王の苦悩、軍師の算盤
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
12月24日、クリスマスイブ。
冬の冷気が肌を刺す上野。
イルミネーションが点灯し始めた街の喧騒の中、待ち合わせ場所に到着したひよりの目に、既にそこで立ち尽くす少女の姿が映った。
「ひ、ひよたん……! 会いたかったの……。何回も何回もDMしてごめんね」
ひよりを見つけた瞬間、寧々の瞳が潤み、吸い寄せられるように駆け寄ってくる。
その細い肩を抱き留める代わりに、ひよりは優しく微笑んで一歩引いた。
「こちらこそ、大学が忙しくて返せなくてごめんね。今日は伝えてある通り、透も連れてきてるから。よろしくね」
寧々の動きが止まる。
その背後から、静謐さを纏った透が歩み出た。
「人形姫、二人きりにさせてあげられなくて申し訳ないね。私もボスを守らなければならない身だ……分かってくれるだろう?」
透の言葉は丁寧だが、その瞳には有無を言わせぬ圧がある。
寧々は一瞬、本能的な警戒を見せたが、ひよりの顔を見て小さく頷いた。
「う、うん。……家族の大事さは、わかった」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
三人はクリスマスムードに染まった街を五分ほど歩き、落ち着いた雰囲気のカフェへと入った。
運ばれてきた飲み物で喉を潤したところで、ひよりが表情を引き締め、静かに口を開いた。
「さて、今日は大事な話があってね」
「え……会いたいから来てくれたんじゃ、ない……の?」
寧々の声が不安げに揺れる。
「それは、これからの話をしてからだよ。寧々ちゃん、この前のダンジョンの話……約束は憶えてる?」
「冬休みに、いっぱい会ってくれるってこと……?」
「もう一個あるよね」
ひよりが真っ直ぐに見つめると、寧々は視線を彷徨わせながら、絞り出すように答えた。
「ひよたんがずっと一緒にいてくれる……だから、ひよたんの家族も大切にするって、約束……」
「一緒というか、友達であり続けるって話だったよね。家族もそうだけど、透が言ったように、俺の友達たちとも仲良くしてほしいんだ。寧々ちゃんは百傑だ。その力で、みんなを大切にしてほしい」
透はそのやり取りを、微動だにせず見守っていた。
寧々はひよりの瞳に宿る真剣な光に当てられたように、深々と頭を下げた。
「ひよたんが一緒にいてくれるなら、それは約束する。……マエストロも、本当にごめんなさい」
「それはもう謝罪を受けたことだよ。大丈夫だ、安心して」
透の柔らかな返答に、寧々は「よかった……」と心底安堵したような笑顔を見せた。
「その笑顔、前は透に向けられなかったよね。でも今は、家族が大切ってことを分かって、笑ってくれてるんだね。ありがとう」
「ひよたんに嫌われたくないんだもん」
「じゃあ……よりちゃんとした約束にしたいんだけど。これは俺の家族しか知らない力なんだけど、寧々ちゃんには教えてもいいかな?」
ひよりはそこで、自らのスキル『指切り』について説明した。
「破ったら、厳しい罰が与えられる。でも、寧々ちゃんだけじゃない。俺も寧々ちゃんと友達であり続けるという約束を『契約』するから。……出来るかな?」
寧々の表情が、悲しげに曇った。
「信用、してくれないの……? ……い、いや。寧々がマエストロにあんなことしちゃったからだよね。……わかった。指切り、する」
「いい子だね。じゃあ、小指を出して」
ひよりは、寧々が差し出した白く細い小指に、自らの小指を絡ませた。
至近距離で、彼女の瞳をじっと覗き込む。
「俺は寧々ちゃんと友達であり続ける。寧々ちゃんは、俺の家族も、友達も大切にする。……約束だよ、指切り」
絡めた指を引き抜く。その瞬間、不可視の『契約』が二人を繋いだ。
「ひ、ひよたん……ちゃんと約束は守るから。マエストロ、ねねが守るね」
寧々の言葉は、もはや義務ではなく、心からの誓いのように響いた。
その様子を傍らで見ていた透の目に、鋭い光が走る。
(……これは手懐けられた、と見ていいね。……それなら)
「……守ってくれるということは、人形姫。君を仲間......いや『家族』と思っていいのかな?」
「と、透!? 何を言い出すんだよ!」
ひよりの動揺を余所に、透は畳みかけるように、優しく微笑んで寧々の手を取った。
「家族……? ねねが……? いいの……?」
「私も寧々を守るし、拠点で待っているひより組の家族も、君のことを守るよ」
「こんなに、優しかったのに……ねねは……っ」
寧々の目から、大粒の涙が溢れ出した。
まさかの相手から差し出された「家族」という居場所。
それが、彼女の心を根底から揺さぶった。
「透、どういうことだよ……」
ひよりは小声で説明を求めるが、透は「後で説明するよ」と、勝利を確信したような笑顔でそれを流した。
「ねぇ……マエストロ。ねねも、みんなといられるように……おうちに行っていい?」
「私は構わないよ。ひよりん、どうだい?」
「(嘘だろ……?)……うん、大丈夫だよ。よかったね」
ひよりの口からは、乾いた笑いしか出なかった。
連絡先を交換し、寧々は「準備があるから」と浮き立った様子で帰っていった。
上野の寒空の下、ひよりは呆然と立ち尽くした。
「……ねえ透。俺、解決しようとしたんだよ? なんで余計に状況が重くなってるの?」
「重くないよ、ひよりん。これで『爆弾』は、私たちの監視下に入ったんだ」
………
神楽坂、ひより組拠点のリビング。
上野から帰宅した直後の室内には、重苦しい沈黙と、隠しきれない緊張感が漂っていた。
「さあ、拠点に着いたよ。……一体どういうことか、説明してよ、透」
ひよりの声は低く、そして珍しく怒りの色が混じっていた。
上野からの道中、何度も説明を求めたひよりに対し、透は「皆が揃った場所で話したい」とはぐらかし続けてきたのだ。
促されるように、涼と鉄がそれぞれの席に座る。
「……何かが起きる前に、こちら側に引き入れてしまえばよかった。ただそれだけのことだよ、ひよりん」
透は眼鏡の位置を直し、淡々とした口調で答えた。
「じゃあ、俺の覚悟と『指切り』は何だったんだ! 命懸けで彼女を抑えようとしたのに、それを透がひっくり返してどうするんだよ!」
ひよりが声を荒らげる中、事の次第が見えない涼が割って入った。
「失礼します、話が読めません。一体、上野で何があったのですか?」
「……指切りをした直後、透が寧々ちゃんに対して『家族だ』なんて言ったんだ」
ひよりの言葉に、涼と鉄が「は?」と呆気に取られた表情で固まった。
「……説明すると言っているだろう? ひよりん、君の覚悟と指切りがなければ、この計画は成立しなかったんだ。彼女の性格上、外堀を埋めて有無を言わさぬ状況を作れば、そのまま流されるのは分かっていた」
「だからといって、あんな危険な相手をこの拠点に……」
涼の懸念を遮るように、透が指を立てる。
「その危険は、ひよりんの『指切り』で封じた。……まあ、あの面倒な性格は残るだろうけれど、それはこれから時間をかけて手懐ければいい。……根は、悪い子ではないと思うしね」
透はそこで一度言葉を切り、リビングを見渡した。
「それにね。……人形姫は『百傑』だ。あの力は間違いなく、ひより組にとって計り知れないプラスになる。ひよりんの増え続ける影の構成員たちと、人形姫が作り続ける人形の群れ……それが並び立てば、軍勢としての規模は圧倒的になるよ」
「……たしかに」
軍事的な合理性を説かれ、涼は納得せざるを得ないように視線を落とした。
「でも! それじゃあ、なんか彼女を騙してるみたいじゃないか!」
「それに関しては、騙してなどいないよ。これから私たちは、彼女を本当に『仲間』として扱う。……ただし、ひよりん。盃はダメだよ」
「……それはわかってるよ。涼とテツはどう思ってる?」
「ボスが決められたことなら従うまでです。透も考えた結果でしょうし」
そして話を振られた鉄は、頭を掻きながら、いつも通りの真っ直ぐな瞳をひよりに向けた。
「約束を守ってくれるなら、俺は言うことないっすよ。ボスが仲良くしろって言うなら、俺は全力で仲良くするだけっす!」
「……わかった。じゃあ、決定で。俺が悪かったんだし、透の考えもわかったしね」
はぁ……と深い溜息をつき、ひよりはソファに深く腰掛けた。
透のやり方は強引だったが、孤独に震えていた寧々にとって、この「ひより組」という場所がいつか本当の安らぎになるのなら、助けてあげたい――その甘い優しさが、ひよりの中には消えずに残っていた。
「じゃあ、これで緊急ミーティングはおしまい。次は明日のパーティーの打ち合わせだよ」
透の声で、リビングの空気は「戦合議」から「祝祭の準備」へと切り替わった。
明日、12月25日。
サンフラワーや妃那を招いた宴。
気持ちを切り替えて明日を楽しもうと自分に言い聞かせるひよりだったが、この時の彼はまだ知る由もなかった。
明日の聖夜、この拠点で――「とんでもない事」が待ち受けているということを。
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