04
短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
「秋野さん?」
俺が不安げに声をかけても、彼女の視点は合わさらない。遥か彼方を見つめながら、秋野ユウヒはつぶやいた。
「この世に、こんな気持ちいいことがあるなんて」
その声に、何かが混ざっているような気がした。秋野ユウヒでありながら、秋野ユウヒではない、人ならざる者の声。
それが何かは、そのあとすぐに判ることになる。
「堕ちちゃう……」
それが秋野ユウヒの最後の言葉だった。
彼女の顔の表面が波打つように皺を寄せ、蝋細工が熱で表面から溶けていくように垂れ落ちていく。顔だけではない、両手両足の皮膚が同じように重力に逆らえなくなっている。
ただれた顔のところどころから、皮膚の内側が見え始めた。本来、筋肉や脂肪、骨格があるはずのそこには、秋野ユウヒの『内面そのもの』が隠されていた。
それは凛とした光を放ち、その光こそがヒトとしての秋野ユウヒを象っていたメッキを溶かし剥がしていくようだった。
目の前に立つ人物の皮膚が溶け落ち始めているというのに、不思議と恐怖を感じなかったのは、その光がとても柔らかで神聖に見えたからだ。
みるみるうちに皮膚は溶け落ち、その全身は淡く光るものへと変わっていた。
ツインテールにしていた髪もその表面が溶け出し、いまや純白に輝いている。結んでいたゴムは弾け飛び、まるで重力に逆らうように肩の上で踊っている。
その現象は、彼女の頭上に収束していく光の塊が重力を打ち消しているかのように見せた。エンジェル・ハロゥと呼ばれるそれを頭上に戴く存在はこの世にひとつしかない。
全身に光を纏うヒトの形をしたものがメイド服を身に着けている様子は滑稽にも見えたが、その神々しさは秋野ユウヒがヒトを超えた存在へと成ったことを確証させた。天使の実体だ。
物の本で読んだ知識ではあるが、天使がヒトを依り代に受肉した後、ヒトに成り代わって実体を取るなんてことは、天使教育が進んだこの現代においてはサムライが帯刀して街なかを歩くのと同じくらい時代錯誤なことだ。
それがいま目の前で起きている。俺はこのあと自分の身に何か起きるのかなんて考える余裕もなく、その奇跡に見惚れていた。
滑稽だったメイド服は、まるで天使の神性がそれを拒否するかのごとく、白い炎を上げて下着と共に焼け落ちていく。もしかしたら天使の表面は太陽のように高温なのかも知れない。
残ったのは輝ける天使の身一つのみ。服に隠されていた背中からは、身長と同じ幅くらいの翼が優雅に広がる。
俺はその完璧な裸体から目が離せなくなっていた。
その御姿は女性でこそあれ性的な概念はない。女性がまさしく神性であるということを裏付ける完璧さのみがそこにあった。
触れたい、その神性に。俺は切にそう願った。しかし俺のような邪な者が触れれば、たちどころに焼き尽くされてしまうことは想像に易かった。
人類史において過去の愚昧な男性たちがやってきたような虚勢欺瞞のどれでもなく、真なる意味でその神性を手にするには、いかほどの犠牲を払えばよいのだろうか。
俺が内なる衝動に抗っている矢先、秋野ユウヒに受肉した天使に変化が起きはじめた。
頭上のエンジェル・ハロゥの光彩がみるみるうちにしぼんでいき、ついには輝きを失ってしまう。途端に天使は全員を震わせ、喉の奥からまたあの何かをこすり合わせるような嗚咽を漏らしながら地面に膝をついた。
苦しんでいるのだろうか。天使は自らを抱きしめるように両腕を胸の前で交差して肩を抱き、内側から溢れ出そうな何かを押さえつけるような格好となっている。
ふいに天使が顔を上げ、俺を見た。その瞳は黒目と白目の境をなくし、均一な光をたたえている。震える天使は、愛憎入り交じるような目をしていた。
生き別れの親に再会したような、因縁の宿敵とついに相まみえたような、そんな複雑な表情だった。
05 へつづく
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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