03
短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
「お店であなたを見たとき、私、全身に電流が流れたみたいにしびれちゃったんです。こんなこと初めてで。私、どうしたらいいかわからなくなって」
俺が返す言葉を考えている間に、秋野ユウヒは次々と言葉を発する。俺の言語処理能力がオーバーヒートを起こしているせいだ。
「それで、メモを。そこに連絡先とか書いてもよかったんだけど、その、すぐにでも会ってお話ししたいって思って」
彼女は両手の指をプリーツスカートの前で激しく絡み合わせている。日本オタクの外国人が見たら、ニンジャが印を結んでいると勘違いするかも知れない。
しかし、秋野ユウヒが繰り出したものは、忍術よりももっと現実的で言霊的に俺の全身の自由を奪った。
「すごく、はしたないんですけど。はじめて中野君を見た瞬間、その、思ったのが」
秋野ユウヒは頬を紅潮させ、視線を足元に落としたまま言った。
「キスしたい、ってこと」
後から知ったことだが、彼女が通う女子高は、他の天使教育を実践する学校と類を同じくして校則が厳しい。
その中にはいわゆる『不純異性交遊禁止』が含まれていた。
天使候補生である彼女たちは、少なくとも高校を卒業するまで、異性との交わりを禁止される。
もちろん陰でこっそり青春を謳歌してしまう生徒は少なからずいるだろうが、学校側にばれれば事によっては退学の憂き目と相成る。
しかし、このときは俺も彼女も知らなかったのだ。不純異性交遊を禁ずる古からの校則は、ごくごく稀に発生する堕天によって引き起こされる破滅から生徒を、引いては地域社会そのものを守っていたということを。そしてこの瞬間に、堕天の条件が揃ってしまっていたことも。
「キス」
俺は魂を引き抜かれた人形のように、思考停止状態でオウム返しした。秋野ユウヒが上目遣いで俺を見る。
「こんな変な女から急にそんなこと言われたら、引くよね」
「そんなこと、ないです」
いつの間にかカラカラに乾いていた喉を潤すため、唾を飲み込む。
「変なのはわかってる。でも中野君を見たとき、この人とキスしたい、一緒になりたいって気持ちが溢れて止まらなくなって。なんだか、自分の身体がドロドロに溶けて、沈んで消えてっちゃうような気になったの。こんなこと本当に初めてで」
秋野ユウヒは両手の印を解いて手を伸ばし、棒立ちで垂れ下がっていた俺の両手をそれぞれ優しく握った。女子に触れられた衝撃で全身が痙攣しそうになるのを必死でこらえる。
「いいかな、しても。キス」
ゆっくりと彼女との距離が縮んでいく。
俺はだらしなくも、距離が三十センチも狭まる前から目をつむってしまう。それを承諾のサインと受け取ったのか、秋野ユウヒが微笑んだ気配がし、急速にその体温が近づいてくるのを感じる。
そして秋野ユウヒの唇は俺の唇に対し、見事なまでの軟着陸を決めてみせた。
視界を閉ざしていた俺の全神経は、唇へと集中する。それまでに経験したことのない感触が唇を支配していた。
いや、あるとすれば、それは幼き日、母の乳房に吸い付いていたときの感触に似ていたのかも知れない。
緊張で食いしばっていた歯に何かが触れた。秋野ユウヒの舌の先だ。まるで閉ざされた門を開けようとするかのように、上下の歯の隙間を優しくなぞる。
なすがままの俺は門を開け、秋野ユウヒの侵入を許す。その舌が自らの舌に触れた瞬間、電気が流れた気がした。
生まれて初めて、赤の他人と接続した瞬間だった。別個だった二人の輪郭が、口元でひとつのものとして繋がったのを実感する。
「んん……」
秋野ユウヒの口から、くぐもった吐息が漏れたのを聞き、俺は何か無作法なことをしてしまったのかと慌てて顔を離し、目を開いて彼女を見た。
彼女は両目をとろんと潤ませ、恍惚とした表情を浮かべている。しかし口元からは何かをこすり合わせるような嗚咽が漏れ続けていた。
04 へつづく
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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