ひよりの反省
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
上野ダンジョン、地上階。
煌びやかで喧騒に満ちたロビーに戻ってきた一行は、受付での報告を済ませ、出口付近で立ち止まった。
「寧々ちゃん、今日は本当にありがとう! いい思い出になったよ。亀井さんの写真も、出来上がるのが楽しみだね!」
ひよりが屈託のない笑顔で告げると、寧々は大きな熊太郎をぎゅっと抱き締め、上目遣いで彼を見つめた。
「……写真、できたら宝物にする。ねぇ、ひよたん。……もう、帰っちゃうの……?」
潤んだ瞳に、隠しきれない独占欲と寂寥感が混ざり合う。
その視線を受け、ひよりは困ったように笑った。
「そうだね。今日はこれで帰らないと。でも、もうすぐ冬休みだし、また会えるよ!」
「そ、そうだよね……。じゃ、じゃあ冬休みに、いっぱいねねと会ってね。約束……してくれる?」
隣で二人のやり取りを見ていた透の脳内に、警報が鳴り響いた。
(頼むから約束するなよひよりん……! 指切りもダメだ、それは彼女にとっても『契約』と同義だよ。わかるだろ、私のこの必死の視線。伝われ、伝われ、つた……!)
「うん、約束だよ! 指切りしよっか」
「うん、する!」
(ノォォォォォォォォオオオッ!!!!)
透の心の中での絶叫は、空しくも虚空に消えた。
涼もまた、冬休みの平和が音を立てて崩れ去る幻覚を見ながら、天を仰いだ。
(……あぁ、冬休みが……。ボス、あまりにも無防備すぎます……)
そんな二人の深刻な葛藤など露知らず、鉄だけが「仲良しっすねぇ!」とニコニコしながらその光景を眺めている。
「……ねね、寂しいから、ひよたんの人形を作って我慢するね。鬼さんたちも、マエストロたちも……みんなの人形を作って、待ってるから……」
その言葉に、透の背筋に氷柱を突き立てられたような悪寒が走った。
(……私たちの人形に、一体何の魂を入れるつもりなの? 確実に『シャドウアサシン』級か、それ以上の呪いの媒体にする気でしょう……!?)
だが、ひよりのポジティブな感性は、そんな参謀の懸念を軽々と飛び越えていく。
「出来た人形は、次に会った時に見せてね! 楽しみにしてるよ。じゃあ、またね!」
「……うん、またね。ひよたん」
寧々の薄い唇に、どこか陶酔を孕んだ微笑が浮かぶ。
ひよりたちが歩き出し、その背中が遠ざかっていく間も、彼女は微動だにせず、ただじっと「自分のもの」となった約束の熱を指先に感じていた。
こうして、嵐のような上野での一日は幕を閉じた。
だが、ひよりたちが去った後のロビーには、寧々が放った歪な魔力の残滓と、これから訪れる「重すぎる冬休み」への予感が重く立ち込めていた。
………
神楽坂、ひより組拠点。
上野からの帰路、車内に満ちていたのは、いつもの快活な空気ではなく、鉛のように重い沈黙だった。
拠点に戻るなり、クタクタに疲れ果てた透と涼、そして対照的にまだ余力を残しているひよりと鉄がリビングに集まった。
「……みんな、疲れてるところで悪いんだが、ミーティングだ」
透が眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷徹な声を響かせた。
「えぇ、今日はもういいんじゃないかな……?」
ひよりが申し訳なさそうに提案するが、透の視線は鋭く、それを許さない。
「ダメだ。これは決定事項だよ。涼兄、わかるだろ?」
「……あぁ。今日の件は、流石に棚上げにはできん」
涼もまた、険しい表情で同意した。今回の探索で、彼らは間違いなく「今後に関わる重大な問題」に直面したのだ。
「もう、ご飯食べてゆっくりしようよ、透ちゃん……」
鉄が力なく溢すが、透は深く溜息をついて言い放った。
「はぁ……。テッちゃんにもわかるように説明するから、絶対に席に着きなさい」
「はぁい……」
気の抜けた返事をして、鉄はお茶の準備のためにキッチンへと向かった。
透は、ひよりと涼に改めて座るよう促し、本題を切り出した。
「議題は当然、枢木寧々だ」
「寧々ちゃん……。確かに透に対して冷たい時もあったし、パニックになってしまったよね。俺も、あれは透が危ないと思って、本気で『鬼灯』を抜きそうになったよ」
ひよりが真剣な面持ちで答えると、涼が隣から問いかけた。
「透、あの力について何か分かったのか?」
「……効果だけはね。あの魔力の糸を直接受けても全ては分からなかった」
透はタブレット端末を操作し、解析結果を映し出す。
「効果は……対象の各ステータスに対する『極大デバフ』だよ。ただ、非常に特殊な発動条件があるみたい。私のスキルでも、条件の詳細は閲覧できなかったけれどね」
「極大デバフ……。それはまた、凶悪な」
涼の声が低く響く。ひよりは眉をひそめ、言葉を重ねた。
「そんなやばいスキルを、透に対して使用したのが問題だね……」
そこへ、鉄がお茶を持って戻ってきた。
「確かに透ちゃんに使ったのはヤバいっす。……だけど、寧々さん言ってましたよね? 『こうなったらどうにもならなくなっちゃう』って」
「テッちゃん、100点だ。そこが発動条件の鍵だと考えているわ。本人の感情か、あるいは思考か……それが一定のラインを超えると、無意識に、かつ強制的に対象を排除、あるいは支配しようとする。……許せる行為ではないけれど、あの謝罪自体に嘘はなかったでしょうね」
「しかし、あまりに危うい。透の言う通り、もしこの先、ボスのご友人方……特に女性関係で接触があれば、ただでは済まないでしょう。我々も全力で止めますが、相手は『百傑』です。……惨劇になりかねない」
涼の言葉に、ひよりは深く頷いた。
「そうだよね……。でも、本当は寂しがり屋で、自分に自信がないだけの良い子だと思うんだ。透への行為に関しては、俺も絶対にダメだと思っているから、そこは今後もしっかり注意していくよ」
「……甘いわ、ひよりん。甘すぎる」
透の冷たい声がリビングに突き刺さった。
「良い子? 確かにそうかもしれない。けれどそれ以上に、彼女は嫉妬深くて、執着が強くて、狂気的で、依存体質……。まさに『特級の地雷』だよ。そんな子に、お人好しの『妖怪人たらし』が、餌を与えるように無防備に近づいてしまったから、こんなことになっているんだ!!」
透のハッキリとした叱責に、鉄はシュンと肩を落とし、涼も今日ばかりは透と同意見であるため、ひよりを庇う言葉が出てこない。
苦い表情で黙り込むしかなかった。
「その上、冬休みの約束までして……! あの子は、一度捕まえた獲物は逃がさないわ。私がどれだけ『指切りだけはするな』と視線を送っていたか分かっているの!? ……申し訳ないけれど、あの時、これ以上口を出したら、今度こそどうなるかわからないと本能が言っていたから、黙るしかなかったの!」
「本当に……ごめんなさい。約束をしてしまった手前、とりあえず何とかする。みんなに迷惑をかけないようにするよ」
消え入りそうな声で謝るひよりに、透の怒りが爆発した。
「バカ!! 君が動くということは、私たちも動くということだよ! ひよりん一人の問題じゃない、組織の問題なんだ。……約束した以上、私たちも協力するしかないでしょ。ただ、今後は必ず事前に相談して。君の優しさは最大の美徳だけれど、同時に最大の危うさでもある。それだけは忘れないで」
「……ごめん。反省するよ。たしかに困っている人を助けたいとは思う。だけど、家族が一番大切なんだ。絶対に二度とこんなことしないって誓うよ」
項垂れるひよりに、透はふっと肩の力を抜いた。
「とりあえず、今日のミーティングはここまで。……しっかりご飯を食べて休もう。テッちゃん、調理の準備を」
「了解っす……!」
鉄が再びキッチンへと向かうのを見送った後、透は手帳を確認した。
「もうすぐ年末だ。お互い実家に戻るだろうし、ひよりんは学業が忙しいだろう。探索ができるのは今年はあとわずか。……計画は立てておくから、また共有するわ。亀井さんから連絡が入ったら、すぐに教えてね」
「わかった。……とりあえずご飯まで、自室で頭を冷やしてくる。みんな、本当にごめん」
重い足取りでリビングを後にするひよりの背中を、透と涼は複雑な思いで見守っていた。
彼がボスとして成長していくためには、この「優しさという毒」を自覚することが、どうしても必要だったのだ。
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