死神の行軍、世田谷を呑む
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
夏休みが明け、9月中旬。
大学生としての日常が戻ってきたひよりだったが、その生活は以前とは劇的に変わっていた。
拠点を神楽坂に移したことで、色々と利便性は向上したものの、私生活における「参謀」透の管理は、以前にも増して徹底されていた。
「ひよりん、攻略は基本的に週末に限定しよう」
拠点の広いリビングで、透は厳格な顔でタブレットを叩きながら言った。
「えっ、でも大学が早く終わる日もあるし、平日も少しは……」
「ダメだよ。ご両親に『学生としての本業をサポートする』と約束した手前、君を中退させるわけにはいかない。卒業は絶対条件だ。平日の攻略は、私の許可が降りた特例の時だけ。いいかい?」
透の瞳には、かつての「単なる協力者」以上の、年下ながら姉のような、あるいは厳しい保護者のような強い責任感が宿っていた。
三上家と交流し、ひよりの「家族」に触れたことで、彼女の中で「ひよりを真っ当に卒業させる」ことが、組織の勝利と同じくらい重要な任務に進化していたのだ。
「……わかったよ、名参謀。卒業、頑張るよ」
苦笑いしながらも、ひよりはその厳しさに含まれた愛情を嬉しく感じていた。
そして、待ちに待った最初の週末。
透がニヤリと、何かを企む時の「悪い笑顔」を浮かべてひよりを呼び出した。
「さて、以前話したサプライズを覚えているかい? 決行の時は今だ」
「サプライズ……あぁ、みんなに喜んでもらうっていう?」
「そうだね。ただ、喜ばせるのは『身内』だけでいい。ひよりん、君は世田谷では未だに『まぐれのチンピラ』だの、顔だけがいい『マスコット』だの、一部の心無い連中にバカにされているだろう?」
ひよりは神妙な顔で頷いた。
「……そうだね。掲示板でも、嘘つきって言ってる人もまだいるみたいだし」
「ひより組は今や、世田谷ダンジョンの二番手に位置する一大勢力だ。そこでだ……いつもの『可愛いひよりん』じゃなく、圧倒的な『かっこいいひよりん』を演出して、そいつらの喉元に突きつけてやろうじゃないか。任侠映画の主役みたいにさ。どうだい、そろそろ世間に君の『真の姿』を見せてやるのは?」
「可愛いって……また……。でも、そうだね。俺もやる時はやるんだってところ、見せてやりたい! みんな、びっくりするかな?」
「ああ、腰を抜かすだろうね。ライとフウを出すのは流石にオーバースペックすぎるから控えるけど……。ひよりんの後ろに私と涼兄。その背後に整列する100名の構成員たち。想像してごらん、圧巻だよ」
ひよりの瞳に、決意の灯が宿った。
「よし……やってみよう!」
………
世田谷ダンジョン、エントランスへと続く広大な屋外アプローチ。
土曜日の午前中ということもあり、広場にはこれからダンジョンへ向かう探索者や、それを見送る人々、そして屋台を冷やかす一般客でごった返していた。
だが、その喧騒はある一角から波及した静寂によって、一瞬にして凍りついた。
広場の入り口から、三人の人影が歩いてくる。
先頭に立つのは、小柄ながらも圧倒的なオーラを放つ少年、ひより。
右後ろに、冷徹な美貌を湛えた透。
左後ろに、鍛えられた体躯から覇気を漏らす涼。
「……おい、あれ。世田谷から消えた『三上』じゃないか?」
「なんだ、また来たのか? 」
アンチたちがニヤニヤと嘲笑の声を上げようとした、その時だった。
「みんな、行くよ」
ひよりの静かな声が響く。
3人の背後から、漆黒のスーツに身を包んだ男たちが、次々と姿を現した。
1人、2人……10人、20人。
それは止まることなく溢れ出し、やがて広場の中央を埋め尽くすほどの黒い波となった。
「な、なんだこれ……!?」
「黒スーツの軍団……百人以上いるぞ!? 全部三上の召喚体なのか!?」
整然と列をなす100名の構成員たち。
武器は持たず、ただ真っ直ぐに、前を行くボスの背中を見守っている。
威圧スキルは使っていない。
だが「100人の屈強な男たちが一人の少年に絶対の忠誠を誓い、一糸乱れぬ動きで追従する」という光景そのものが、暴力的なまでの圧力を放っていた。
透が進み出て、軍団に告げる。
「みんな、ボスの威光を示す時だ。威嚇は不要。ただ堂々と、ボスの後を歩みなさい。わかった?」
「「「「「ハイッ!!!」」」」」
100人の野太い咆哮が広場に反響し、建物の窓ガラスを震わせた。
一般人は悲鳴を飲み込み、探索者たちはあまりの威容に言葉を失い、逃げるように左右へ道を開ける。
「涼兄、頼んだよ」
透が小声で笑う。
「おう、お前もかましてやれ」
涼が不敵に答え、ひよりの背後をガッチリと固めた。
ひよりは、かつて自分を嘲笑った者たちの戦慄した視線を正面から受け止め、堂々と一歩を踏み出した。
「よし、いこうか」
ひよりを先頭に、103名の軍団が支所の建物へと向かって行進を開始する。
それはもはや一探索者パーティの再訪ではない。
世田谷の常識を塗り替え、この地に「王」の帰還を告げる、漆黒の進撃だった。
………
世田谷ダンジョン。そのドアの前に、103名の黒い影が静止していた。
「みんな。言葉はいらない。威嚇じゃないよ……姿勢でわからせるんだ。わかった?」
透の冷徹な号令に、背後の100名が呼応する。
「「「「「ハイッ」」」」」
地鳴りのような返答。
それはもはや、一つの巨大な生き物の咆哮だった。
ひよりは、かつてネットや映像で勉強した「組長のハク」を必死に思い出していた。
(……えっと、背筋を伸ばして、視線は動かさず、落ち着いて……こうかな)
「……いくよ」
ひよりの一歩。それに続く102名の足音。
ドアが開いた瞬間、世田谷ダンジョンのロビーに「異界」が流れ込んだ。
「……な、なんなんだよ、こいつら……」
「三上……? あのチンピラ職の……? 嘘だろ、どこがチンピラだよ、本物じゃねぇか!」
先程まで談笑していた探索者たちが、一瞬で顔を強張らせ、壁際へと飛び退く。
100名の構成員が放つ、一糸乱れぬ規律と、暴力的なまでのレベル差から来るプレッシャー。
それは「威圧」スキルを使わずとも、凡庸な探索者を屈服させるには十分すぎる覇気だった。
受付カウンターへ向かう中央通路。
ひよりは、端の方で震えながら固まっている女性の姿を見つけた。
「透。あそこに佐藤さんがいるよ!」
「ああ、ひよりんの免許を担当した『恩人』だね。挨拶くらいしていかないと失礼だ」
透の言葉に、涼が口角を吊り上げる。
103名の視線が一斉に、一人の公務員へと突き刺さった。
「ヒッ……、ア……」
佐藤は声を漏らし、膝をガクガクと震わせた。
かつて自分が「外れ職だ」と嘲笑った少年が、今は100の死神を従えた「王」として目の前に立っている。
「佐藤さん、お久しぶりです。覚えてますか? あなたに免許を担当してもらった、三上です。……わかりますか?」
ひよりが首を傾げて微笑む。
その瞬間、背後の100名の圧が、物理的な衝撃波となって佐藤を襲った。
「は、はい……お、おぼえて、おります……」
「そうですよね。Lv.1チンピラなんて変なジョブでしたから、佐藤さんも笑ってましたもんね」
ひよりの言葉に、涼と透の瞳から温度が消えた。
背後の構成員たちから放たれる殺気が膨れ上がり、ロビーの空気がミシミシと軋む。
佐藤はもはや立っていられず、壁にもたれかかって崩れ落ちた。
「でもこうして、家族に恵まれて、なんとか探索者を続けられてます。これからも頑張りますから……見ててくださいね?」
「は、はいっ……!」
涙をこらえながら絞り出した、情けない返事。
(だめだ、殺される。三上はバケモノだ。こんなの見たことない、早く……ここから逃げたい!)
佐藤の本能が、警鐘を乱打していた。
「じゃあ、みんな行こうか。佐藤さん、またお会いしましょう」
ひよりが再び歩き出す。だが、数歩進んで、ふと思い出したように足を止めた。
「あ、そうだ。佐藤さん。……色々と、探索者の皆さんに俺の話をされていると聞きましたけど。……あんまり、つまらないこと言わないでくださいね?」
ひよりが、小首をかしげて佐藤を見つめる。
その無垢な瞳に宿った、底知れない冷たさ。
「一応、約束してください。……『指切り』、わかりますよね? こんな俺でも、ありがたいことに悲しむ人がいるんですよ」
ひよりは、自身の覚悟と重みを伝えるために、しっかりと佐藤の目を見据えて語りかけた。
だが、その視線を受けた佐藤は、まるで何十、何百本もの鋭利な刃物を突きつけられているような錯覚に陥っていた。
蛇に睨まれた蛙のように、喉を鳴らすことすらできず、ただ圧倒的な恐怖に縛り付けられて動けない。
「佐藤さん? 指切りって、わからないんですか? ほら、小指を出すんですよ」
硬直する佐藤に、透が滑るような足取りで近寄り、声をかけた。
その声は一見穏やかだが、有無を言わせぬ圧がこもっている。
「ほら。……聞こえてないわけ、ないんでしょ?」
「は、はい……っ」
透の冷ややかな促しに、佐藤は震える手で、どうにか小指を差し出した。
「ありがとうございます。子供っぽいんですけど……俺には、これが見た目以上に安心できるんですよ。無理を言ってごめんなさいね」
ひよりがニコッと、笑みを浮かべる。
しかし、その瞳の奥には、言葉では言い表せない「得体の知れない闇」が渦巻いているのを佐藤は見逃さなかった。
冷や汗が背中を伝う中、二人の小指が絡まる。
「針千本なんて、実際には飲めるわけがないんですけどね。……でも、約束はちゃんと守ってください。はい、指切った。では、色々と気をつけてくださいね」
「指切り」という幼い契約を終え、ひよりは「では、また」と短く告げて、背を向けて立ち去っていった。
一瞬、佐藤が安堵の息を吐こうとしたその時――。
「……お前は、絶対に許さないから」
耳元で、ひよりのそれとは全く異質の、凍てつくような声が響いた。
ひよりの後を追おうとした透が、彼女にだけ聞こえる囁きを落としたのだ。
「ひよりんとの約束を、守ろうが破ろうが、そんなことはどっちでもいい。……私は、お前を逃さないから。まあ、もし破った時は、もっと『楽しいこと』になるだろうね」
佐藤を見下ろす瞳が、獲物を屠る瞬間の獣のように冷たく光る。
それだけを告げると、透は何事もなかったかのような足取りで、ひよりの背中を追って闇の中へと消えていった。
佐藤は透が背を向けた瞬間、文字通り脱兎のごとく、ロビーの出口へと駆け出していた。
プライドも職務も捨て、ただ「この怪物の前から消えたい」という一心で。
………
騒然とするロビーを横切り、ひよりは馴染みの受付嬢、那奈の前へ立った。
「那奈さん、こんにちは。……びっくりさせちゃいましたよね。ごめんなさい」
那奈は目を丸くしていたが、やがてふっと顔をほころばせた。
「……本当にびっくりしたよ! でも、いつもと違う三上くんが見れて、なんだか安心しちゃった」
「え?」
「私だって、ずっと悔しかったのよ。三上くんがどれだけ努力してるか知ってるから……あることないこと言う連中に、受付として何も言えない自分が、ずっと……」
那奈の瞳に、少しだけ涙が浮かぶ。ひよりは胸が締め付けられる思いだった。
「ごめんなさい……もっと早く、こうしておけばよかった。俺のために悲しんでくれる人がこんなにいてくれたなんて、気づけなかったから」
「いいんだよ、ひよりん」
透が優しく肩に手を置く。
「大事なのはこれからさ。実力で示していこう。君なら、その背中で示せるから」
「……うん。那奈さん、行ってきます!」
「ええ! 応援してるよ、三上くん!」
那奈の明るい声に見送られ、一行はダンジョンゲートへと向かう。
周囲の探索者たちは、もはや道を開けるどころか、地面に這いつくばるようにして彼らを見送っていた。
ひよりは、道すがら顔色の悪い一人の探索者の前で足を止めた。
その男は、かつて掲示板でひよりを叩いていたアンチの一人だ。
「なにかありました? 大丈夫ですか?」
「い、いえ……! なんでもありません! 申し訳ありませんでしたっ!!」
探索者は、ひよりの純粋な心配の言葉に、恐怖で心臓が止まりそうになりながら叫んだ。
「ん?そうですか。では」
ひよりがゲートを潜り、その後ろを102名が飲み込まれるように消えていく。
最後にゲートが閉じた時、ロビーには、ただ腰を抜かして動けない探索者たちと、ひよりが残した圧倒的な余韻だけが漂っていた。
世田谷は、今、黒に塗り替えられたのだ。
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