10
短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
「触媒?」
「あ、ごめんなさい。なんて言ったらいいかしら。堕天使を呼ぶ、その……」
「撒き餌?」
口ごもった松尾アヤに山野レイが助け舟を出す。助けになってない気もするが。
「ちょ、レイちゃん。釣りじゃないんだから。中野さんに失礼」
臼井モカがくすくす笑いながらツッコミを入れた。
「えェ、じゃあ何?生贄?」
余計悪くなってるぞ。
「レイちゃん!縁起悪いって、もう。儀式を成功に導く、お客様みたいな感じでしょ。ステージの成功にはお客様が欠かせないもん。ね、部長」
「ん、そうね」
松尾アヤは少し困った表情を作る。儀式を演劇公演のように例えた臼井モカの感性はおもしろかったが、松尾の儀式に臨む姿勢とは相容れなかったのかも知れない。
「触媒を例えるなら、炭に火を点けるときの着火剤でしょうか。ご安心ください、火は点けませんよ」
「はは、良かったです」
正直、初対面の人間をここまでダシにできる豪胆さには舌を巻く。女三人寄れば、といったところだろうか。女子高のノリは恐ろしい。
「今回の儀式の肝は、堕天使を受肉させずに呼び寄せることです。そして可能ならば、コミュニケーションを取りたいと思っています」
なるほど。彼女なりに自分たちの身の安全を考えているようだ。
「中野さんは堕天使を目撃しています。その身体には痕跡が残され、それは堕天使を引き寄せるためのガイドラインとなるはずです」
「運命の糸みたァい」
スマホを三脚にセットしながら山野レイが軽口を叩く。
「堕天使側とのコミュニケーションが可能なら、どんな条件で受肉するのか、その目的が何なのかを探ります。成功すれば、あの痛ましい事件の犠牲になった人たち、特に依り代となった秋野ユウヒさんへの最大の弔いとなるはず」
室内の空気密度が少し変性したように感じた。臼井モカが鼻をすする。
そうか、加害者かつ犠牲者でもあった秋野ユウヒは、同年代の天使教育を受ける彼女たちにとって特別なアイコンとなっているのだろう。秋野ユウヒへの誹謗中傷は、そのまま彼女たちへ向けられているのと変わらない。
名誉を回復したいんだな。強い使命感だ。
俺は急に、自分がここに居るのは場違いだという感覚に襲われる。冗談半分で堕天儀式チャレンジを行い、SNSで称賛を浴びたいと思っているような俗物であれば、俺の欲望の犠牲にしても構わないと考えていた。お前たちは神性とかけ離れていると、判らせてやりたいとすら思った。しかし。
「さあ、円陣の中央へ」
松尾アヤが手を差し伸べて俺を促す。
いや、ここまで来て後戻りするものか。俺はゆっくりと前進する。
三年待った。満たされない日々を送り、生きながらに死んでいた三年間だった。
いいさ、それならば俺も死のう。この狭い空間で堕天使が受肉すれば、前回のようにはいかないはずだ。
ノーリスクで享楽を得ようだなんて虫のいい話だよな。君たちの覚悟を、俺の覚悟で買わせてもらう。
俺は円陣の中央に立った。
「回しとくねェ」
背後で山野レイがスマホを操作している気配がする。
「中野さん、失礼ですが、ひざまずいて頂けますか」
俺は言われた通りに床に膝をつく。
「ありがとうございます。それでは」
松尾アヤが背中側に垂らしていたローブのフードを両手で持ち上げ、目深にかぶった。俺の右手側、円陣の外に立つ臼井モカもそれに倣う。
「はじめましょう」
傍らの分厚い本を手に取り、松尾アヤが得体の知れない呪文を唱え始める。真横に位置する臼井モカからも緊張が伝わってくる。
俺は、別の意味で血がざわめき始める。いよいよ、待ちに待ったその時だ。
「くっ」
臼井モカのステージ発言を参考に、俺は苦しげに頭を両手で押さえる演技をした。
「マジ?もォ?」
「しっ」
背後の山野レイを臼井モカがたしなめている。目の前の松尾アヤからも動揺が伝わってくる。
呪文を続けていいものか迷っているに違いない。
11 へつづく
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
このトリプルミーニングに気づいた人は、ぜひコメントしてね!
Xで情報発信中!
https://x.com/Koh_Serra




