迷宮の行軍と「軍団」の胎動
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
世田谷ダンジョン13層。
世田谷を拠点とする探索者たちが攻略踏破している最深部であり、あの【不動剣陣】が幾度もの撤退と足踏みを繰り返し、ようやく攻略を成し遂げた難所だ。
現在は彼らによって14層の調査が進められているが、この13層がいまだ世田谷における「死の境界線」であることに変わりはない。
階段を降りた瞬間に鼻をつく、湿り気を帯びた土の匂い。
松明の火に照らされた洞窟の壁は、不自然なまでに滑らかに削られ、そこが巨大な生命体の「道」であることを無言で告げている。
耳を澄ませば、闇の奥底から聞こえてくるのは――「カチカチ」という、硬質な顎が擦れ合う無数の不協和音。
「……気持ち悪い音だね。掃除が必要だと思わない? 透」
柔らかな黒髪をなびかせ、ひよりが静かに問いかける。
隣に立つ参謀、透は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、手元の端末から目を離さずに淡々と答えた。
「ああ。不動剣陣の記録によれば、この層の兵隊蟻は個体性能以上にその『数』と『連携』が厄介だそうだ。
精鋭による少人数パーティでは、全方位からの波状攻撃を捌ききれずにジリ貧に追い込まれる……。だが」
透が不敵な笑みを浮かべ、周りを指し示す。
「それはあくまで、僕たちのような組を持たない者たちの話だよ。ひよりん、準備はいいかい?」
ひよりが小さく頷くと、控えていたの構成員たちが音もなく動いた。
ひより組、総勢105名。
黒いスーツに身を包んだ構成員たちが、10名1組の小隊に分かれ、迷宮の横幅いっぱいに展開する。
その整然とした行軍は、もはやチンピラ集団のそれではなく、洗練された「組織」そのものだった。
「1番隊から10番隊、展開完了」
副官の涼が、腰の魔銃マグナムと日本刀を抜きながら鋭い声を飛ばす。
「戦略は一つ。――見つけたら一匹残らず叩き潰せ」
「シャアアアアアッ!!」
闇の中から、最初の一群が現れた。
体長1.5メートルを超える巨大な兵隊蟻。
不動剣陣を苦しめた、あの統率の取れた突撃。
だが、それに対するひより組の回答は、あまりにもシンプルで残酷な「暴力」だった。
「「「「「オラァッ!!」」」」」
1番隊から10番隊、計100名が同時に放つスキル【威圧】。
物理的な衝撃波となって通路を駆け抜けたプレッシャーが、兵隊蟻たちの「連携」を根こそぎ粉砕する。
「……止まってんぞ、虫ケラが」
スーツ姿の男たちが無言で肉薄し、短刀を関節の隙間へと正確に突き立てた。
ひより組の戦いは、もはや「攻略」ではない。
それは、一方的な「清掃」だった。
.........
洞窟の先から、途切れることなく兵隊蟻の波が押し寄せる。
だが、ひより組の行軍速度は一切落ちない。
先頭の構成員たちが【威圧】で蟻の機動力を奪い、即座に短刀で急所を突く。
フウが縦横無尽に動き回り、確実に数を減らしていく。
仕留め損ねた個体や、壁を這って側面に回り込もうとする個体には、容赦のない追撃が飛んだ。
「――4時の方角、3体。ライ、弾け」
透の冷静な指示が飛ぶ。
「ガァァァアアッ!!」
透の傍らにそびえ立つ巨漢、ライが巨大な棍棒を横一文字に振るった。
空気を切り裂く轟音と共に、回り込もうとした兵隊蟻が三体まとめて壁に叩きつけられ、緑色の体液を撒き散らして粉砕される。
ライは透の「絶対的な盾」として、その一歩も動かぬ巨躯で迫りくる脅威を塵へと変えていく。
「サンキュー、ライ。……さて、5時と7時から次が来るよ。涼兄、遊撃隊を回して」
「了解だ。――4番隊、5番隊、右翼を固めろ。残りは俺に続け!」
涼が吼える。
彼は100名の構成員に的確な指示を飛ばしながら、自らも嵐のような連撃を繰り出していた。
右手の魔銃マグナムが火を噴き、遠距離から兵隊蟻の頭部を粉砕する。
反動で跳ね上がった銃身を収める間もなく、左手の日本刀が閃き、肉薄した別の蟻を縦一文字に両断した。
「無駄に動くな! 最小限の動作で急所を突け! 消耗を抑えるのがこの階層の『正解』だ!」
涼の鋭い叱咤が構成員たちの士気を引き締め、戦場はさらに統制の取れた「解体現場」へと変貌していく。
その光景を、フウが天井や壁を跳ね回りながら眺めていた。
風のような速さで宙を舞ったフウが、天井から奇襲を仕掛けようとした蟻の背に乗り、鋭い爪でその頸部を引き裂く。
遊撃としての役割を完璧にこなし、ひよりに近づく不確定要素をことごとく排除していく。
中心に立つひよりは、腰の名刀・鬼灯【焔】に手をかけながら静かに歩を進めていた。
彼が自ら刃を振るう機会は、今はまだ少ない。
だが、彼がそこに「居る」だけで、構成員たちの【威圧】は底上げされ、ひより組全体が巨大な一つの生命体のように、効率的に魔素を喰らい、道を切り拓いていく。
ひよりの肌が、微かな熱を帯び始めていた。
1匹、また1匹。構成員たちが蟻を「停止」させるたびに、その命の残滓が、組織の頂点である彼の元へと流れ込んでくる。
通常の探索者なら、これほどの物量を相手にすれば精神が磨り減り、集中力が切れるはずだ。
不動剣陣が「足踏み」したのは、その果てしない消耗戦に耐えきれなかったからだ。
だが、ひより組は違う。
105名で負担を分散し、組織として魔素を効率よく吸収する。それは、ひよりの職業が持つ特性、「収奪」の真髄でもあった。
.........
――進軍開始から数時間が経過した。
背後の通路は数え切れないほどの戦闘の形跡で埋め尽くされ、ひよりたちのスーツには返り血が刻まれている。
だが、構成員たちの眼光は衰えるどころか、戦うごとに鋭さを増していた。
「……まもなく、ボスフロア前のロビーだ」
透が端末を閉じ、眼鏡の奥の目を鋭く光らせる。
その言葉通り、視界の先には不自然に整えられた広大な石造りの空間が姿を現した。
最後の1体を引き裂き、構成員たちが次々とロビーへと足を踏み入れる。
安全地帯としての静寂。だが、その一歩奥――巨大な扉の向こう側からは、これまでの比ではない、大地を揺らすような音が響いてきていた。
「皆、よくやった。一旦ここで足を止めろ。装備の点検と、最終的な呼吸を整えるんだ」
涼が全員を休ませるべく声を上げる。だが。
「……っ!」
その瞬間、ひよりを含む直参の5人が、同時にその場に縫い止められたように停止した。
構成員たちが異変に気づき、ざわめきが広がる。
苦痛ではない。体の芯から沸き上がる、溶岩のような熱。
血管を流れる魔素が激しく脈打ち、五人の視界が白く染まっていく。
「ひよりん……これは……」
「……透、これで次のステージに上がるんだ」
道中で吸収し続けた、莫大なまでの兵隊蟻たちの魔素。
それが、ひよりという器、そして彼を支える4人の幹部たちの器の中で、同時に臨界点を突破しようとしていた。
鼓動が早まる。
ドクン、ドクンと、重く、力強い音がロビーの石壁を震わせ、一つに重なって響き渡る。
ひよりを中心に、涼、透、フウ、ライの体から溢れ出した魔圧が渦を巻き、黄金と黒の粒子となって吹き荒れた。
それは、さらなる高みへの――「組織」そのものが一段階上のステージへと昇るための、劇的なる進化への胎動だった。
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