彼女は、私に気付きもせず、それどころか不意に話しかけてきた女子生徒に、ぱっと笑みを浮かべていた。

 わたしには向けられないその笑顔に、胸がずきりと痛んだ。

 わたしは知っている。あの子の本当の笑顔を。右目の下にあった小さなほくろも。はっきり覚えてる。

 彼女は、この街に帰ってきたのだ。

 こんな偶然の再会、奇跡だって思った。入学式で初めて見た時、嬉しすぎてつい声をかけた。


『咲良だよねっ!? うわぁ! ホントにまた、会えるなんて……夢みたいだよぉ!』


 と。

 なのに……。


「それで、件の幼馴染さまは、すっかりあんたのこと忘れちゃってた、と」


 興味なさげに言いながらパックジュースにストローを差すこの女は、潮見(しおみ)。この足立(あだち)高校に入って、席が隣合わせというだけですぐ私に取り入ってきた危ないヤツ。

 ジュースをじゅうっと吸い込み、片手間にわたしの話を聞いていた。


「違うから。忘れてなんてない、あれはぜっっったい、気まずくて話をしに来れないだけっ!」

「往生際が悪いなぁポムちゃんは」

「だからポムって言うな」


 (あゆむ)()()だとか、認めてないからな、そんなあだ名!


「まぁでも、入学早々、あんな慌ただしいことがあったら、そりゃ向こうも引くよねぇ」

「んぐぅ……」


 ぐうの音が出て、思わず頬杖をつく。

 窓の外を見た。桜色の絨毯(じゅうたん)が敷き詰められた校庭は、わたしだけを置き去りにして、色めき立っている気がした。

 入学式当日、わたしが彼女に声をかけた時、最初に言われた言葉が昨日のことのようによみがえる。



『えっと……ごめんなさい。人違いじゃ、ないかな……』


 そんなはずはない。だってわたしはあなたの特徴ならなんだって答えられる! 好きな食べ物も嫌いなことも、全部──。

 だけど、その時見た彼女の顔は、本当に私のことを知らないような、気まずそうな顔だった。


『じゃあ、あの日約束したことは……? それも覚えてない!?』

『ごっ、ごめんなさい……わからないです』


 わたしは何度か食って掛かったけど、それでも彼女は知らないの一点張りで、なんだかすごく悔しかった。



「けど、小学生の頃の思い出なんてそんなもんじゃん? 言っちゃなんだけど、私もその頃のトモダチとは連絡取ってないわけだし」

「あんたのことは聞いてない」

「はいはい。で、その咲良ちゃん、だっけ? あの子もさ、忘れてんだよきっと。でなきゃあんな態度取らないって」

「……そうだとして、じゃあどうすればいいと思う? もっかいわたしが話しかけに言って、『ごめんやっぱ覚えてない』って言われたらさぁ! もうわたし咲良のこと嫌いになっちゃうかもしんないじゃん! むぅ~!」


 通学カバンに顔を(うず)めて、漏れ出そうになった叫びを必死に抑えた。

 ため息をついて、ぶつぶつと独り言のように声をあげる。


「はぁ……。それとね」

「まだありますか」

「わたし、上の名字瀬野(せの)じゃん?」

「そうだね。席近いからすぐ覚えちゃったし」

「けど、これ実は二つ目で、前は華原(かはら)だったんだよね。だからまぁ、わからないのも無理はないのかなーって」

「あー……名前が違うから、気付いてないってこともあるのか」


 そう。

 あれからわたしの家庭も、まぁまぁ複雑なことになりまして。詳しいことは省くけれど、ざっくり言うと『お母さんが家出して、お父さんが新しい女を連れてきました』。……っていう、よくあるテレビドラマのような展開だったわけです。

 しかしそんな過ぎたことはどうでもいい。お父さんとは以前よりも口を利かなくなっただけだし。わたしの問題はそんなダメ両親の些末な喧嘩に、左右はされないのだから。

 バンッ、と机を叩く。みんなが一斉に私を見た。勢いつけすぎたかな。まぁいいや。


「よし……やっぱりわたし決めた」

「ん……ふぁにを?」


 潮見が、取り出したグミを呑気にもちゃもちゃ食べわたしに問う。口にもの入れながら喋るんじゃない。


「もう一度、あの子と仲良くなって、わたしを思い出させてやる!」

「……、おー」


 ぱちぱちとやる気のない拍手をする潮見は無視して、わたしはさっそく計画を立てることにした。まだ買いたての新品のノートを取り出し、ペンを走らせる。


「覚えてないなら、また約束をすればいいんだよ。わたしたちの絆はそう簡単に切ることなんてできないんだからね」

「……そうかなぁ。そんな曖昧な口約束、私は信用できないけど」


 あむ、と潮見はもうひとつグミを口に咥えた。ふん、言ってろ、わたしはもう止まらないから。

 五分くらいかけて、計画表はざっとできた。


「よっし、善は急げ! 明日にでも遊びに誘って──」


「まぁ待ちたまえよポムちゃん」

「ポムやめろ」


 潮見が、立ち上がろうとしたわたしの肩に手を置いていた。止めようったってそうはいかない。


「私、潮見ちゃんは、こう見えて案外情報通なんですよ。さて、ここにひとつ、あなたの大好きな咲良ちゃんに関するお話があるとしたら、どうでしょう」


 なんだと? わたしは眉をひそめて、座り直す。潮見の顔色を窺った。


「……もったいぶらないで教えてよ」

「せっかちさんだなぁ。これは取引なんだよー?」


 ほれほれー、とグミの袋でぺしぺしわたしの頬を叩いてくる。うざったい……。

 適当に払い除けて、嘆息する。


「どうせろくでもない、根も葉もない噂でしょ? そういうの、懲りてるから」

「いやいや、立派なソースがあるんだから! 私は人伝(ひとづて)に聞いた事だけど、なんでも本人が実際にそう言ったらしいし」

「ソースにしちゃ薄味が過ぎない?」


 らしいって言っちゃってんじゃん。


「まぁ聞きなって。あぁ、取引の件はもちろん無しね」

「わかってるよ、いいからはよ喋れ」


 強情だなぁ、と文句を零しながら、潮見は告げた。


「咲良ちゃん──約束を取り付けようとしても、絶対に断っちゃうんだって」


「……え?」


 早くも、わたしの計画は頓挫(とんざ)しそうだった。

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