名参謀の計略と、戸隠への誘い
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
引っ越しの喧騒もようやく収まり、段ボールの山が消えた新居には、新しい生活の匂いが馴染み始めていた。
神楽坂ダンジョンからほど近いこの一軒家は、外見こそ落ち着いた築年数を感じさせるが、中は透のこだわりとひよりの希望が詰まった、機能的で居心地の良い「拠点」へと生まれ変わっている。
窓から差し込む午後の柔らかな光を浴びながら、ひよりはリビングのソファに深く腰を下ろした。
「ふぅ……。荷物もだいたい片付いたし、必要な家具も揃ったね。ここ数日、世田谷と神楽坂の連日攻略から引っ越しまで、ノンストップでバタバタしちゃってたよね。ここらで休息って考えてるけど...」
向かいでタブレットを確認していた透が、眼鏡を指で押し上げて微笑む。
「そうだね。ひよりんもレベル57に到達した。短期間でここまで成長したのは驚異的だけど、人間、張り詰めすぎるとどこかで糸が切れる。ここらで一回、しっかりと『休息』を入れるのは名案だよ」
「でしょ? 経験値効率のアドバンテージもあるけど、次の攻略に向けて英気を養いたいんだ。……涼、君もだよ。一緒にゆっくり休もう」
茶を淹れていた涼が、意外そうに肩を揺らした。
「……俺はスキルによって生み出された存在ですので、休息などは……」
「何言ってるの、涼。君はもう、俺の大事な家族だろ? 置いていくわけないじゃないか。ライくんとフウくんには指輪でお留守番してもらうのは心苦しいけど……。んで、それで考えたんだ。どこならみんなで過ごせるか」
ひよりは身を乗り出して、楽しげに提案を続ける。
「宿には俺と透で泊まるけど、食事や温泉はみんなで楽しむ。そして休息中だけど、もし気が向いたら覗けるダンジョンがある場所。……長野県の、戸隠ダンジョンはどうかな?」
「おぉ、戸隠か! 蕎麦に温泉、戸隠神社の厳かな雰囲気……有名な場所だな。休息にはうってつけだね」
透が賛成すると、涼は感極まったように背筋を正した。
「よろしいのですか……? このような私を、家族として、旅行に……」
「もちろんだよ。一緒に行こう、涼」
ひよりと透の優しい視線を受け、涼は深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
.........
その夜、穏やかな時間が流れるリビングに、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。
「誰だろう? 荷物の再配達かな?」
ひよりが立ち上がろうとすると、透と涼に制止された。
「ひよりんはここに座ってて。君はうちの『ボス』なんだから、迎える役目は私たちがやるよ」
透は不敵な、何かを企んでいるような笑みを浮かべて玄関へ向かう。
その後ろを、涼が「……やれやれ」という顔で追っていった。
やがて、玄関から聞き覚えのある、鈴の音のような声が聞こえてきた。
「お邪魔します……」
リビングのドアが開かれ、入ってきた人物を見てひよりは目を見開いた。
「妃那さん!? どうしてここに?」
そこには、受付の制服ではない私服姿の妃那が、少し申し訳なさそうに立っていた。
「ひよりさん、お邪魔します……。あの、透さんに呼ばれて来たんだけど、聞いてなかったかな?」
ひよりが隣を見ると、透がクスクスと肩を揺らしている。
「透! お前はまた勝手に!」
「いいじゃないか。遅かれ早かれ妃那嬢にはここを紹介するつもりだったんだ。名参謀としてセッティングしたまでだよ。仕事が早いだろ?」
「もう、何も言い返せないよ……。妃那さん、ありがとう。急でびっくりしたけど、嬉しいです! さあ、くつろいでください」
ひよりは妃那をソファに促した。
彼女が持参してくれたスイーツを囲み、このところのドタバタ劇や、ひより組の攻略について、話に花が咲く。
「……妃那さん。なかなかゆっくりお話しする機会がありませんでしたが、いつもボスを良くしていただき、ありがとうございます。今後とも、ボスをよろしくお願いいたします」
涼が丁寧な口調で挨拶すると、妃那はパッと顔を輝かせた。
「こちらこそです、涼さん。……あ、そうだ。実は涼さん、神楽坂の探索者の女の子たちの間で、結構人気なんですよ?」
「えっ、俺が……?」
「そうなの!?」
ひよりが驚いて身を乗り出すと、妃那は楽しそうに続けた。
「見た目は怖そうだけど、話しかけたらすごく優しくて丁寧だし、的確なアドバイスをくれたりするって評判なんです。密かにファンがいるみたいですよ?」
「へぇー、涼兄もやるじゃん」
「ブフッ!!」
透の茶化しに、涼が盛大にお茶を吹き出した。
「し、失礼しました……。日頃から、我々組織の人間がどう見られているかは自覚しておりますから。交流されているボスのお姿を見て、我々も襟を正さねばならないと思いまして」
「涼! えらいよ! ちゃんと見ててくれたんだね!」
ひよりが嬉しさのあまり涼の腕に抱きつくと、涼は照れくさそうに、しかし誇らしげに目を細めた。
「もちろん、我々は組織の人間です。時には力で黙らせたり、威圧が必要な場面もあるでしょう。ですが、それはあくまで『必要な時』だけです。普段からボスの顔を泥を塗るような真似はいたしません」
「……素敵な関係ですね。ひよりさんが真っ直ぐだから、家族の皆さんも自然とそうなっていくんですね」
妃那の温かな言葉に、ひよりの胸はじんわりと熱くなった。
.........
楽しい時間はあっという間に過ぎ、妃那が帰路につく時間が来た。
「それでは、そろそろ失礼しますね」
玄関先で、透がさりげなく妃那に語りかけた。
「妃那嬢。ひよりんは大学があるから不在の時もあるが、私と涼兄は基本ここにいる。……ボスが君が来ると喜ぶから、たまには顔を出してほしい。ひよりん、いいよね?」
「も、もちろんだよ! いつでも大歓迎だから!」
ひよりが顔を真っ赤にして答えると、妃那は少し照れたように、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「あ、ありがとうございます。……ぜひ、また来させてください。その時は、みんなでご飯を食べたいな」
そう言って手を振りながら帰っていく妃那の後ろ姿を、ひよりは名残惜しそうに見送った。
「いいアシストだったろ、ひよりん?」
「……ありがとう、最高の名参謀だよ」
「ふふ、礼には及ばないさ」
そんな二人のやり取りを、涼が「三上家の守護者」らしい優しい笑顔で見守っていた。
絆を深めた家族と、信頼を寄せる仲間。
新しい拠点の夜は、戸隠への期待と共に、穏やかに更けていった。
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