名誉の傷跡と新しい家族
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
ひよりが指示を出した瞬間、静寂に包まれていたはずの広場が、一瞬にして猛々しい「戦場」へと塗り替えられた。
「グオォォォッ!!」
地鳴りのような咆哮。巨躯を誇るライが、重戦車のごとき勢いで真っ先に突っ込む。
放たれたスケルトン・アーチャーによる死の雨。だが、ライは巨大な棍棒を、まるで羽虫を払うかのように一振りした。
それだけで鋼の矢は叩き落とされ、勢いそのままにアーチャーの集団を「骨の山」へと変えていく。
「野郎ども、ボスの前だぞ! 気合入れろッ!」
「「「オラァッ!!」」」
一際冷静な「構成員」の一喝に応え、チンピラたちが木刀を手に躍り出た。
彼らが放つ【威圧】の波動は、意思を持たぬアンデッドにさえ「生物的な恐怖」を植え付け、その動きを劇的に鈍らせる。
その隙を縫うように、短刀を構えた構成員たちがスケルトンの頸椎や関節の継ぎ目を的確に穿ち、解体していく。
それは戦闘ではなく、もはや一方的な蹂躙。
だが、崩壊したスケルトンの影から、一体のアーチャーが執念深く弓を番えた。
その矛先は、壊れかけの盾を抱えて立ち尽くす、パーティのタンク役の女性――遥に向けられていた。
「危ないっ!」
ひよりが動こうとした、その刹那。
ひよりよりも速く、影が動いた。
眉上に古い傷跡を持つ、最古参の青年の体が、彼女の前に壁として割って入る。
――ドシュッ
鈍い音と共に、放たれた骨の矢が青年の肩を深く貫いた。
「あっ!! 大丈夫ですか!?」
遥が悲鳴に近い声を上げて駆け寄ろうとするが、青年は片手を上げてそれを制止した。
顔色一つ変えず、肩に刺さった矢を、まるで塵でも払うかのように自ら引き抜く。
溢れる鮮血を厭う様子もなく、彼はただ淡々と、しかし力強い声でチンピラたちに次の指示を出した。
「……問題ありません。仕事の範疇です。撃ち漏らしを逃がすな。ボスの手を煩わせるなよ」
「「「オウッ!!」」」
その冷静な横顔、そして自分を顧みず守ってくれた無骨な背中。
遥は、激しく打ち鳴らされる自分の鼓動が、恐怖によるものだけではないことに気づいていた。
彼女の目には、その「黒服の男」が、血塗れの騎士のように見えていた。
戦闘が終わり、広場に静寂が戻る。
遥はたまらず、眉上に傷のある青年の元へ歩み寄った。
「あの……本当に、ありがとうございます。あなたがいなければ、私は今頃……」
頬を赤らめ、上目遣いで懸命に感謝を伝える彼女。
そんな彼女に対し、青年は微塵も揺らぐことなく、一礼して答えた。
「お礼なら、俺ではなくボスにお願いします。俺たちはボスの指示で動いたまでですから」
その言葉に、パーティのリーダーもひよりの元へ駆け寄り、深く頭を下げた。
「三上さん、本当にありがとうございます。世田谷ではあなたの噂……正直、怖いものも多かったですけど、今日で確信しました。ひより組のみなさんは、本当にかっこいい騎士たちだ!」
リーダーは熱っぽく語る。
ひより組の異様な見た目や雰囲気に隠されていた「本質」に、彼は触れたのだ。
「このことは俺たちが責任を持って広めます。ひより組は世田谷の至宝だって! 見た目だけで判断させないように頑張りますから!」
「あはは……そんなに大げさにしなくてもいいんだけど……」
ひよりは照れくさくて後頭部を掻いた。
けれど、ふと横を見ると、あの傷跡の青年が遥に詰め寄られ、言葉の奔流に少しだけ困ったように視線を泳がせているのが見えた。
普段は冷徹な「プロ」である彼が、一人の少女を前にして見せる不器用な表情。
ひよりは、そっと遥のそばに寄り、彼女にだけ聞こえるように耳打ちをした。
「……彼、俺の部下として最初の家族になってくれた、大事な人なんです。でもね、まだ名前がないんだ」
「名前が……ない?」
「ええ。よかったら、あなたが彼につけてあげたい『名前』を、俺に教えてくれませんか?」
遥は驚いたように目を見開いた後、真っ直ぐにあの青年を見つめた。
傷跡のある、少し強面な青年。けれどその瞳は、秋の空のように澄んでいて、どこまでも冷静だった。
「……涼。なんでもないような顔をしながら私を守ってくれた、クールなヒーローさんだから」
「『涼』、か。素敵な名前だね。ありがとうございます」
「あ……えっと、こちらこそ! 私は、木野遥といいます。……また、彼とお会いできますか?」
「ええ、きっと。あとで彼にも伝えておきますね。――それじゃあ、危ないから気をつけて帰ってください」
ひよりが見送る中、遥は何度も、何度も後ろを振り返りながら、仲間と共にダンジョンを登っていった。
その表情は、先ほどまでの絶望が嘘のように、桃色の輝きに満ちていた。
「……ボス、何を話されていたのですか?」
戻ってきた青年が、感情の読めない声で不思議そうに聞いてくる。
「内緒。でも、いいものをもらったよ。楽しみにしてて」
ひよりは笑って、愛刀の柄をポンと叩いた。
世田谷の「闇王」なんて呼ばれてるけれど、こういう出会いがあるなら、ボスっていうのも悪くないかもしれないと思っていた。
………
「……ごめんみんな。今日は一旦、攻略を中止して帰ろう」
世田谷ダンジョン8層の薄暗い通路。
ひよりのその一言に、一糸乱れぬ動きを見せていた軍団が、ピタリと静止した。
まだ攻略を開始して数時間。
レベル上げも、魔素の収集もこれからという絶好のタイミングだったが、ひよりの決意は固かった。
その視線の先には、肩に急ごしらえの手当を受けた「彼」がいる。
眉上に古い傷跡を持つ、ひよりにとって最初の「人の形をした」部下。
彼を召喚した日のことは、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。
世田谷3層。
右も左もわからず、ただ必死に生き延びようとしていた頃だ。覚えたての【招集】スキルを、祈るような気持ちで使った。
(最高の『組織』を作るんだ――)
そう決意して現れた彼は、黒シャツに派手な柄物のジャケットを羽織った、少しやんちゃな「兄貴分」という風貌だった。
彼は、まだ頼りなく情けなかったひよりや、言葉を話せないフウ、ライを、一度も疑うことなく支えてくれた。
後から召喚された荒くれ者のチンピラたちを、いつだって最前線でまとめ上げ、鼓舞し続けてくれたのは、他ならぬ彼なのだ。
「……彼に報いるなら、今日しかない」
理由は問わず、ただ「御意」と深く頭を下げる軍団を引き連れ、ひよりは早々にダンジョンを後にした。
………
帰宅したひよりを、リビングで天然全開の母・華世が「お帰りー、早かったわね」といつもの笑顔で迎える。
ひよりは「ちょっとやることあって」と適当にごまかし、冷蔵庫から冷えた麦茶のピッチャーを取り出すと、自室へと戻った
。
ドアを閉め、カチリと鍵をかける。
「……出ておいで」
影から現れた彼は、いきなりプライベートな場所に呼び出されたことに、少し驚いたような顔をしていた。
「どうしたのですか、ボス。まだ肩の傷なら問題ありません。すぐにでも次の指示を――」
「ううん、そうじゃないんだ。……今日、君が守った遥さんから、プレゼントをもらったんだよ」
「それは良かったですね! 彼女も無事に帰還できて喜んでいたでしょう。ボスの名声が広まるのは、俺たちにとっても誇りです」
彼は、自分の肩を貫いた矢のことなんてこれっぽっちも気にしていない様子で、ただひよりの利益だけを喜んだ。
その無欲すぎるほどの忠誠心に、ひよりの胸が締め付けられる。
「違うんだよ。……これは、君へのプレゼントなんだ」
「え……? 俺、にですか?」
「俺が遥さんに頼んだんだ。君にはまだ名前がないから、つけてほしいって。……彼女、君のことをこう言っていたよ。『なんでもないような顔をしながら私を守ってくれた、クールなヒーロー』だって」
ひよりは真っ直ぐに彼の瞳を見つめ、心を込めてその「魂の形」を呼んだ。
「受け取ってくれるかな。……『涼』」
その瞬間、涼の身体がビクリと震えた。
感情を排していたはずの彼の瞳から、大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って床に落ちる。
「そんな……俺のような者に……。ありがとうございます。……頂戴、いたします……ッ!」
彼は震える声で絞り出し、その場に崩れるように膝をついた。
ひよりは、デスクの上にあった、なんてことのないありふれたガラスのコップに、トクトクと麦茶を注いだ。そして、それを恭しく彼に差し出す。
「本当は、もっと格好いい盃とか、高価な日本酒とか用意しなきゃいけなかったんだけど……。ただのコップと麦茶で、ごめん。ちょっと恥ずかしいな」
「……滅相もございません。俺は、ボスから頂けるのであれば、それが何であっても……この世で一番の幸せです」
涼は震える両手で、まるで国宝を扱うかのように恭しくコップを受け取った。
そして、一滴も零さないように、全身全霊を込めてその液体を一気に飲み干した。
――その直後だった。
『個体名:涼を登録しました』
『スキル【盃を交わす】を発動。個体進化を開始します』
脳内に響く無機質なシステムメッセージ。だが、その後に続いた現象は劇的だった。
涼の全身が、部屋の隅々まで照らすほどの眩い純白の光に包まれる。
ひよりはその光を、目を細めながら、けれど家族の門出を見守るような優しい眼差しで見つめ続けた。
やがて光が収まった時、そこに立っていたのは、以前よりも重厚で、圧倒的なオーラを纏った一人の青年だった。
身長は伸び、肩幅もがっしりとしている。
着慣れた黒スーツは、彼の進化に合わせてより上質な、深淵のような黒へと質感を模索していた。
けれど、ふとした瞬間に見せる、少しだけ垂れ下がった優しい目元と、あの戦いの記憶である眉上の傷跡だけは――あの「兄貴分」だった頃のままだった。
『個体名:涼が「直参」に種族進化しました』
「……これからも、どこまでもお供させていただきます。ボス」
正座をし、指をついて深く、深く頭を下げる涼。
その声には、以前よりも深い響きと、迷いのない覚悟が宿っていた。
ひよりは、そんな彼の肩にそっと手を置き、最高の笑顔で応えた。
「こちらこそ。これからもよろしくね、涼!」
窓の外では、世田谷の静かな夜が更けていく。
ひよりの「家族」が、また一つ、本当の意味で血の通った絆へと形を変えた夜。
若きボスの心には、明日への希望と、自分を信じてくれる者がいるという確かな強さが満ち溢れていた。
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