父への相談
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
世田谷ダンジョン3層での「修行」を終え、夕闇に染まる街を歩きながら、ひよりはスマホの画面を見つめていた。
【世田谷】ダンジョン攻略スレ
『チンピラとかマジでゴミ職だろw』
『取り巻きの魔物、どうせ合成写真か何かっしょ。騙される奴乙』
「……はぁ。やっぱり、まだ言われてる」
掲示板に並ぶ無慈悲な言葉の数々。
自分がバカにされるのはまだ耐えられる。
だが、ひよりを純粋に応援してくれる人たちまでが、ひよりの職業のせいで攻撃されているのが、何よりも心苦しかった。
帰宅し、家族と囲む食卓はいつも通り温かかった。
母・華世が、ひよりがポーションの空き瓶を眺めて「これ、一輪挿しにしたらお洒落じゃない?」と微笑んでいる天然な姿も、父・慶一郎がリラックスしながらニュースを見ているのも、今のひよりには少しだけ眩しすぎた。
夕食後。
食器洗いを手伝い終え、リビングで一人、経済誌を読んでいた父・慶一郎と二人きりになった。ひよりは意を決して、父の隣に座った。
「父さん。……少し、相談があるんだ」
「ん? なんだ、ひより。大学の単位のことか?」
「ううん。……俺の探索者のジョブのこと。……実は、『チンピラ』だったんだ」
「…………何?」
大手の重役として、数多の修羅場を潜り抜けてきた慶一郎の手が、ピタリと止まった。
眼鏡の奥の鋭い瞳が、息子へと向けられる。
「ステータスに、はっきりそう書いてあって……。だからネットでもバカにされて、俺を庇ってくれる人まで攻撃されてるんだ。父さん、俺……もっと強くならなきゃいけない。誰にも文句を言わせないくらい、凄みのある男になりたいんだ。フウくんやライくん……俺についてきてくれる仲間たちが、バカにされないように」
ひよりの瞳は、真っ直ぐだった。
慶一郎は沈黙した。
エリート街道を歩んできた彼にとって「チンピラ」という言葉は、人生の辞書にないものだった。だが、目の前の息子が抱えているのは、紛れもない「組織の長」としての悩みだった。
「……ひより。職業が何であれ、お前が誰かを守りたいという意志は尊重する。だが、私は裏社会のことには疎くてな。……ただ、一つだけヒントになるかもしれないものがある」
慶一郎は無造作にリモコンを取り、テレビの動画配信サービスを開いた。
「部下との接し方や、圧倒的な威圧感の出し方……。組織を束ねる者としての『学び』として、こういう世界がある。あくまでフィクションだが、経営者の中にもこれが好きな者は多い。参考になるかもしれんぞ」
画面に映し出されたのは、サブスクで配信されていたVシネマの名作――『極道挽歌』。
鋭い眼光の男たちが、低く重い声で睨み合い、たった一言で場を支配する。
暴力の奥にある、奇妙なまでの様式美と「格」の世界。
「……すごい」
ひよりは、画面に釘付けになった。
背筋が凍るような怒号。それとは対照的な、冷徹なまでの静寂。
「こうやって、視線とオーラだけで相手を黙らせる……。これが、『親分』としての圧……! 今の俺に足りないのは、この『格』なんだ」
「いいか、ひより。これはあくまでダンジョンの中での話だ。一歩外に出れば、お前は私の自慢の、優しいひよりだ。そこだけは忘れないでくれ。いいな?」
「うん。わかってるよ、父さん。ありがとう!」
翌日。
自室に引きこもり、Vシネマを十本近くぶっ続けで鑑賞したひよりは、鏡の前に立っていた。
画面の中の「親分」たちは、共通して圧倒的な「ハク」を纏っていた。
「……今のままじゃ、ダメだ」
ひよりは、鏡に映る自分の姿を見下ろした。
動きやすさを重視したウェア。
中学生に間違われることもある、柔和で女の子のような顔立ち。
「『鬼灯』は素晴らしい刀だけど……今の俺の格好には、みんなを背負う『格』が足りない。フウくんやライくんが、胸を張って俺の後ろを歩けるような格好をしなきゃ。背中で語れる男にならなきゃいけないんだ」
ひよりが求めたのは、防御力や敏捷性といった数値上の性能ではなかった。
相手を一目見ただけで「格が違う」と理解させ、魔物さえも平伏させる『正装』。
「……よし。買いに行こう。俺にふさわしい、『戦闘服』を」
ひよりは、スマホで「探索者 スーツ 販売店」と検索を始めた。
その瞳には、Vシネマから学んだ「凄み」が、ひよりなりの純粋すぎる解釈(という名の盛大な勘違い)によって宿り始めていた。
「まずは、身なりから。……舐められたら、おしまいだ」
ひよりの呟きは、少しだけ低く、凄みを帯びていた(つもりだった)。
鏡の中の少年は、まだ自分の職業が「チンピラ」から進化していく未来も、自分が本当の『組織のボス』の道を突き進んでいることにも、まだ気づいていなかった。
ただ一つ確かなのは、この日を境に「世田谷の天使」は、「世田谷の闇王」へと変貌を遂げる第一歩を踏み出したということだった。
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