女帝のときめき、参謀の企み
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「……っ」
受付カウンターで手続きを終えたばかりの志乃の心臓が、大きく跳ねた。
背後から近づいてくる、あの「天使」――三上ひよりが、真っ直ぐに自分へと歩いてくる。
(あ、あっちから来る……! どうしよう、まだ心の準備ができてないよぉ。でも、ここで取り乱したら仙台の、八咫の看板に泥を塗っちゃう……!)
志乃は表情を一切崩さず、鋭い眼を維持したまま、威厳ある「女帝」の仮面を被り直した。
ひよりの隣に立つ、眼鏡をかけた端正な顔立ちの青年が、ひよりの耳元で何かを囁くのが見える。
志乃の勘が、あれは自分のことを「解説」しているのだと告げていた。
「片倉志乃さんですよね? 初めまして、三上ひよりと申します」
不意に、鈴の鳴るような澄んだ声が志乃の鼓膜を震わせた。
一瞬、志乃の脳内は「えっ、無理。好き」と真っ白に染まったが、辛うじて理性がそれを食い止めた。
受付のカウンターでは、その声が聞こえたのかスタッフが驚きの表情をしていた。
志乃はアリバイ作りのためにこのダンジョンを調べた際、秋葉原ダンジョンは「観光客やデート、エンジョイ勢が多い」とされていた。
百傑クラスがわざわざ攻略に来るような場所ではない。
(あぁ、百傑が目の前に2人いるんだもんね)
そう思いながら少し冷静さを取り戻して挨拶を返した。
「……初めまして。パーティ『八咫』を率いている、片倉志乃だ。よろしく」
(……あぁぁぁぁ! 何が『片倉志乃だ』だよぉ! 自分でも可愛くないってわかってるけど、せめてもっと優しく言えたはずでしょ! 周りに誰もいなければ『志乃ちゃんって呼んで!』って言えたのにっ!!)
せっかく少し冷静になったのに、内心で叫ぶ志乃。
そんな志乃の内心の絶叫など知る由もなく、ひよりは感銘を受けたように目を輝かせた。
「仙台から来られてるんですよね! 東京までの移動、お疲れでしょう」
「……いや。これくらいは大したことない。それより、受付は済まさないのか?」
(あぁ、また突き放すような言い方しちゃった! もっとお喋りしていたいのに、なんで私はこんなに可愛くない態度しかとれないの……!)
「あっ、お気遣いありがとうございます! ちょっと受付済ませるので、その後、またお話できますか?」
ひよりがニコッと、それはもう無邪気な、太陽のような笑顔を向けた。
その一撃は、仙台を統べる女帝の心を、一瞬で春の陽だまりのように溶かしてしまった。
「……構わない。私はまだ時間があるからな」
「ありがとうございます! じゃあ、すぐ戻りますね」
小走りで受付へと向かうひよりの後ろ姿を、志乃は微動だにせず見送った。
その瞳は獲物を狙う鷹のように鋭いが、内心ではペンライトを振り回すオタクのようなテンションで「すぐ戻るって言った! 私とまた話したいって言ったぁぁ!」と狂喜乱舞していた。
一方、透はこう考えていた。
(わざわざ百傑が仙台からきて秋葉原?これは……アリバイ作りか、あるいは。……面白いことになりそうだね)
考察勢の勘は鋭かった。
………
「初めてなんですけど、いいですか?」
ひよりが穏やかな笑顔で免許証を差し出すと、受付嬢の顔が瞬時に強張った。
「あ、あの……お話が聞こえてきまして。百傑の三上ひよりさんですね! ご利用ありがとうございます!」
緊張で震えながらも元気な声を出す受付嬢から、1層ごとのフロアボスの注意点や転移石の説明を受け、ひよりは志乃のもとへと戻る。
「お待たせしました!」
「いや、構わないさ」
志乃はあくまで「女帝」らしく、腕を組んでどっしりと構えて見せた。
だが、内面は(うわぁぁん、ひよりちゃんが戻ってきたぁ!)と大騒ぎだ。
「そういえば、八咫のメンバーの皆さんは? 今日はお一人ですか?」
「ああ。移動もあったしな。先に宿で休んでもらっているんだ。規律を重んじる身として、休息もまた務めだと思っている」
「……お優しい。お一人で探索なんて……俺も見習わなきゃな」
「う、うん。……ふんぞり返っていては、誰もついてこないからな」
志乃は(お優しいって言われた! 私、今、褒められた!?)と、心中でポニーテールを振り回さんばかりに歓喜していた。
そんな彼女に、ひよりはさらに追い打ちをかける。
「あの……ご迷惑かもしれませんし、失礼かとは思うんですが、ご一緒に周れませんか?」
「んぐっ!?」
志乃の喉から、およそ「女帝」らしからぬ変な音が出た。
驚愕と歓喜が混ざり合い、危うく素っ狂狂な声を出しそうになった彼女は、とっさに口元を押さえる。
その背後で、透が志乃には見えない角度でニヤニヤと笑っているのを、涼だけが気づいて眉をひそめた。
「だ、大丈夫ですか……? 申し訳ありません、嫌でしたよね……」
「い、いや、違うんだ。ちょっと空気が乾燥していてな……。いいぞ。一緒に周ろう。断る理由はない」
「やったー! ありがとうございます! あ、そういえばうちの仲間を紹介しますね」
ひよりが嬉しそうにメンバーを指差す。
「こちらがうちの副官の涼、こちらが鉄。あとは……」
「白鷺透です。女帝、お会いできて光栄です」
「ほう、マエストロか。ご丁寧にありがとう。よろしく頼む」
軽い探索内容の打ち合わせをしながらゲートへと向かう道中、鉄が志乃と会話をしている隙を突いて、透がひよりに耳打ちをした。
「……ひよりん。フウとライ、それに軍団(影)は今日は出すのをやめよう」
「え? あまり手の内を見せられないってこと?」
「そう。何があるかわからないからね(……確実に、その方が面白いことになるからね)」
透の悪い顔に気づいた涼は「こんな時まで……」と呆れた表情を浮かべ、状況が全くわかっていない鉄だけが、ヘラヘラと周囲をキョロキョロ見渡していた。
「志乃さん、今日は何層まで行きたいとかありますか?」
ゲートの前でひよりが問いかけると、志乃は一瞬、言葉に詰まった。
(……アリバイ作りで来たなんて言えないよぉ! 本当は原宿と秋葉原のショップ巡りがメインだったなんて!)
「……特に目標はないな。あわよくば転移石の登録だけでも、と思ったが」
「なら5層ではなく10層ですかね? 透、志乃さん10層まで行きたいって。出していい?」
その言葉に、志乃は内心で首を傾げた。
(……出していい? 隠密パーティでも潜ませてるのかしら。それに、いくら百傑とはいえ、初日の秋葉原で今日中に10層に到達するのは時間がかかるんじゃ……)
透はひよりの耳元で、さらに不敵に囁く。
「上層はこの人数でも大丈夫だよ。まずは5層の転移石の登録を済ませたら考えよう。……まあ、交流を楽しんで」
透が不敵な笑みを浮かべて後ろに下がると、ひよりはパッと顔を明るくして志乃に向き直った。
「志乃さん、うちの参謀が大丈夫だって言ってるんで、楽しんで行きましょう! あ、でも安全第一で!」
「あ、ああ……」
こうして、二刀流の女帝と、未知のポテンシャルを秘めた闇王率いる5名の変則パーティが、秋葉原ダンジョンのゲートへと吸い込まれていった。
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