鏡合わせの独白
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「少し長くなるけど、自分のことを話させてもらうね」
透は窓の外、遠くに見えるビル群に視線を投げた。その横顔は、陽光に透けて消えてしまいそうなほど儚く、けれど確かな芯の強さを感じさせた。
「私は幼い頃から、考えることに時間を費やす子供だったんだ。周りからは不思議な子だと思われていたよ。……私が夢中になったのは、歴史上の武将そのものではなく、彼らが描いた戦術や戦略の盤面だった」
凛は黙って耳を傾ける。
透の言葉は、まるで一冊の古い本をめくるように、丁寧に、かつ淡々と紡がれていく。
「名前が男性的だったこともあってか、髪を短く切ってからはよく性別を間違えられたよ。女子校では何度も告白された。……でも、私には恋愛よりもずっと、この世界の『わからないこと』を解き明かすことの方が重要だったんだ。だから両親には謝った。跡継ぎを産むことはできないと思う、とね。彼らは、好きなように生きなさいと言ってくれたよ」
透はそこで一度言葉を切り、自分の細い指先を見つめた。
「その後、世界にダンジョンが現れた。私は歓喜したよ。ついに、自分の思考を、戦術を試せる最高の戦場が現れたのだと。……世田谷の免許センターで診断された私の職業は『理論士』。戦闘能力は皆無だけど、盤面を支配する頭脳になれる、私向きの天職だったんだ」
「天職……。じゃあ、どうしてここに?」
凛の問いに、透は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「免疫系の持病なんだ。探索者として生きるには、私の体はあまりに脆弱すぎた。医師からは引退を宣告され、両親からは泣いて止められた。……私の夢は、戦いすら始まらないうちに、この白い部屋の中に閉じ込められたんだ」
病室を吹き抜ける風が、カーテンを小さく揺らす。
「絶望していた時に見つけたのが、あのスレッドだった。三上ひより……彼の『チンピラ』という聞いたこともない職業。私は疑問があると、どうしてもかじりついて見てしまう質でね。スレが進むたびに興味深い話が次々と出てきた。そして、理論の外側にいる彼の戦いを見て、私は気付いたんだ。自分で成し遂げられないのなら、私の『夢』を、理論の最適解を、彼に託したいのだと」
透は視線を戻し、凛を真っ直ぐに見据えた。
「それにね、これは他の人にはなんでもないことだと思うんだけど。彼の名前と容姿……私と反対だと思って、親近感が湧いてね」
三上ひより。女性のような名を持ち、女性寄りの中性的な容姿をした男性。
白鷺透。男性のような名を持ち、性別を忘れさせるほど綺麗な容姿をした女性。
鏡合わせのように反転した二人の存在。
凛は胸の奥が熱くなるのを感じた。
自分はひよりの笑顔や、時折見せる凛々しさに惹かれた。
けれど、目の前のこの人物は、ひよりに運命的な親近感を抱き、その「可能性」に魂を焦がしている。
「……そっか。似てるんだね、私たち」
凛がぽつりと呟いた。
「えっ?」
「だって、ひよりさんのことが大好きで、なんとかして力になりたいって思ってるのは、私も同じだもん。……方法が『剣』か『頭脳』か、それだけの違いだよ」
凛の真っ直ぐな言葉に、透は目を見開いた。
そして、今度は計算ではない、心からの柔らかな笑みを浮かべた。
「……ふふ、そうだね。大好き……とは少し違うかもしれないし、論理的ではないけれど。君の言う通りかもしれない」
二人の間にあった緊張の壁が、溶けるように消えていく。
「じゃあ、考察勢さん。ひよりさんに、あなたと会った感想を伝えておくね」
「ありがとう。……どんな結果になったとしても、今日君が来てくれたことは忘れないよ」
「それでは……」と凛は立ち上がり、屈託のない笑顔を向けた。
「またね」
その一言が、何よりの答えだった。
彼女が病室を出ていった後、静かになった空間で透のスマホが震える。
『ひよりさんの連絡先だから。力になってあげて』
凛からのメッセージを見つめ、透は誰もいない病室で一人、静かに呟いた。
「……ありがとう」
.........
『初めまして、ひよりん。いつもスレで呼んでいるように呼ばせてもらうね。
君に連絡したのは、君の可能性に……私の夢を託したいと思ったからなんだ。
不躾な方法で連絡してしまって申し訳ない。返信をもらえると嬉しい。待っています。――白鷺 透』
送信ボタンを押した後、私の指先は微かに震えていた。
理論士として、これほど「返報性の確率」が読めない賭けに出たのは初めてだった。
……直後、スマホが震える。
期待に胸を躍らせて画面を見ると、それは赤城凛からの相談だった。
「魔銃の運用についてのミーティングに、オンラインで参加してほしい」
もちろん、断る理由はない。
力になれるなら本望だ。
そして夕方。再びスマホが震えた。
『初めまして……なのかな? スレではお世話になっています! 考察勢さんの読みが凄すぎていつもびっくりしてます。お名前は透さんというんですね。綺麗な名前で素敵だと思います』
画面越しに、彼の柔らかい微笑みが透けて見えるような文面だった。
……この人には、自分から全てを話したい。
そう直感した私は、言いようのない「モヤモヤ」を解消するため、どうしても動けない今の境遇を伝え、会いに来てもらえないかと頼んだ。
『もちろん! 明日でもよければ、大学の帰りに寄らせていただきます!』
その快諾に、私は安堵と同時に、柄にもない緊張を覚え始めていた。
その日の夜。
カメラをオフにした状態で、私は世田谷トップパーティ「不動剣陣」のオンライン会議に参加していた。
議題は魔銃の導入。
「パーティ外なのにすまないな、考察勢」
「問題ないよ重騎士。……家族だろ?」
龍崎の気恥ずかしそうな「助かる」という声に、思わず口角が上がる。
しかし、本題に入ると空気は一変した。
アタッカーの凛とタンクの龍崎は賛成。
ヒーラーの「白紋」こと早乙女澪は不安げに悩み、そして「魔算師」白石恒一は、明確に否定の立場を取った。
「魔法職が魔銃を持つなど、効率を損なうだけだ。役割がボヤける」
プライドが高く数字を信奉する彼を納得させるには、論理の「美しさ」が必要だ。
私は解析データを画面に共有した。
「魔算師、君の懸念はもっともだ。だが、13層の敵は『物量』と『接敵速度』が異常。必要なのは火力以上に処理速度だ」
私は一気に理論を展開する。
・アサルトライフルによる連射での「間引き」。
・魔力弾による外骨格の貫通。
・「弾幕」による進軍制御。
「魔算師、君の『遅延結界』で蟻を詰め、そこを『弾幕』で掃討する。そうすれば蟻は龍崎の元へ届く前に削られ、白紋のバフも最小限の消費で済む。これは魔法職が『魔銃職』になるのではない。後方の掃除人という役割を追加するだけだ。役割はボヤけない。むしろ、前衛を完全に自由にさせるための『最適解』だよ」
……沈黙が流れる。
白石は頭の中で確率を弾き、自らの魔法と魔銃の相乗効果を計算しているのだろう。
やがて彼は、苦い顔をしながらも小さく頷いた。
「……否定する材料がなくなったな。癪だが、筋は通っている」
澪も「それなら私にもできそう」と微笑み、会議は円満に終了した。
白石たちが退室した後、龍崎と凛が残った。
「本当に助かった。お前がいなければ白石は納得しなかっただろう」
「スレで見た以上の推察力だね。ありがとう、考察勢さん」
二人の感謝を背に退室した私は、ベッドに深く体を沈めた。
文字だけのやり取りだった世界が、少しずつ熱を帯びて広がっていく。
「明日は……ついに彼に会えるんだな」
明日。理論の外側を歩く三上ひよりが、この病室にやってくる。
理論士として、一人のファンとして。
私は珍しく、なかなか寝付けない夜を過ごしていた。
ブックマーク、リアクション、評価をしていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。




