白鷺家への挨拶と、受け継がれる想い
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
8月も半ばに入り、夏の暑さが疲れを残す頃。
世田谷での騒動が一段落し、ひよりと透が相談を重ねて決めた新たな拠点は、神楽坂ダンジョンから徒歩15分という好立地にある一軒家だった。
築年数はそれなりに経っているが、手入れの行き届いた庭付きの物件。
買い物にも公共交通機関にも困らない、探索者拠点としては申し分のない環境だ。
「……本当に、こんな良い条件で借りちゃって良かったのかな」
「いいんだよ、ひよりん。オーナーさんは私の両親の友人でね。元々お父様が住んでいたんだけど、今はホームに入居されて空き家だったんだ。売るか貸すか迷っていたところに私が相談したから、むしろ喜んでくれたよ」
オーナーは、ダンジョンに憧れを抱いていた人物だった。
年齢的に挑戦は叶わなかったが、「現役の探索者を応援したい」という熱い想いを持っており、「中も好きに変えていいし、なんなら将来買い取ってくれても構わない」とまで言ってくれたのだ。
拠点が決まり、いよいよ引っ越し……という段階になって、ひよりは一つの筋を通すことに決めた。 それは、透のご両親への挨拶だ。
表向きは男女二人の同棲(実際には涼や影の軍団もいるのだが)。
いくら仕事のパートナーとはいえ、大切に育てられた娘を預かる以上、ひよりの誠実さが黙っていられなかった。
ひよりは、透と共に白鷺家の門を叩いた。
「いつも透さんには大変お世話になっております。三上ひよりと申します」
リビングに通されたひよりは、緊張のあまり背筋をピンと伸ばし、正座して深々と頭を下げた。 透の父・白鷺誠一は、新聞を置き、正面に座るひよりをじっと見つめる。
「いつも透から話は伺っているよ。……三上くん、こちらこそ娘が世話になっている。ありがとう。……それともう一つ、伝えておかなければならないことがあるんだ」
誠一は一度言葉を切り、隣に座る妻と顔を見合わせた。
「透から、三上くんの力で持病が完治したと聞いていてね。……正直なところ、私たちのような一般人には、そんな不可思議な力はにわかには信じられなかった。だがね、実際に検査結果として、今まで見たこともなかった正常な数値をこの目で見たんだ。長年苦しみ、ベッドの上で遠くを見ていた可愛い娘が、今こうして元気に笑っている。それだけで、君と君の力を信じるには十分すぎる理由になったんだよ。……ありがとう。本当にありがとう」
誠一と母は、ひよりに対して深く、深く頭を下げた。ひよりはその光景に、胸が熱くなるのを感じた。
「そんな、顔を上げてください! 私こそ、最初はネットを通じて透さんに攻略を助けてもらったんです。元気になってからも、透さんの類まれな知略があるからこそ、困難な階層も攻略できています。探索者は、確かに命の危険が伴う仕事です。ですが……必ず私が、私の『家族』が透さんを守ります。約束します」
ひよりの瞳に宿る、真っ直ぐで揺るぎない意志。 誠一はそれを受け止め、寂しそうに、けれどどこか誇らしげに目を細めた。
「……私たちは、目を輝かせて冒険を夢見ていた透に、持病の悪化を理由に『探索者はやめてくれ』と残酷な言葉を投げた。あの時の、娘の何もかもを諦めたような寂しい顔が、今も忘れられなくてね。……確かに危険な仕事だ。だが、私たちは君を、そして娘自身の力を信じて、笑顔で送り出したいと思う。……三上くん、娘をよろしくお願いします」
「はい! お任せください!」
「……ふふ、なんだか結婚するみたいだね、これ」
感動的な沈黙を破ったのは、お茶を啜りながら涼しい顔をしていた透だった。 いつものひよりいじりの発言。その一言で、リビングの空気が一変した。
「ちょっ! 透!? 何言ってるんだよ!」
ひよりが顔を真っ赤にして立ち上がる。
「透! ま、まだ早いぞ! 結婚は認めてないぞ私は! やっと元気になった娘と、これから一緒に楽しく暮らしていこうと思っていた矢先に……!」
誠一が狼狽え、さっきまでの威厳はどこへやら、絵に描いたような過保護な父親の顔に変わった。
「あらあら、お父さんったら。私は大賛成よ? こんなに毎日楽しそうにしている透を見られるのは、全部三上くんのおかげなんだもの。お母さんは全面的に応援しちゃうわ」
母は楽しそうにクスクスと笑い、さらに誠一をパニックに陥らせる。
「なにをみんなあたふたしてるのか……。みたいだ、と言っただけじゃないか」
透はいたずらな笑みを浮かべ、動揺するひよりを横目で見つめた。
「ひよりんとは、なにもないさ。……今のところはね」
「今のところって何だよ! 語弊があるだろ!」
ひよりの叫びが響く中、透は楽しげに目を細めた。
白鷺家公認(?)となった二人の新たな門出。
それは、かつての絶望を塗り替えるような、希望に満ちた騒がしい午後のひとときだった。
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