家族の休日、神楽坂の石畳
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
8層の主、スケルトンタイガーを討伐した翌日。
6月の半ば、暦の上では梅雨真っ只中ではあったが、その日は朝から抜けるような青空が広がっていた。
窓から差し込む陽光に目を細めながらリビングへ向かうと、そこには既に身支度を整えた父・慶一郎と母・華世が、楽しげに談笑している姿があった。
「あっ、ひよちゃんおはよう! なんか今日、これからお出かけするんだって。ひよちゃんも行ける?」
トーストを頬張っていた妹の小春が、弾んだ声で聞いてくる。
陸上部の朝練がない日は、彼女の元気はさらに2割増しになる気がする。
「おはよう、小春。今日は特に予定はないけど……どこに行くの?」
「おはよう、ひより。今日はいい天気だからな。父さんと母さんの思い出の街でもある、神楽坂にでも行こうかと思ってな」
慶一郎が新聞を畳み、穏やかな表情で言った。外では大手企業の重役として厳格な顔を見せている父だが、家では驚くほど柔和な「パパ」の顔になる。
「ひよりも一緒に行ける? 家族みんなで行きたいなぁ、なんて」
「いいよ。最近はダンジョン……じゃなくて、大学の課題とかで忙しくて、家族で出かけることも少なかったしね」
母の華世の、おっとりとした誘いに頷く。
実際、ここ数日は課題、そして世田谷ダンジョンの攻略に追われ、精神的にもリフレッシュが必要かな、と思っていた。
それにたまにはこうして、家族と過ごすのも必要な時間だと思った。
朝食を済ませ、手早く準備を終える。父の運転する車に揺られること40分ほどで、一行は神楽坂へと到着した。
車を降りて一歩踏み出した瞬間、ひよりはその街の空気が気に入った。
大通りには洗練されたおしゃれなショップやカフェが並んでいるが、一歩路地に入れば、しっとりと濡れたような風情のある石畳が続いている。
古き良きという粋な雰囲気と、現代のモダンが不思議なバランスで共存している街。
「わあ……なんか、落ち着く街だね」
「そうだろう。あっちの小路を入ったところにな、昔よく通った店があって……」
慶一郎が懐かしそうに語り、華世がそれに「あら、あのお店まだあったのねぇ」と相槌を打つ。
思い出をなぞるように歩くのは、子供の立場からしてもどこか温かい気持ちになるものだ。
そんな中、小春がひよりの腕を引いて、一軒の趣ある和菓子屋を指差した。
「ひよちゃん、あそこのお団子美味しそう! 入ってみようよ!」
「いいよ。母さんたちも呼んでくるから、先に入ってて」
両親に声をかけ暖簾をくぐり、店内へ。
香ばしい醤油の香りが漂う中で注文を待っていると、奥から出てきた店員のおばさんが、二人を見てパッと表情を明るくした。
「いらっしゃいませぇ。あらあら、なんて綺麗な姉妹さんかしら! お姉さんも妹さんも、まるでお人形さんみたいねぇ」
その言葉に、ひよりは「……やっぱりか」と苦笑いを浮かべた。
タレ目で柔和な顔立ちの自分と、キリッとしたイケメン美少女の小春。
並んでいると、初対面の人間は高確率で「美人姉妹」というラベルを貼ってくる。
「あはは! 残念、おばさん! これでも私の『お兄ちゃん』なんだよ!」
小春がいつものようにハキハキと、誇らしげに訂正する。
「ええっ!? まあ……男の子なの!? ごめんなさいねぇ、あまりにお綺麗だったから……。でも、本当にお仲がよろしいのねぇ」
「いえ、よく間違われるので大丈夫ですよ」
ひよりが苦笑いしながらフォローを入れると、後から入ってきた慶一郎が少し複雑そうな、だがどこか自慢げな顔で「息子なんです」と付け加えた。
お団子を堪能し、再び散策を再開する。
すると、賑やかな商店街の喧騒から少し外れた場所に、見慣れた、しかしどこか違和感のある看板が目に留まった。
『神楽坂ダンジョン 入口』
小春が足を止め、不思議そうに覗き込む。
「ひよちゃん、こんなところにもダンジョンあるみたい。でも、なんだかすごく……暗くない?」
小春の言う通りだった。
入り口の受付スタッフは俯き、待機所にいる数人の探索者たちも、装備の手入れを投げ出してスマホを眺めている。
活気という言葉からは程遠い、淀んだ空気。
「覗いてくるか?」
父の問いに、ひよりは首を振った。
「いや、今日は家族で来てるし、この街をもっとゆっくり見たいから。……なんかこの街、気に入ったよ。明日、また来てみる」
「あらぁ。それは嬉しいわ。ここはお父さんと私が初めて同棲した街なの。ひよりも気に入ってくれたなら、連れてきた甲斐があったわねぇ」
華世が嬉しそうに微笑む。小春も「こんないいところに住んでたんだ、お父さんたち!」と燥いでいる。
家族の笑顔。父と母の思い出。そして、妹が気に入ったこの街。
ひよりは、ポケットの中のスマホをそっと撫でた。
たまにはこんな、穏やかな休日もいい。
だが、その穏やかさを守るために。そしてこの街に少しばかりの「元気」を注入するために。
ひよりの頭の中では、既に明日の「遠征」の布陣が組み上がり始めていた。
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