遠征、中野ブロードウェイダンジョン
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
中野ブロードウェイ。
そこは日常の喧騒と、深淵の静寂が紙一重で隣り合う特異な場所だ。
地下1階から地上4階までは、レトロな玩具やサブカルチャーの熱気に包まれた「聖地」として賑わっている。
だが、その華やかな賑わいの真下、地下3階の設備エリアのさらに奥には、初心者探索者を拒絶する精神汚染の迷宮が広がっていた。
「わあ……。面白いお店がいっぱいだね。後で小春にお土産を買っていこうかな」
三上ひよりは、ショーケースに並ぶヴィンテージフィギュアを眺めながら、隣を歩く涼や透に楽しげに語りかけた。
「ボス、小春様へのお土産選び、喜んでお供いたします。ですが、まずは地下三階へ向かいましょう。後でいくらでも時間はありますので」
「そうだね。買い物するために丁寧に安全に行こう!ケガしたら楽しく買い物出来ないからね」
一行はエレベーターで地下3階へと降りると無機質なエリアが広がる。
そこの奥にある探索庁の受付デスクに、ひよりがふわりと近づいた。
「こんにちは。今日はこちらのダンジョンをお願いしたいのですが、手続きはこちらでよろしいですか?」
受付の女性に対し、ひよりは柔らかく接する。
目の前に現れた幼さの残る青年と、その背後に並ぶ黒スーツの軍団が放つ圧倒的な威圧感に言葉を失った。
「は、はい……! 三上ひより様ですね……。あっ!百傑の方のご来訪、ありがとうございます! この先、精神干渉系のモンスターが非常に多いので、くれぐれもお気をつけて……!」
「ありがとうございます。気をつけて行ってきますね」
ひよりがニコリと微笑み、重い鉄扉の先へと足を踏み入れる。
一歩中へ入れば、そこはもう「買い物客」の世界ではない。
精神を削るような重苦しい空気が漂う、魔素の吹き溜まりだった。
「さて……。8層までは部隊を分けて効率よく行こうか。透、指示をお願いしてもいい?」
「了解。ひよりん、一番効率的な配置を組んでおいたよ」
透の指示により、ひより組は五つのチームに分かれた。
Aチームはひよりと透。Bチームに涼、Cチームにフウ、Dチームにライ、そしてEチームには鉄。
それぞれが幹部構成員と構成員たちを引き連れ、別々のルートから階層を攻略していく。
1層の『鉄塊の兵団長』から始まり、2層の『監視する百の目』、3層の『鋼鉄の暴君』……。
中野特有の精神干渉や呪物モンスターたちは、確かに一般の探索者にとっては脅威だった。
視界を狂わせ、過去のトラウマを呼び起こし、戦意を喪失させる汚染。
だが、ひより組にとってそれは大きな障害にはならなかった。
「みんな、あまり深く考えちゃダメだよ。気をしっかり張って、安全に丁寧にいこう」
ひよりが発する無自覚な「覇気」は、精神汚染を上書きするほどの純粋な魔圧となって通路を浄化していく。
透の『戦局解析』と『戦術指示』は、複雑な迷宮のギミックをあざ笑うかのように最短ルートを導き出し、各チームは怒涛の勢いで階層を駆け下りた。
5層の『記憶を啜る大書』が放つスキル封印も、涼の圧倒的な剣技やライの理不尽なまでの筋力の前には無力だった。
道中、他の探索者パーティと遭遇することもあり、ひよりや涼、鉄たちは「大丈夫ですか?」「初めてなので色々教えてください」と交流を図る余裕すら見せていた。
攻略開始から数時間。
ひより組は一切の損耗を出すことなく、8層『深淵の墨溜まり』までを完封に近い形で踏破した。
「ふふ、みんな順調だね。次はいよいよ9層……物語の完結者、だっけ? 透、少し空気が変わってきたみたいだね」
地下深く、中野ブロードウェイの深層へと、ひよりたちの足音はさらに深く響いていった。
………
8層までの「ガラクタの山」とは明らかに空気が違う。
9層への階段を下りきった先で一行を待ち構えていたのは、かつての店舗街の面影を不気味に残した、無限に続くかのような「通路」だった。
壁には古ぼけたポスターの代わりに、皮膚を剥ぎ取って作られたような漆黒の羊皮紙がびっしりと貼られ、天井の配管からは黒いインクが粘り気を持って滴り落ちている。
「……ひよりん、ここからは一歩ごとに精神汚染の数値が跳ね上がる。陣形を維持して」
透の鋭い声が響く。
ひより組は即座に、【五段構えの陣】を完成させた。
一番手には、鉄が指揮する前衛(防御特化部隊)が並ぶ。
「野郎共、盾を隙間なく噛み合わせろ! 後ろには通すなよ!」
鉄の怒声と共に、構成員たちは盾と様々な種類の武器を構え、文字通り「動く城壁」となって通路を塞いだ。
その背後、中間(遊撃・攻撃)では、フウと攻撃部隊が影のように気配を消して潜む。
中衛ではバランスのいいデバフ部隊と涼が控え、後衛では透がタブレットを覗いている。
そして中心部。
ひよりのすぐ隣には、岩山のような威圧感を放つライが、大盾を地響きがしそうな重さで構え、ひよりを包み込むように立っている。
「みんな、準備はいいかな?……それじゃあ、行こうか」
ひよりが告げ、進軍が始まった。
通路を進むにつれ、壁の羊皮紙から呪詛の文字が浮かび上がり、実体を持たない影のアンデッド――『物語の残骸』たちが、汚泥のような音を立てて這い出してきた。
それらは不気味な泣き声を上げながら、前衛の盾へと群がる。
「前衛、押し返せ! 中衛、デバフを叩き込め!」
鉄の指揮が飛ぶ。
盾に触れた影たちが、中衛部隊の放つ威圧とメンチ切りによって弱体化し、攻撃部隊とフウが容赦なく粉砕していく。
「フウくん、左の角に隠れてるやつ……お願い」
ひよりの言葉に反応し、中間からフウが弾丸のような速さで飛び出した。
壁を蹴り、死角から奇襲をかけようとしていた大型の影を、風を纏った爪で一瞬にして細切れにする。
こうして、幾多の罠と奇襲を「五段構えの陣」で完封しながら進むこと一時間。
通路の突き当たりにある巨大な観音開きの扉――『物語の終焉』を暗示する意匠が施された大扉の前に、一行は辿り着いた。
「この先に、9層の主がいる。……準備はいい、ひよりん?」
「うん。……みんな、気を抜かないで、しっかりやろうね」
ひよりが扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。
そこは巨大な円形広場。
天井からは無数の羽ペンがシャンデリアのように吊るされ、中央には身の丈四メートルを超える死神、『物語の完結者』が待ち構えていた。
『汝ノ物語ハ……ココデ絶筆ナリ……』
死神が虚空に巨大な羽ペンを走らせる。書かれた文字は「鈍足」。
瞬間、フロア全体に強制的な重圧が広がるが、後方の透が事前に展開していた相殺陣地と、中衛のデバフ部隊の抵抗により、軍団の足が止まることはない。
業を煮やした死神が、空間を切り裂く巨大な鎌を振り下ろす。
狙いは陣の最奥、ひよりの首だ。
鎌は前衛と中間の守りを物理法則を無視してすり抜け、ひよりの至近距離へと肉薄する。だが――。
「ガァァッ!!」
ライが、地響きを立てて一歩前へ出た。
紫電が奔る重厚な大盾が鎌の刃を正面から受け止める。
ガギィィィン!! と、耳を劈く金属音が広場に響き、凄まじい火花が散った。
死神の渾身の一撃を、ライはその剛腕だけで完全に受け止め、文字通り「金剛不壊」の盾となった。
「師匠、ナイス! ……ここだっ!」
ライの陰から鉄が飛び出し、至近距離から魔銃の拡散魔弾を死神の顔面に浴びせる。
ひるんだ死神の腕を、中間から跳躍したフウが風の刃で切り飛ばした。
「透、あいつのペンを止めるよ。……ライくん、足場を借りるね!」
「……ガウッ!」
ひよりがライの盾の縁を蹴り、高く宙へ舞う。
「そこ、チェックメイト」
後方の透が放った精密狙撃が、死神が握り直そうとした羽ペンを木っ端微塵に砕いた。
因果を司る武器を失った死神に対し、ひよりが空中から『鬼灯【焔】』を抜き放つ。
「……勝手に結末を決めちゃうのは、嫌だよ」
ひよりが放った一刀が、紅蓮の炎となって死神の核を真っ二つに両断した。
漆黒の霧が霧散し、通路を覆っていた重苦しい呪詛が、嘘のように消え去っていく。
「……ふう。みんなのおかげで、誰も怪我しなくてよかった。ありがとう」
ひよりが静かに着地し、いつもの優しい笑顔で仲間たちを振り返る。
鉄の完璧な前衛指揮、ライの不動の守護、そしてひよりの圧倒的な一撃。
完璧な役割分担によって、ひより組は9層という難所を、一人の欠員も出さずに踏破した。
「ボス、次への準備は既に出来ております。……全員、陣形を解くな。これより最終目標、10層へ進軍する!」
涼の号令が響き、ひより組は勝利の余韻に浸ることなく、さらなる層へと足を踏み入れた。
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